Genesis λ:5 「命の価値は」
Both of You. Dance Like You Want to Win!


第一中学校にはクラスが全部で 8 つある。 1 年生と 2 年生が A 組から C 組まで、3 年生が A 組と B 組。 赤木博士の言うところによれば、街がまだ若いということだそうで、 首都移転にむけてクラスは増えていく一方だろうとのこと。

競技大会、運動会、体育祭、どんな名前で呼んでもいいけど、 実態は運動会という日が 2 週間後にある。 クラスが 8 つというのはトーナメントを組むにしてもいろいろと都合がよくて、 1 年から 3 年まで学年の垣根を取り払ったような、そうでないような、お祭。

だから 1 年生は損だ、と思う人もいて、 1 年 B 組を担任している赤木博士は 学年の損をとりもどすべく運動能力を高める薬を作っていた。
博士の部屋に夕食が出来たと呼びにいくと机の上に白い錠剤がいくつか並べられていて、 それが今日できあがったことを私は知った。

「これがそうなんですか?」
「そうよ」
「テスト終ったんですか?」
「したわよ。のべ 20 人くらい」
「副作用とかは?」
「まったく無かったわね」

博士の口調は自信に満ちていて、そうなんだろうな、と納得させるものがあった。 丁度よいところにテストとデモの場があったということなんだろう。 少し興味がもたげてきて、

「私は ‥‥?」
「飲んでもいいけど効かないわよ。あなたは特殊だから」

ということなら仕方がない、手にとっていた薬を机に置く。

「どういう働きをするんですか?」

そう尋ねると、博士はその場にあった医学辞典をぱらぱらっと開いてみせてくれた。 でもそれはぜんぶ英語(だと思う)で書かれた辞典。

「博士、英語の辞典で見せられても読めません」
「そんなに難しくないわよ。宿題にしとくわ。さ、御飯でしょ?」
「はい」

簡潔な記述のそのページに博士はしおりを挟んでおいてくれた。


「いいんちょ、なに気難しー顔しとるんや?」
「鈴原。‥‥ ちょっとね ‥‥ これ。さっき葛城先生から渡されたの。
明日の朝、話すことになってるんだけど遅刻するかもだからって」
「‥‥ いつものことじゃないのか?」
「これ、だれ推薦する?」
「『二人三脚リレー』? 男子 3 人、女子 3 人?」
「そう」
「男子男子、女子女子、男子女子の 3 組でもいいのか?」
「そうみたいね」
「いずれにしても、一組は決まってるんじゃないの?」
「シンジ、そーりゅーか?」
「息が合って、そこそこ走れそうなのってそうなるだろ?」
「そーやな。で、誰がそーりゅーを引き込むんや?」
「そうなるわよね ‥‥」


翌朝。ミサト先生はまだ来ていない。碇君、アスカの二人もまだだった。
予鈴が鳴ると同時にヒカリが始めた朝のホームルーム。 なにをやるのか、だいたいみんな知っていたということもあって、 先生も無しに始められたのにホームルームは何事もなく進められていた。
廊下をばたばたとかける足音が二つ、というところでタイミングを合わせてヒカリが、

「『二人三脚リレー』、残りの二人ですけど ‥‥」
「まずはシンジやろ?」

鈴原君の声でヒカリがその名前を黒板に記す。 と同時にドアが開いて二人が顔を出した。

「あ、碇君、ちょうどよかった。『二人三脚リレー』、いいわよね?」
「え、あ、うん、」

先生が来てもいないのにみんな席についている様子に驚いている二人。 息を整えているだけで、多分よく分かっていないとは思う。

そんな風にして、二人三脚リレー、さらにスエーデンリレーの二つの競走のメンバーは決まった。 まあ、実際、陸上部の人達の少ないうちのクラスでは二人の走力は貴重で、 客観的に見ればこの二つのメンバーは決まっていたようなものではあった。


「分かった。それと、今日、練習やるわよ」
「‥‥ 私、リレーは関係ない」
「ついでよ、ついで。1000 m、走るんでしょ?」

アスカがにっこり笑って、絶対にひっぱっていくぞという宣言。
私は苦笑しつつ、頷いた。


「学校は ?」
「問題ありません ‥‥ ところで、やっぱりドーピングの噂がとんでますけど」
「ああ、あれ? たいしたもんじゃないわ。読んだでしょ」
「あ、まだです」
「読んどきなさいよ」
「はい」

調合表にはいろんな薬品が並べられていた。


次の日の昼休み、パンを食べていると、アスカが私の机の前に立って怒鳴った。

「レイっ! あんた、あの話きいた ?!」
「‥‥ どの話 ?」

心当たりなら一杯ある。すると彼女はすっと声を顰め、

「赤木先生の薬、よ」
「ああ、あれ ‥‥ それが ?」


足が震えてきた。
やだ、私、緊張してるの。
トラックの反対側に目を向ける。碇君。 大丈夫。私は、大丈夫。たった、300m。走るだけ。 さっきの 1000m に比べれば、短い距離。


「レイ、やるじゃん/よく頑張ったじゃん」 「あ、ありがと ‥‥ 碇君は ?」 「あんたが追い付きそこねたの抜いて、今はトップ走ってるわ」 「そう」


「なんで教えなかったのよ!」
「フェアでしょ?」

「あたしに借りがあるんじゃないの ?!」
「これはこれ、それはそれ」



碇君の番のはずだけど、
碇君がばてて寝込んでるので、かわりに私が。 次回は
「女の戦い」
です。碇君、ちょっと見直しちゃった。
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