彼女がシンジを育てたのは彼が 3 才の頃まで、
それが突然 14 才のシンジの面倒を見なければならなくなった、
そのことには最初さすがにユイも戸惑った。
確かに 3 才のころの面影はあった。
時々見せる芯の強さあたりは両親のどちらにも似たといえるし、
表情を作るのが下手なことは父親そっくりでもあった。
しかしそれ以上に、伝え聞くシンジの状態はひどすぎた。
方々に向けて八当たりしたい気分が無かったとはいえない。
人として生きてきた年数でいえばシンジとの差は僅かに 13 年にすぎず、
しばらくシンジが共に過ごした若い作戦部長よりも差は小さく、
過負荷のかかったチルドレンを立ち直らせるのには不適だという声はかなり大きかった。
最初から最後まで疑わなかったのはゲンドウただ一人だけだったかもしれない。
したがってユイが復活後わずか 2
日にして研究所を管轄する立場に復帰したのはゼーレ、
ネルフ等のパワーバランスの産物だった。
ゼーレに好意的なユイを牽制に使おうという向きもあったし、
計画はもともと碇ユイと赤木ナオコの二人のものであり、
ゲンドウによる修正の加わったものよりは原型に近いものに沿って動くだろう
という期待をする者もあった。
碇ユイの復活が伝えられた時の各方面への衝撃は、
全ての者にしばらく様子見を促すだけの、それだけの事実としての迫力があった。
地下にとじこもったままたった 1 週間でほぼ全てを把握したユイは、
しかし、負った責任の重みを気にすることなくそのことを楽む余裕があった。
特に、そういう「母親」を演じているうちに自然体になっていく自分を感じるのは、
彼女にとってかなり気分が良いことだった。
実験を整えたのはユイ自身、故に自分の役所を演じるのにそれほど不安はない。
これは実験終了後の、ユイ自身が本来の役割に至る手頃な練習の場にもなっていた。
それには、うまくいく以外に物事が進みようがないと思っている楽観主義が根底にあった。
たとえばシンジを千尋の谷に突き落したとして、
死なない限りは這い上がってくるしかない。
シンジを「駒」として考えた時でも、死んでもらっては困る訳で、
つまりはいつかは這い上がってこれる、ということはユイには既定事項である。
多少の苦労があったとはいえ、息子ばかりか娘まで手にいれた、 おもちゃとしては無類の出来。 これでユイに不満のあろうはずがなかった。
今現在、夫と息子の間がギクシャクしているのを彼女は残念に思っていたが、
自分がいなかった時のこととて、これはやむをえない。
自分が口が挟める形に導くまえに
ユイ自身とシンジの関係がおかしくなったため、しばらくは解決も遠のいている。
もっとも、彼女はあまり心配していなかった。
理由は先のものとたいしてかわらない。
二人の関係が破綻に至る道が無い以上はいつか修復されるのに決まっていた。
「さて、と」
シンジが出て行った部屋の掃除を終える。 部屋そのものはたいして変わっていない。シンジがほとんど物を持ち出さなかったためで、 物への執着の無さは話に聞いていた通りだった。
今シンジは、本人も知る理由と、本人にもそのうち知らされるはずの理由と、 そして本人も知らない理由によって、一人暮らしに入った。
「まだ、私の掌の上なのよね」
力無く唇が僅かに微笑みを形作る。
シンジと再会し、共に住んだのは半年そこそこ。 それを寂しく思うのだろうか、 子離れの時がきただけだと、思うことができるだろうか。 彼女は物思いに沈む。
すべて順調。それでも彼女に出来ないこと、心残りはあった。
── 3 才から 14 才の、反抗期のシンジを育てることである。
[目次] [日誌]
作者コメント。 ヘキサゴナルストーリーと化していた y:23 〜 y:26 を 整理しているうちに追い出された y:24 のタイトル相当分。