Genesis y:27 道標
"Roadmarks"


  「まったく、加持君は、..」

マヤの激務はまだ続いていた。

  「先輩ぃ ...」

リツコに指摘されつづけたミサトの「甘さ」も
必ずしもミサト自身の性格によるものばかりとはいえず、
「非情」な作戦をたてたとしても、単に子供達に無視されるだけであったろうし、
そしてまた、そういう下の反抗を強く咎めない空気が、ネルフにはあった。

衆目の一致するところ、
ネルフ本部は司令 碇ゲンドウの私兵組織である。
しかしその兵力は碇司令の命令に常に従う訳ではなく、
時と場合によっては司令の不利益になるような行動をとることがあるという点は
いままで失念される傾向にあった。
強権の塊のように思われているゲンドウの印象が強いせいだが、
その彼にしても意志を押し通したのはただの一度きりでしかない。
サードインパクトという言葉は 主義主張、立場などによってさまざまな意味に変わるが、 一般には、 それは防がれるべきものである - といったコンテクストで使われる。 もちろん少なくない数の宗教団体がサードインパクトを招聘すべく活動しているが、 これは例外であろう。 が、 大概の人々にとって、あのセカンドインパクトのような事件は二度とごめんであって、 それが再び起きると - といった煽りに使われる。 10 年一昔といい、人は 10 年たてはどんな事件でも忘れるものである。 日本をとってみよう。 日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦はきれいに 10 年間隔にならび、 第一次世界大戦と日中戦争(第二次世界大戦)は 20 年あくが、 これは戦争にも匹敵する事件、金融恐慌が間に挟まっているからにほかならない。 実際には「サードインパクト」は単なる符号にすぎず、それを引き起こす者にとっても 「セカンドインパクト」とまったく同じ現象をさすのではない。 それは原子力エネルギーの開放という語をもって、 原発の正常運転、メルトダウン、原子爆弾の三者を同時に語るようなものであって、 プロパガンダ以上のものでも以下のものでもない。 サードインパクトを起こすのか防ぐのか - といった問題に単純化したとしても、 ネルフの態度は決らない。碇ゲンドウ、冬月コウゾウ、碇ユイの三人の間でも多少の 温度差はあるが、全員が両方の札を持ったままの計画で動いているからに他ならない。 セカンドインパクトへの贖罪から始まったネルフの計画が、 最終的にサードインパクトに至ろうと、いざとなればそれをためらう者達では無かった。 E 計画に始まり人類補完計画に至る ゼーレやネルフの管理下に置かれている筈の一連の計画も 複雑に重層されていて、全貌を把握する者はいない。 北の気温低下。 南の異常気象。 地軸の直立以後、地球は確実に寒冷化しつつあった。 地軸の直立にともない、両極が効率的に熱せられることが無くなった。 もちろん、緯度が変わらなければ年平均の太陽からのエネルギー照射量は変わらないはずだが、 一度、氷が地面を覆うと土に比べ熱の反射能率がよいだけに融けにくい。 2000 年までは地軸は公転面に垂直な方向から 24.4 度かたむいていて、 1 年を通して両極が定期的に太陽の方へ向けられ、両極周辺地域を熱していたが、 この周辺の氷を融かしていたプロセスが無くなり、氷はなかなか融けない。 そしてこれがその周辺域の熱吸収能率を下げ、さらに氷河を拡大する傾向を招いていた。 赤道周辺。 コリオリの力の働きにくい赤道周辺では、極方向へむかう風は弱い。 旧来は熱せられた地域が北回帰線から南回帰線の間の広大な領域にわたり、 偏西風や貿易風に乗って高緯度地方へ熱エネルギーを運ぶ役割を果たしていた。 2016 年現在、赤道上に蓄えられたエネルギーが両極へ運ばれる能率は極端に落ち、 この海域の水温を 5 度ちかく上げていた。 水温の上昇は、とりもなおさず海水からの放射熱増大をまねき、結果、 赤道周辺の太陽エネルギー吸収能率を下げていた。 また、セカンドインパクト後、地球の環境温暖化の主役であった二酸化炭素などの廃棄物は 激減し、地球温暖化の要素はなくなりつつあった。 これらが複合要因となって、地球は次第に寒冷化へ向かう兆しが見えていた。 第二次産業等の、「人間の活動」による熱の排出がセカンドインパクト後、 1/10 にまで落ちたこと。 地軸直立の結果、南と北の大気の撹拌がなくなり、北の気温低下から氷河の増大、 そして地表の反射率増大による気温低下の悪循環によって、さらに気温低下。 日本は亜熱帯に属し、南の気候変化も、北の気温低下の影響もまだ受けていない。 本来の気候は温帯であって、微かに観測されている平均気温の低下はむしろ歓迎されていた。 ドイツは北に位置し、気温低下の影響をすでに目に見える形で受けはじめていた。 ドイツ気象庁が再建されたあとの 5 年間で、ドイツの年平均気温はすでに 4 度低下している。 「所詮は都市だけのことだ」 サードインパクトを起こす側ならばこそ、たかだか 4 度かそこらの気温低下は 気にも止めずにすむ。 しかし、サードインパクトを起こすつもりの無い側にとっては、... 計算上は 50 年で 20 度もの気温低下を許すわけにはいかなかった。 「とすれば、地上はどうする?」 ドイツ支部が、 ネルフの支部の中ではもっともゲンドウに近しく、 他の支部よりは真剣味があったのにはそういった理由があった。 デュナンは、机に置かれた 2 通の手紙に目を落した。 ネルフの各基地はもともとゼーレの直轄研究所としての性格もあり、 支部は本部から離れたある程度の権限を有している。 互いに直接制圧する能力を持たないだけに軍事的にも圧力を掛けられる関係にない。 本部の暴走を直接止められるのは、各支部の兵糧攻め程度のものである。 本部は短期間なら自力で世界を敵に回せるが、支部はそうではない。 そして、支部の協力がなければ本部といえど長期戦は無意味といえる。 自力では遠征の能力をもたない本部が 第三新東京市のみ支配に置いたとしてどんな意味があるだろうか? デュナン - ネルフドイツ支部長の手もとにあるゼーレからの手紙には、 本部へのサボタージュの強化が指示されていた。 そして、いまのところは机上の計画にとどまるはずだった侵攻計画が 実行に移される気配の報告が、その隣に並べられている。 「バカが ...」 それは自業自得の趣のあるゲンドウ、権力闘争にまで堕ちたゼーレ、 それに乗った国連、日本のいずれにも向けられていた。 「しかし、まだだ」 ネルフドイツには切札がある。エヴァンゲリオン弐号機以後、 旧六号機までのデータ、それに部品のストックである。 本部以外で唯一エヴァンゲリオンの自力起動に成功したドイツ支部は 他支部やゼーレからの監視が厳しく、エヴァの製作自体には入れないでいたが、 その建造能力を失った訳ではなかった。 「ゲンドウは信用できない」 鈴原トウジ。誰からも忘れ去られたフォースチルドレン。 「チルドレン誘拐の可能性? ... そんなのできる訳ないでしょうが。 旧市ならともかく新市はネルフ本部そのものだって言うのに。 敵対行動とった瞬間に外に出られませんって」 地球の全人口は現時点で 40 億を大きく下回る。 一人あたり 1m^2 の面積を要するとして、どれくらいの面積があれば足りるか? ... オーストラリアか? 日本か? 四国か? ... 実は想像以上に小さくて良い。 40 0000 0000 m^2 = 4000 km^2 = 40km x 100km = 奈良県ほどの大きさでこと足りる。 様々な技術的制約等によって、LCL 市をもってしてもこれほどには小さくなる訳では ないが、地球環境への影響の少なさ、という点で、LCL 市の物理的な 小ささは驚異に値した。 これは補完計画の目的そのものではないが、その副作用 - 副次的な効果として、 意味のあるものではあった。 メキシコシティー ... 世界で唯一つ人口 1000 万を越える世界最大の都市の LCL 化には そんな背景があった。 マギ MAGI. 旧市ジオフロントのネルフ本部に置かれた第七世代コンピューター。 人格移植 OS を、ヒトの脳を培養コピーした有機ハードウエア上に実装した最初のマシン。 僅かに異なった特性をもつ、カスパー、バルタザール、メルキオール三台の計算機の 集合体である。 ヘロデス Herodes. 新市、人工進化研究所内に置かれた第七世代コンピューター。 人格移植 OS を有機ハードウエア上にシェルのようにかぶせた計算機と、 人格移植 OS を旧世代計算機に部分的に載せたマシンの二つからなる。 製作時期は MAGI の後だが世代としては MAGI のプロトタイプ相当である。 これは、当時ユイがまだ第七世代コンピューターの理論に熟知していなかったこと、 それに三台もの有機ハードウエアを培養する時間がなかったことによる。 「赤木リツコさん。... おかえりなさい。そして、はじめまして」 「.... ここは?」 「新第三新東京市 .... 今はただ単に第三新東京市って言ってるわ。 そこの人工進化研究所。私は碇、ユイ。あなたとは昔、会ったことあるわね」 「.... 今は ... 何年?」 「今日は、2016 年、4 月 30 日。
別に過去に戻った訳じゃないわよ」 「そう ... そういえば、副司令 ... それで?」 「『それで』?」 「あたしをどうするの?」 ------------------------------- 第 28 話 その時。 ネルフもまた、 組織としての形を成していなかった。 次回、神を愛でし者達 -------------------------------
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