Celebrating novel of the first anniversary "Evangelion Genesis y:x"

それを知らず悲しみと共に生きる貴女に・・・・




薄暗い部屋。
端末のディスプレイの明かりだけが光源のこの部屋で、ひとりの女性が黙々と
キーを叩いている。そのあまりの速さに画面表示すら追いつかないのではとさ
え思わせる程だ。
聞こえる音も、その女性がキーを叩く軽快な音と、それからどこかで回ってい
るファンらしき音のみであった。

だが、そんな不思議な静寂と雑音の入り交じった世界に、闖入者が現れた。

「・・・誰?」

深夜の訪問を示すノックの音に、女性は作業を続けたまま訊ねる。
するとその訪問者も、そんな彼女の対応には慣れきっているのか、感情を感じ
させない声で答えた。

「・・・私です、博士。」
「・・・・入りなさい。」

この二人の間には何らかの関係が成立しているのか、固有名詞を必要としてい
なかった。博士と呼ばれた女性は作業をしながら更に端末でドアのロックを解
除すると、訪問者に入室を許可した。

「・・・・」

ほとんど音も立てずにドアが開く。
姿を現したのは、まだ大人には程遠い学生服を身に纏った少女だった。

「・・・何の用?」

女性はキーを叩く手を緩めない。
時折手元の紙に何かを書きなぐっているが、その間でもキーを叩く速度は衰え
を見せなかった。
そしてそのまま少女に訊ねる。
普通なら失礼だと感じてもおかしくないこの応対にも、少女は動じることもな
く、小さく答えた。

「・・・・おかしいんです、博士。」
「・・・・どういうこと?もっと具体的に説明しなさい、レイ。」

女性はまだレイと呼ばれた少女に顔を見せなかった。
だが、その女性は明らかにレイの言葉に興味を示していた。
そしてレイは答える。
自分を造り育てたこの女性に・・・・

「・・・夢を・・・・見るんです。」




『夢の中の私』                               Written by Eiji Takashima




頭の中に映像が浮かぶ。
今まではこんなことなかったのに。

「・・・なに、これ・・・?」

最初に発した言葉は疑問の言葉だった。

何か見た気がする。
でも、よく憶えていない。
私がこれが「夢」だと気付くまで、数日を要した。

私は自分が人とは違う存在であることを十分認識していた。
それは赤木博士が教えてくれたことであったが、その後も自分の肌で何度もそ
の事実を感じていた。
しかし私は人として人の世界に生きている。
だから私は誰に言われる訳でもなく様々な本を読んだ。
理解出来ること、出来ないこと。
数限りない情報が私の頭に流れ込み、私を育てていく。

初めは赤木博士が、そして後は沢山の本と・・・・

「・・・碇君・・・・・」

しばらくして、私は誰かの声で目覚めた。
だが、それは誰かの声ではなく、自分の声だった。
私は寝言を言っていたのだ。
そして私が何の、誰の夢を見ていたのかも・・・・

碇シンジ。
サードチルドレン。
そして、碇司令の息子。
そのことが、私にとって彼を特別な存在にしていた。
彼は、誰も話し掛けてなど来ない私に、ことある毎に声をかけてきた。
私は彼が何かを求めているのかと思っていたが、それが間違いであることに気
付くのに、それほど時間はかからなかった。

「一緒に帰ろうか、綾波?」

彼のまだ変声期を過ぎない高めの声が、私の耳にはっきりと残っている。
そして彼の言葉、彼の手の温もりは、忘れようとしても忘れることが出来なか
った。

「駄目だよ、綾波。もっとちゃんとしたものを食べなきゃ・・・」

彼はそう言って、私に手料理を振る舞ってくれた。

彼はやさしい。
それは疑い様がない。
そして彼は私に興味を抱いている。
それもまた事実。
でも私は・・・・私は自分が彼をどう思っているのかなんて、考えたこともな
かった。

「碇君・・・・」

私は寝汗を嫌い、シャワーを浴びた。

シャワーが私を包む。
頭から爪先まで、私は全身を濡らし、汗を流した。
そして短い入浴を終えると、バスタオルで身体を拭きながらまたベッドのとこ
ろに戻ってきた。

「碇君・・・・」

私は三度、反芻する。
この自分の不可思議な感情を洗い流すべくシャワーを浴びたのだが、汗は流せ
てもこの想いは流せなかった。

彼は私に興味を抱いている。
そして私は・・・そう、私も彼に興味を抱いている。
いや、私の想いは興味という範囲ではとどまらない。
何故なら・・・私が見る夢は、彼、碇シンジの夢だけだったからだ・・・・



「碇君!!」

夢の中の私。
いつもとは違う、夢の中だけの私。

「おはよう、綾波。」
「おはよう、碇君。」

姿形は間違いなく私。
でも、これは私じゃない。

「ったく、そんなにシンジに引っ付くんじゃないわよ!!そういうのはアタシ
だけの特権なんだから!!」

セカンドチルドレン。
夢の中の私を咎めてる。
これはおかしくない。
彼女らしい言動だ。

「アスカ・・・まあまあ、そんな朝から恐い顔しないで・・・・」

碇君も同じ。
でも、でも私は、碇君の片腕を抱え込んで擦り寄っている私は・・・・
私だけが違う。
私以外の全てが変わらぬ世界だと言うのに、主役たる私は別人だ。
これは私が見る、私が創り出した世界だと言うのに・・・・

「このバカシンジ!!そうやってレイを甘やかしてるから、どんどん付け上が
るのよ!!」
「つ、付け上がるって・・・・気にし過ぎだよ、アスカ。」
「・・・・アタシの気持ち、知ってるくせにっ!!」

セカンドは碇君にそっぽを向く。
すると碇君は・・・・

「アスカ・・・・」

セカンドに手を伸ばす。
そして夢の中の私と夢の中の碇君が離れる。

「!!!」

痛い。
これは偽りの世界だというのに、私の心は痛みを覚えた。
そして夢の中の私も・・・・

「だめ、碇君。アスカの策にはまっちゃ。」
「えっ?」
「これは俗に言う、女の手管っていうものよ。だから気にしないで、早く学校
に行きましょ。」

私は離れかけた腕を再び取り戻すと、碇君に向かってそう諭した。
そして碇君は困った顔をしながらも、私に引っ張られて先へと進んだ。

「こら待ちなさい!!シンジをたぶらかすんじゃないわよ!!」

セカンドは私達を追いかけてきて、碇君の反対側の腕を引っつかむ。

「行くわよ、シンジ!!」

怒った顔をして碇君を、そして碇君にへばりついている私をも猛烈に引っ張る。
ずんずん進むセカンド。
そしてどうしていいのかわからないといった感じの碇君。
そして・・・碇君を感じながら幸せそうにしている私。

これが夢の中のチルドレン三人だった。



「・・・綾波、起きてる?」
「ええ。」

現実の中の私。

「入っても・・・いいかな?」
「・・・・好きにしたら?」
「あ、うん・・・じゃあ、お邪魔します・・・・」

アパートのドアを開けて碇君が入ってくる。
夢の中の世界を感じていた私には、何故か碇君をいつもよりも特別に感じる。

「おはよう、綾波・・・・って、な、なんだよ、その格好は!?」
「なに?」
「ふ、ふ、服を着てよ!!」
「どうして?」
「どうしても!!」
「・・・碇君がそういうのなら・・・そうするわ。」

シャワーを浴びて、バスタオル一枚の私。
私は碇君に言われて下着を着け、制服に着替えた。

「も、もういいかな・・・?」
「なにが?」
「き、着替え終わったかって言うことだよ。」
「それならもういいわ。」
「そ、そう・・・・」

全身を強ばらせながら、碇君は私の方を向いた。
そして改めて言う。

「おはよう、綾波。まあ今のは・・・なかったことにしよう。」
「どうして?」
「い、いやそれは・・・ともかく!!」
「・・・変な碇君。」

クスっと笑う。
そしてそんな私を見た碇君は、驚きの声を発した。

「綾波!?」
「・・・どうしたの、碇君?」

私は軽く笑いながら訊ねる。

「だ、だって綾波、笑って・・・・」
「えっ?」

碇君に言われて私は初めて気がついた。
自分が笑っているという事実に。

「い、いや、綾波がこんなことで笑うなんて珍しいからさ・・・」

珍しいどころの話ではない。
私自身、笑ったという記憶は片手で数えるほどしかないからだ。

「・・・・おかしい?」
「い、いや・・・いいよ、とっても。」

半ば開き直る私。
そして碇君は少し顔を赤らめながら私に応えてくれた。

私らしくもないこと。
どうしてそうなったかは、私と、それから赤木博士しか知らない。
私が見る、碇君の夢。
そして夢の中での私。

夢の中の私と現実の私とが入り交じって、私を少しずつ変えてる。
その事実を碇君は知らない。
だから驚くのも当然だ。

「そ、それより朝ご飯は済んだ?」
「・・・いいえ。」
「そ、そう・・・なら僕がちょっと作るから、綾波はそこで待っててよ。」
「・・・・」

碇君は私に向かってそう言うと、キッチンに置いておいたエプロンを慣れた手
つきで身に着けた。

「そんなに時間かからないからね。」

このエプロンは碇君が自分で持ってきたものだ。
私に頻繁に食事を作るようになって、ここに据え置くことにしたのだ。
ベッドに横になると、ちょうどこれが私の視線と同じ高さに来る。
私は毎朝目覚めて最初に見るものが、この碇君のエプロンだった。

碇君の背中。
現実世界でも、見慣れた光景。
いや、夢の中の私は、碇君の背中よりも碇君の顔を見ていることの方が多い。
でも、もしかしたら私は、碇君の背中の方が見る機会が多いのかもしれなかった。

包丁の音。
鍋の中のお湯が沸き立つ。
そして中心にあるのは碇君の背中。
私は何を思ったのか、すっと碇君に近寄って・・・少しだけガスの火をゆるめた。

「あ、綾波?」
「これくらいの方がいいわ。これ以上だと、そのうちふきこぼれるから・・・」
「・・・ど、どうして?」
「・・・・」

夢の中の知識。
碇君は私の料理のことなんて知らない。
無論、当然の話だ。
だって私は、今まで一度も料理なんてしたことがないのだから・・・・

しかし、夢の中の私は料理をする。
碇君の為に、毎日料理を作っている。
私にもそんな彼女の想いと共に、料理の知識も流れ込んできていたのだ。

「・・・・」

驚き入る碇君をよそに、私は碇君を手伝う。
碇君が置いた包丁を手に取り、じゃがいもを切る。
そして慣れた手つきで鍋の中を掻き回す。

「・・・綾波・・・・料理出来たの?」
「いいえ、初めてよ。」
「ならどうして・・・・」
「さあ?」
「・・・・」

私は知ってる。
でも、碇君に言っても仕方ないと思い、はぐらかすことにした。

「と、とにかくそう言うことなら一緒に料理を作ろう。」
「ええ。」

こうして私と碇君は二人で朝食の支度をした。

「いただきます。」
「いただきます・・・・」

碇君と食事をとるのはこれで何度目だろうか?
夢の中を考えずとも、何度かこういう機会を持ったことがある。
黙々と箸を動かす私。
そして碇君はそんな私をちらちらと覗っている。
普段の私ならそんなことは気にしない。
しかし今日は・・・・

「・・・・おかわり、いる?」
「えっ?」
「おかわりよ。わからない?」
「い、いや、わかるよ、綾波。」
「いるの?」
「う、うん・・・・」
「じゃあ・・・」

私はそう言うと、碇君から茶碗を取り、ご飯をよそった。

「これくらい?」
「う、うん、ありがとう・・・・」
「・・・・・どういたしまして。」

碇君にとっては驚きの連続だ。
そして碇君だけでなく、私にとっても驚き。
自分が碇君にこうすること、そしてそんな自分に満足感を感じている自分に対
して・・・・

食事を先に終えた私は、立ち上がるとお茶を入れようとした。
だが・・・夢の中の私の家とは違って、現実の私はお茶など持っていなかった。

「・・・ない・・・・」

碇君はそんな私の言葉を聞きつけて、少し腰を浮かせながら訊ねた。

「何がないの、綾波?」
「お茶。」
「お茶・・・綾波、買って置いてあったの?」
「いいえ、ないわ。」
「な、ならなくて当然だよ。」
「・・・・そうね。」
「ぼ、僕は綾波の気持ちだけでうれしいから・・・・」
「・・・・」

碇君はそう言ってくれた。
でも、ちょっとだけ悔しく感じた。
だから私は碇君の方を向くとこう言った。

「買ってくる。碇君は待ってて。」
「い、いいよ、綾波、わざわざ買ってこなくたって!!」
「買ってくる。」

私は碇君が止めるのも聞かずにお茶を買いに行こうとした。
すると碇君は素早く立ち上がって私の手を掴んだ。

「あっ!!」

私は突然碇君に止められて、身体のバランスを崩す。
そして碇君もいきなり倒れ掛かってきた私を受け止めきれずに・・・・
私と碇君はそのままベッドに倒れ込んだ。

「・・・・ごめんなさい。」
「い、いや、いいんだよ、綾波。それに悪いのは急に綾波を掴んだ僕なんだか
ら・・・」
「・・・・」

碇君の上に乗っかるような状態。
見ると碇君の顔は真っ赤になっていた。

「ど、どいて・・・くれるかな?」

碇君は小さな声で私にそう訴えかけてくる。
しかし、私は碇君の顔を見つめたままゆっくりと顔を近づけて・・・・

「・・・・」
「謝罪のキス。」
「えっ?」
「それだけ。」

私はそう言うと、自分でも真っ赤になりながら素早く身体を起こし、そしてそ
のまま黙ってアパートを出ていった。

「・・・・どうして・・・・・・」

自分でもよくわからなかった。
こんなことは、夢の中の私でさえしたことがない。
でも、その時は身体が自然に動いて碇君に口付けしたのだ。
そして私はそうしたことが不思議と当然のことのように感じていたのだ。

「私は・・・私は碇君のこと、どう思っているの?」

私はそう自問自答する。
夢の中の私は碇君を愛している。
そして前の私、二人目の私も・・・・


「夢は無から生じるものではないわ。頭の中の情報が無意識に紡ぎ出されて生
じるものなの。だから夢の中のあなたが偽りのあなたであるはずがないのよ。」

それは赤木博士の言葉。

「二人目の記憶、それとも三人目のあなたの願望が、そんなあなたを生み出し
ているのよ。」

私にはどっちだかわからない。
でも・・・・

「・・・・おかえり、綾波。お湯、沸かしておいたよ。」

お茶を買って帰ってきた私に、碇君は微笑みながら出迎えてくれた。
私はそんな碇君の笑顔に誘われるように、微笑んで返事をした。

「ただいま、碇君。」

その時私は、夢の中の私を生み出したのがなんであろうと構わないと思った。
それが今の私、碇君を好きになっている私から生み出したものであれば・・・・

吉田@y:x です。
高嶋さん、投稿ありがとうございます。

三人称体プロローグから一人称体に持っていった構成は、多分、 彼の初めての試みだと思いますが、 両方とも見なれた高嶋さんの文体ながら繋ぐと変わった効果が出るんですね。 幻想的な雰囲気にぴったりです。
夢の中は「私立第三新東京中学校」中期の世界、 現実世界は「私立第三新東京中学校」初期の世界。 「お茶が無い」という非常に素朴な、でも強烈な違いは迫力がありました。
事実だけを述べた言葉が光っていて、リツコさんも格好良いです。

彼とのやりとりは、...
長いメールの全ての行にレスがついて返って来るという彼の返答メールの丁寧さもあって、 彼が Internet からやや遠くなってからはメールも遠慮気味なんですが、 もともとは y:x が立ち上がるまでに高嶋さんには 多大なお世話になっていました

彼のページのトップを飾る登場人物の言葉を一時期集めていたりもしたんですが、 抜けが大きくなりすぎて放棄されました ^_^; で、1996 年 11 月ごろから 1997 年 7 月ごろまでを主に持っています。 作者本人も保存していないということなんですが、 最近の分を保存してる人っていない ... でしょうねぇ。

「夢の中の私」の感想は こちらへ: 高嶋さん <hidden@mti.biglobe.ne.jp>


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