或る浜辺の情景 「ユメ」

by 神木


  「あんたなんか死ねばいいのよ!」

暗転。

  「......?」

二人は同時に起き上がった。すっかり見なれた浜辺の再生。
ふたりともプラグスーツ。さっきまで着ていた服では無い。
そして、意識がはっきりして来ると同時に、顔を見合わせる。
シンジの無気力に沈んだ表情、
アスカの希望に満ちあふれた表情。

  「.... ユメはっ! あの子はっ!?」

さっとアスカが駆け出していく。
シンジは自分の首をしめていたアスカの憎悪に、まだ身体が動かず、
ぼんやりとアスカの後ろ姿を眺めていた。

  「あ、ああああああ」

アスカの絶望の声が浜辺で座り込むシンジに届く。重い身体を持ち上げ、
シンジは声のする方に走った。砂浜は走り辛く、シンジは二度ほどころんだ。
声は、前に二人の家があった方からだった。
アスカが呆然と立ち尽くすのが先に見えるころ、シンジも事態をぼんやりと悟った。
前方に見えるのは、この 1 年、アスカと住んでいた家では無かった。
以前に発見したとおりの、生活感の無い家。
振り返って追い付いてきたシンジをひと睨みし、またアスカが走り出す。
行き先はシンジにも分かった。ユメを埋めたところ、アスカがシンジの首をしめたところ。
それは家に一番近い浜。家の近くに埋葬したかったのだが、
二人の力では土を掘り返すわけにはいかなかった。

  「.... アスカ」

浜辺ではアスカが狂ったように這いずり回って砂を掘り返していた。
シンジの声に気付いたアスカは、少し離れたところに立つシンジを泣きながら睨んだが、
立ち上がって、しごく冷静にシンジに答えた。

  「シンジ。ユメの墓が無い」

平板な、穏やかなアスカの返事。
アスカの表情は絶望に染まり、シンジにはそこかしこに狂気の匂いが感じられる。
自分が死ねば、またもとどおりになると信じていたシンジも理解した。
ユメは居ない。この世界のどこにもいない。居たという証すら、どこにもない ...
深まる絶望。

  「あ ...」
  「ユメをっ、ユメを返してよ!」

アスカが手に握っていた砂をシンジに投げつける。ほとんどの砂はシンジに届かず、
二人の中間で風に舞う。舞った砂が目に入らないよう、シンジは一歩あとずさった。
アスカはその場にへたりこみ、そのまま倒れるようにしてあおむけに倒れた。

  「おまえが消した。その痕跡まで」

どこからともなくシンジの頭の中に声が響いた。ふと我にかえってアスカの方をみやると、
アスカは倒れたまま。そして、その声はアスカの声ではなかった。
低く、静かに響き渡るような男の声。
アスカにかけより、脇にしゃがみ、顔を覗きこむ。

  「アスカ ...?」
  「.... も、いい。... 疲れた。どうだっていい、わ ... 勝手にして」

それだけ小さくつぶやき、アスカが目を閉じる。
シンジはあわてて胸に手をあてた。心臓は、動いている。
呼吸も、ある。単に目を閉じているだけ。反応が無いだけ。
そのまま乳房に手をすべらせていくと、一瞬だけアスカの表情が歪んだ。
それに安心し、シンジはアスカの上にかぶさり、唇を合わせた。

  「アスカ、.... 助けて」

翌日、アスカはシンジの前から姿を消した。

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