終わりだけの物語

by しのぱ





この物語りは、ある日、その終焉だけの姿で私の許にやってきました。
未だに、私は、この物語の前の部分に手を付け兼ねています。
粗筋は、はっきりと決まっているのです。
ですが、どうしてもその世界を生きるシンジとアスカの想いを考えると、
書き始めることが出来ないのです。
そこで、私は簡単な粗筋を付けて、この終わりだけの物語りを、そのまま
発表する事にしました。
いつか、私が、彼等の想いを傷つける事なく描く事出来るようになった時、
私はこの物語りを始めから書こうと想います。

【終焉の為の粗筋】


LCLの海の辺りで目覚めたシンジとアスカ。
生存の為の生活。
アスカは自己の存在がシンジの夢では無いのかと疑いを抱く。
そして、シンジの事故死。
だが気が付くと、二人はLCLの海の辺りで目覚めたばかりだった。
アスカの疑いは確信に変わる。
そして憎しみから繰り返されるシンジ殺しとその度の再生。
世界の崩壊についてのシンジの責任追及。
やがてアスカは精神崩壊へと至る。
だが、シンジの献身により、それまでとは、やや異なる人格として
アスカは再生する。
やがて二人の間には子供が産まれる。
懸命に家族を演じる二人だったが、子供は病死する。
そして、亡くした子供に再会したいと、シンジに死を迫るアスカ。
シンジの死によって再び振りだしに戻る。
だが、再生は、子供の死という事実すら無かった事になるのだ。
ショックを受ける2人。
精神崩壊の危機に瀕するアスカ。
失踪するがやがて発見され、取り合えずの精神崩壊の危機は去る。
再び出産。子供を連れて失踪するアスカ。
数年の探索の後、2人を発見するシンジ。
そして今始めてシンジとアスカは家族として生きる事が出来ると
感じる。
だが、その子供も天寿をまっとうできず死ぬ。
懸命に耐えるアスカだったがやがてアスカも病に倒れる。



1..魂の行き場所

今、シンジはアスカも失おうとしている。
だが、それでもまた世界は再開できるのだ。シンジはそう考えていた。
僕が死ねばよいだけだから。

だが、これまでアスカの死は一度もなかった。
だからシンジは怯えた。死ぬところを見たくない。
それは身勝手な感情だった。
自分の心が、これまでの過酷な運命に耐えた自分の心が、始めてのアスカ
の死に怯えている。逃げようとしている。

「シンジ。

いい。
私が死ぬまでに死なないで。
それで世界を再開しようとしないで」
「アスカ!。何故!」
苦しい息をしている。
すっかり水気のなくなった髪。白いものがまじり始めた髪。
「わたしは、今回はあなたに死んでとは言わなかったでしょう?。
あの子が死んだときでも。

だってみんな魂だもの。
そこから逃げ出したら、あの子達の魂はどこに行くの?。
....
うっ」
アスカは不意に襲った痛みに呻き声を上げる。
シンジは背中に手を回してさすってやるが、そうしながら心細くなる。
「だから。
シンジ。

とっても酷いことを言うわ。

死なないで。
最後まで生きて。
そうすることで、あの子の魂はちゃんと行き場所を見つける事ができる。

独りで残すのは酷いと思う。
でも私達は、世界を再開させれば会えるもの。
だから、私達を埋葬して、
そして最後まで生きて。

再開した時に、あなたがどんな風に生きたか聞かせて貰うから。

それまで少し休ませて。
」
そういうとアスカは深い息を付いた。
それから、ちょっと笑うと言った。
「浮気したら承知しないわよ」

2.埋葬


アスカは朝早く、眠るようにして死んだ。

シンジはこの世界で始めて独りになった。
もう誰もはなしかけてはくれない。

沈黙が叫ぶようにシンジを襲う。
朝日はまるで轟音を上げてせまってくるようだった。

「うわあああああああああああああああああああああああああ」

それからしばらくの記憶はシンジにはない。
気が付くと、あの、二人で横たわっていた湖のほとりにきて倒れていた。

風化が進んでいるが、まだ巨大な女の頭は狂った笑みを浮かべて転がっていた。
日が暮れかかっていた。

仰向けになって空を見る。
西から燈色の扇が、青暗い空に広がっている。

その高い空を風が、きしみ声をさせながら渡って行った。
世界は、そのままの重みで、そこに、確かにあった。

シンジは重い足取りで小屋へ還ると、ナイフを取り出し、左手の手首に当てる。
それからさっとまっすぐに動脈を切り開く。
一瞬、血が噴水の様に吹出る。

しかし何事もなかったかのように傷はもどり、吹出たはずの血は、どこにもない。

(そんなことが!)
シンジは二度三度と試みるが、その度に傷が消えるのを見る。
「なんで、なんで、なんで?、なんでだ!」
狂ったようにナイフを手首に突き立てるシンジ。

「死ねないよ、死ねないよ、
アスカに会えないよ。
アスカに会えないよ」

泣きながらシンジはナイフを首や、腹や胸に突き立てる。
しかし傷は、ナイフを押し戻しながら直ってしまう。

「あははは、死ねない、死ねない、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ」

シンジは始めて取り残された事を知った。
絶望にもかかわらず死ぬことも出来ず、シンジは泣きながら狂ったように笑い続けた。
だが狂う事も許されないのだろう。

疲れたシンジはしばらくまどろんだ後、東の空が白み始めるころ、アスカの死体を
抱いて湖に向かった。
腕に抱いた体は既に冷たく固くなっていた。
その体に命が入っていた頃の様々な事が今シンジの心と体にこだましていた。
そして、この生の、アスカとの瞬間の全てを、今始めて、シンジは微細な点に渡るまで
「理解」し始めていた。
全細胞まで含めた、命の運動としての、シンジの命とのシンクロとしての、全て微細
な瞬間。
そここにアスカの喜び、悲しみ、怒り、不安、愛が折り込まれていたことに。
シンジは、そのことに泣いた。死ではなく、その微細な瞬間の全てに泣いた。

やがて、その場所にくると、シンジは黙って穴を堀始めた。
そこに自分の心の半分を埋めるのだ。









3.人ならぬもの


死体は、子供を埋めたあの、湖を見下ろす丘の上に埋葬した。
まだ日は出ないが、もやには既に、光が含まれている。

(居る。見ている。)

シンジは確信した。
シンジは叫んだ。

「綾波!。居るんだろ?!。出てこい!」
そうして、丘の上からもやの掛かった湖の上へと目を走らせる。

不意に空中に、制服姿の少女が浮かび、赤い瞳でシンジを見つめている。

「僕を殺せ!」
「それは、できないわ」

シンジの目は怒りに燃えていた。
「何故だ!」
「この世界では、あなただけでは死ねないの。
わたしも、世界を破壊せずに、あなたを殺す事は出来ない」
「嘘だ!。
この世界は、おまえがでっちあげたものだ!。
こんな悪夢のような世界。
あの時、綾波は僕の本当の願いを分かってくれた、と思っていたのに。

騙したな!。
僕を騙したな!」

宙に浮かぶ少女は、悲しそうにまぶたを閉じる。
「違う。
それは碇君なの。
碇君自身の望みだった。

確かにあなたは自分の個としての存在を願った。

けれど、あなたが望んだ他者というのは、
あなたにとって彼女独りだったの。
それも、彼女を唯一のもの、唯一の他者、唯一の世界の存在にしてしまう願い。

だから誰も還ってこなかった」
「!
嘘だ!。
そんなの嘘だ!」
「嘘じゃない。

あなたが死んでも、すぐにあの日から時間が再開するのは、
あなたを時間軸とする世界だからじゃない。
アスカが存在する世界を存続させる為。

そうしてその閉じた世界を守るために時間は閉じてしまった。
」

「でもアスカは死んだじゃないか!!」
そういってシンジは泣き崩れ、地面に手を付いた。

少女は、目を開きまっすぐシンジを見た。
「それは、あなたが、やっと人間のアスカを愛し始めたから。
.....
あなたは、アスカを何か理解の出来ないところから、
来るもののように感じてた。
アスカを愛していたけれど、理解出来ないものとして神聖に思っていた。
....
でも、どう?。
あなたは今だって彼女を少しも理解していないかもしれない。
でも、それが神聖な何か理解不能なものから来るのではなくて、
あなたの心の中の思いと同じ場所から来ているものだってこと、
...
神聖なものだから分からないのではなくて
悲しいまでに同じところからやってきているもの同士だったということ、
個が個だからこそ、分かりあえないこともあるけれど、
それは神聖な深淵ではなくて、手を延ばせば届くものだったということ、
....
それに気が付いたでしょう。
....
だから、彼女は死ねたの。
始めてあなたに愛されたから」

うつむきながら、シンジは獣のような唸りを上げた。

「それじゃ、僕の罰の為に死ぬのか!。

僕が愛を知らなかったことの罰に。

僕が愛を知った事の代償に!」

「それは違う。
......
あなたは愛を知らなかった訳じゃない。
ただ、彼女を見えていなかっただけ。
純粋な愛だけで彼女を思っていただけ。

だからあなたは彼女すら見えていなかった。
あなたは純粋過ぎる愛にこだわったから。

あの時、わたしの中のイメージの世界でも、
あなたはあなた自身の純粋さに、それが傷つく前に自分から断罪してしまうの。
あなたは、誰でもよいのではなくて、アスカだけを思っていたのに
その思いが汚れてしまうことを怖れて、
自分から、自分の思いを嘘だと言ってしまうの。

普通の人間なら、そうした汚れを負って生きて行くのに
あなたは、純粋さの為に、全てをなげだしてしまうの。

だからあなたは今でも純粋なままなの」

それからゆっくりとレイはシンジの真上までやってくると、そこからシンジを
見下ろして言った。

「だから。
私はあなたと一つになりたいの。

その純粋な魂と一つになりたい。

だから、あなたの世界をかなえたの」

シンジはレイを見上げると言った。

「嫌だ」

レイの顔が曇る。

「何故、あなたはそうやって苦しみ続けようとするの?。

あなたは何故純粋なままで、世界の汚れの中に生きようとするの?

汚れようとする事も出来ないくせに。

その純粋さに値する世界を望んでは何故いけないの。
あなたは、その魂に合った世界を望めばいいじゃない。

私は長い時の中で、あなたの純粋な魂をまっていたから」

レイは地上に降り立つとシンジの頬に手を当てる。
冷たい清らかな手。
残酷な手。人のものではない手。

シンジは冷たい声で言う。

「
そのために、僕はたくさんの人を殺したんだ。

いや、殺すなんてもんじゃない。
いなかったことにしてしまったんだ。

僕は、あの世界へ、僕を傷つけるかもしれない世界へ産まれた。

そこへ還りたい。
純粋な魂に合う世界なんて真っ平だ。

だって、そんな魂に生きる価値なんてない!。
」

レイは冷たく笑う。

「でも、

あなたの生は何度やっても汚れを負えない。

私はあなたが好きよ。
だってとても美しいもの。

何万年も見ていたの。
あなたの美しい魂に気が付いたから、

綾波レイの魂になった。
あなたと一つになりたいから。
」
その言葉は歌うよう。その思いはシンジを震えさせる。
レイの右手がシンジの頬をなで、あごさきをそっと人さし指で押さえる。

シンジは思い出した。いつも、ずっと感じていたもの。
それは、この人ならぬものが、無限に降り注ぐ、この思いだったのだ。
それはシンジにはひどく馴染んだもの。
なぜ、自分が傷つくのを怖れながら、自殺も出来ずにいながら、それでも生き
続ける事を望み続けたか。それはこの思いに育まれていたから。

「僕は、アスカに会いたい」

レイの動きが止まった。

「駄目よ」

「何故?」

シンジはレイの手首を掴むとそのまま抱き寄せ、唇を奪った。
「!!」
レイは抵抗せず、腕をシンジの体に回した。

それからシンジは間近で、レイの瞳を見つめ言いはなった。

「僕は、アスカに会いたい」

「.....」

「僕は自分の純粋さを汚せないかもしれない。
その結果、もっと醜くなるのかもしれない。

だけど、この生でやっとアスカに会えたのに、
...
希望を持ってはいけないのか?」

レイは体を振りほどくと言った。

「あ、あなた独りでは単に死ぬものでしかないくせに!!」

シンジはレイに対して自分が愛を感じていることに驚き、半ば呆れていた。

「そうだ。
僕は死ぬ。
今度こそ世界は再開しないかもしれない。

だけど、

僕は純粋な魂なんてものじゃなく、
人間として死ぬ。
人間としてアスカを愛し続けながら」

レイは怯えた目つきでシンジを見つめていたが、不意に、消えた。

すっかり昇った太陽が、湖面のもやを払い去っていた。














4.晩年


それから碇シンジは20年程生き、病み、そして死んだ。

死の床で、シンジは、しだいに視界が暗くなるのを感じていた。
アスカに再会出来るか?。

だが、シンジは既にアスカを等身大の人として愛し始めていた。
(だから、もう魔力は尽きたかもしれない。)

「碇君」

そこにはレイがシンジの顔を覗き込んでいた。

「やあ。

ようやっと死ねるみたいだよ」

「碇君。
もう分かっているわね?。

アスカはもう復活できない。

時間軸は戻らない。

だから、このまま行くと碇君の死と同時にこの世界は終わってしまう」

「そうか。結局、僕は破滅の張本人だった訳だ」

「でも私には、もう一度だけ世界の全ての時間を戻す力が残っている。

そうでなければ、碇君と1つになって、世界を存続させる事も出来る」

「選択肢は2つか....」

「碇君の望む方を」

シンジは暫く考えていた。奇妙な過去全てを。何度も繰り返されたLCLの
海からの再開を。

「碇君。お願い。私と生きて」

そんなレイの言葉を聞かぬかのようにシンジは言った。

「では、あの時に」

「.....そう。
でも同じことを繰り返すかもしれないのよ」

「分かっている。
だけど、それを希望していけないことはないだろう。

ひとつだけわかったことがあるんだ。

愚行かもしれないけれど、何度でも生きて・死のうとするものが「命」なんだと。
僕も1つの命だった、と」

それから見えぬ目でレイを探しながら言った。

「綾波。

だから、僕はこんな世界にしない。今度こそ。
その時は君も連れていきたいんだ」

「....
じゃあ、いいのね」

「ああ、やってくれ」

そうして世界は閉じられた。












5.再会

蝉の声。

電車は箱根湯本駅で突然止まってしまった。
「緊急警報発令...」
車内放送はおよそSF映画のなかの一こまのような事態を告げていた。

(シェルターに避難?。一体戦争でも始まるの?)

車両には少年独りしか乗っていなかった。

暑い昼下がり。
人気のないホームを少年は降りていき、構内の公衆電話へと近づいていく。

待ち合わせの場所までは後2駅程あるが、これでは到底間に合わない。

受話器を持ち上げる。

その手の上にそっと白い細い手が重ねられる。

驚いて、手の主を見る少年。
そこには、青い髪の、赤い瞳をした制服姿の少女が立っていた。
抜けるように白い肌。微かに憂いを含む美しい顔だち。
その時、少年と少女の外側の世界が全て時間を止めた。

「久しぶりね」
「.....」

その瞬間、シンジの体を膨大な情報量の記憶が突き抜けた。

「綾波。
ぼくにとっては14年振りってことになるんだな。
どうしてた?」
「どうしてたって......」
「......」
「....今日、私達、初めて会うのね」
「ああ、今日初めて会うんだ。そして始まるんだ」
「再び苦しむ為に?」
「そうかもしれない....
....でもそんなことは大したことじゃない。
.....
だって、これが僕の望んだ世界。
もともとそうだったんだ。
どんな世界も魂が望んで宿った世界。
.....だから希望を持ち続けるんだ」
「破滅するかもしれないのに?」
「それを望まないけれどね」

「...そう。
.....ここを出るとあなたはこの記憶を失って、14歳の碇君に戻るのね」
「そうだね。綾波も」
「そしてあなたはアスカに会いにいくのね」
「未来に向かってね。
この先に...アスカがいる!....」
「何度でも?」
「ああ、何度でも。あきらめない。僕はアスカも君も連れていくんだ」

ふと気付くとレイの目に涙が浮かんでいる。

「じゃ」

そういうと夏服の少年は駅を出て炎天下の道を歩き出した。

遠くなっていく少年を、じっと見つめていた少女の姿は、唐突に消え、
再び世界の時間は再開された。









6.いつか、別の所で−エピローグ


終電は何時も空いていた。
そこここの座席にへばりついているくたびれ切った酔っ払い達。
臭い息。脂じみた肌。それは確実に生体を老いが浸していく事の証。
かっての輝かしい未来への期待は、裏切りと諦年の、澱のような日々に代わり、
アルコールの麻痺によって辛うじて明日の朝までのながい時間を耐えている人々。

シンジは疲れ切って座席に足を投げ出して座っていた。
首筋と脇に汗が冷えている感覚がある。ネクタイまで汗を吸っているに違いない。
それをまた何日かしたら何気ない顔で付けるのだ。脂じみたネクタイ。
酒によって正気を失っていられる人間をうらやましく思っていた。
今日も、ただ仕事だけの為に遅くなっていたから。

*****

30歳になっていた。ただそれは、29歳の次の歳でしかなかったのだが。
毎日同じように出勤し、毎日同じように帰る。
独り暮しのアパートで、土日は持ち帰った仕事をするか、あとは苦しい思いを
抱えたまま眠り続けるか。
仕事は面白くなかったが、差し当たって不満はなかった。
それなりにパズル解きの楽しみはあったし、何はともあれ自分の事を忘れさせてくれた。
だが、そろそろ楽しい作業仕事は、役席という褒美とともに奪われる歳が近づいていた。
その日になったらどうするか、シンジは考えたくなかった。
その時に何を考えれば良いか、全く思いつかなかった。
その日が来たら死ぬのかもしれないと想像したりもした。

両親は既にいなかった。
遠い親戚達は、少なくとも手出しする必要がないのを喜んでいた。
それでもとにかく、無為な学生生活を過ごした後、大学を卒業し、
中堅のソフトウェア会社に就職した。
シンジにとってラッキーだったのは、アプリケーションパッケージ開発の部署に配属
された事だった。何故ならほとんどは社内で出来る仕事だったから。
人事ローテーションを余り考慮しない会社の制度のおかげで入社以来、シンジはそこの
生活にすっかり慣れ切っていた。それ以外の「仕事」を思い描くこともできなかった。
取り合えずは小さな部分を担当するチームのリーダーとして、最近はそれなりに人を
使う事も覚えたけれど、それは非常に狭い世界の中の事だった。

******

窓の外は街灯以外には灯りもなく、そんな暗い家影の上を青白いシンジの顔が飛んで
いた。
やがて、駅が近づいてきた。

駅からさらに10分程歩くことになる。シンジはこの瞬間が一番億劫だった。
そして部屋にたどり着く。嬉しいことはなにもない。

*********

日曜日、シンジはすることもなく、街へ出た。午前11時。
駅近くの雑踏を歩く。

この街は米軍基地があるため、外国人の姿は街中のあちこちに見かけられた。
それはこの街の一部だった。
だから、その家族連れが、近づいてくるときも、シンジは最初、別に気にも止めなか
った。
恰幅の良い白人の男性。黄色いTシャツに白いショートパンツ。
やや額の交代した金髪の男。
そして手を繋いでいる恐らくまだ学校前のブロンドの髪の男の子。
縞のシャツをきておぼつかない足取りが愛くるしい。
その傍らに立つほっそりした母親の姿。

パステルカラーの花柄プリントのワンピース。
ブロンドの髪。
白人ながらやや柔らかく美しい顔つきは東洋の血を思わせる。

「Asuka!」

ふとその男性が、その女性に声をかけた。
シンジは思わず、その女性の顔を見入っていた。
青い瞳。
記憶が二重写しになる。
セーラー服姿の彼女。
その怒った顔、笑った顔、泣いた顔。
なぜ自分がそれを知っているのか分からなかった。
シンジは、今の年齢の彼女の様々な表情も思い出せるのに気付いた。
そうしてぽかん、と彼女を見つめたまま立ち止まっていた。

するとそんなシンジの姿に気付いたのか、彼女もシンジの顔を見た。
その顔に一瞬けげんな表情が浮かぶ。何か思い出そうとするかのように。
だが、それは曖昧な会釈に変わり、そして視線は彼から放れた。

その家族が通りすぎてしまうまで、シンジは凍り付いたように動けなかった。
シンジは何故泣いているのか分からぬままに涙を流していた。
ただ、不思議と安堵感と達成感があった。
それもシンジには思い当たるもののない感情だった。
そして、さらに嫉妬にもにた痛みと、深い絶望と....。

******

シンジは二度と彼女に会う事はなかった。
ただ、何かが終わったという確信がシンジに残された。
それは辛い思いだったが、何か負債を返したように感じていた。

それから、シンジは、凡庸な日常をもがくようにして、1175日を生き、
そして、
死んだ。

(終劇)


後書き

こんにちは。しのぱと申します。
後味が悪かったかもしれませんね。
粗筋部分も、いつかは、ちゃんと書くつもりです(^_^;)。

感想など頂けると嬉しいです。
しのぱ
吉田@y:x です。
しのぱ さん、投稿ありがとうございます。

END OF EVANGELION の続き、 妥協、手加減の無い二人の関係を最後まで妥協することなく描いてくれました。 軟弱者は最後、LAS オチに向かわせたがるものです(読んでて最後 LAS に向かうと思った人てぇ挙げてぇ! はーい ^^;)が、 どこまでも EOE らしい、調和のとれた不協和音でまとまった不安定な心地よさで、 しのぱさんの物語に対する真摯な視線を感じました。

しのぱさんはホームページを持っておられませんが、 彼の作品は CREATORS GUILD の投稿の部屋にて、「ある神話」シリーズ等を読むことができます。
また、 週刊 LAS レビュー の編集委員をやっておられ、 y:2.x のレビューを載せていただきました。

おまけ:
或る浜辺の情景 「ユメ」
【終焉の為の粗筋】から私が想像した或る一シーンでした。 「終わりだけの物語」を頂いた日のうちに一気に書いて 「終わりだけの物語」とのすりあわせも推敲も校正もしてないので 何か違うぞという苦情は却下 :-)

「終わりだけの物語」の感想は こちらへ: しのぱ さん<shinobo@leo.bekkoame.or.jp>


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