Genesis y:25.4.1 言い訳
"A situation in a context"


学校にはまだ早い。朝早くから宿題の面倒をみたかわりにシンジに朝食を用意させ、 食べ終ったところで彼が珍しく片付けにもたついたことから話は始まる。

「あんたねぇ、‥‥ もう、先行くわよ」

いらつきながらアスカが部屋の入口でシンジを睨む。
彼はもともと衣食住には頓着しないたちである。 家事を自分のためにやる、という習慣は遂に着かなかったから、 両親との同居から独りで住むようになって、その手際はむしろ悪くなっていたのも事実だったが、 今は手際が悪いのでなくアスカの基準の方が厳しくなっていた。

「まだ早いじゃないか、別に」

パン皿をお湯でかるく流しながら、脇の時計を見て彼が応えた。 彼は全部洗ってしまう心積もりだったのだが、 最後の目玉焼きの皿の方は帰って来てからだな、と思いお湯に漬けて手を洗う。
そして散らかった紙のたばの中から端末を拾いあげ、鞄の中に突っ込んだ。

「じゃ、行こ」
「‥‥ で、何でこの借りは返してもらえるの?」

最後までのんびりした様子のシンジに向きながら、 アスカは後ろ手のドアに体重を乗せ、意地悪く微笑む。
ドアが開き、やや暗い玄関に影ながら朝の陽が差し込んだ。 シンジの言うように学校にはやや早く、通りの人は多くない。 もっとも、この辺りは人口そのものがまだ少ないが。

シンジが答えないままにドアを閉めると、 それと入れ替わるようにして隣の住人がドアを開けて出て来た。 三人が顔を見合わせる。

「おはよう」

レイがごく自然に何事もないような顔で二人に声を掛けた。 アスカがちらとシンジの表情を視野に入れると、 彼はやや不思議そうな表情で固まっていた。 アスカは内心で舌打ちした。 もともとシンジをせかしたのはこれを避けるためだったのだが。

「二人とも、どしたの?」

レイが顔をのぞき込むようにして、重ねて問いかける。

「お、おはよ」
「お、おはよ ‥‥」

レイは二人の雰囲気に不思議そうに首を傾げたあと、 納得するかのように微かに頷いた。 その動作はアスカにはややわざとらしく感じられ、彼女は反撃の姿勢を整えた。

「あのさ、いまさらアスカが碇君家から出て来た位じゃ驚かないけど」
「そう言うだろうと思ったわ、ったく。 このバカシンジの宿題に付き合ってたのよ」
「‥‥ ついこないだまで同棲してたんでしょ?」
「ち、違うよ、綾波 ‥‥、昨夜さ、教えて、って言ったんだけど、朝やろって」

ようやく入ったシンジのフォローに、アスカが大げさに肩をすくめる。

「真夜中よ、真夜中。襲われちゃうわ」
「どんくらいの人が信じると思う?」
「綾波は信じてくれるといいな ‥‥」

にっこりと淀み無く答えるシンジに、 レイはさっきまでと少し違った眼でシンジを見つめた。

「ふうん」
「な、何 ?」
「成長したのねぇ、お母さんは嬉しいわ、なでなで」

ユイの言葉を真似るように軽く背伸びをして彼の髪を撫でる。

「え、えと、綾波」
「なにバカやってんのよ、行くわよっ!」

彼が戸惑っていると、 いつの間にかエレベーターを呼んだらしいアスカの怒鳴り声が彼の背から飛んだ。


「で、学校にはまだ早いんじゃないの?」
「私、週番だから」
「う、‥‥」
「アスカ達は?」
「あたしは一度、自分の部屋に戻って、て思ってたら、 このバカシンジがもたもたしてるから」

シンジを睨むようにしてアスカが答える。

「あ、そうだったんだあ」

シンジの惚けた、納得のいった顔に、

「アスカ」

すっとレイがアスカに寄って小声で話し掛けた。 再びからかいの空気がレイに纏っているのを感じ、アスカは顔をしかめた。

「なによ。誤解だって分かったんでしょ?」
「私は別にね。がんばって説得してまわってね」
「誰を?」
「クラスのみんな。洞木さんとか」
「なんで他の連中が知ってんのよ」
「私が教えてまわるから」
「レイ」
「買いもの付き合ってね。あ、別に、出して、なんて言わないから」
「言ってんじゃない ‥‥」
「でも、なんで今さら、って気も、やっぱりするんだけどな」
「‥‥ そういうのとは、やっぱり気分も意味も違うのよ」
「そうなんだ」


作者コメント。 y:25.4の元ネタな話。 典型的な、蛇足というやつ。
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