Genesis y:1 天地創造
"The new world"


二人だけの執務室で冬月はゲンドウに尋ねた。

「ところで碇、赤木君が使えなくなったのに、 シナリオの方はどうするつもりなのだね」

使徒全て殲滅した後の次のステップ。

「修正はきく。マギがあれば十分だ」

ゲンドウは、冬月にそう告げながら立ち上がった。

「明日から 6 日間だ。その間はここを頼む」
「そうか。わかった。偶然とはいえ息子のデータがあってよかったな」
「冬月。あれは偶然じゃない」

ゲンドウはそれだけ言い捨ててエレベーターで下りていった。
ふむ。そのままセントラルドグマ行きか。
ゲンドウが使ったセントラルドグマ行き専用エレベーターを見ていると、 後ろの机の電話が鳴った。

「冬月だ」
『あ、副司令ですか。栗を拾いにいくようですよ。 いっしょにどうです』

連中はまったく‥‥ 冬月はすこし渋い顔になった。

「そうか。もうそんな季節かね。もうすこし先の話じゃないのかね」
『そうですね。気の早い方々がいらっしゃるようで』
「シーズン中でなければ取れないと思うのだがね」
『わかりました。では』

少しくらいシナリオが立ち止まっても私は不満はないのだがねぇ。 誰も彼も急ぎたがる。冬月はそうつぶやいた。


突然、司令塔に警報が鳴り響いた。
渚カオルがターミナルドグマに侵入して以来久しくなかったこと。 マコトは慣れた手順で外部からの連絡、レーダーをチェック。 異常のないことを確かめる。
隣でコンソールにいそがしく手を走らせていたマヤが顔色を変えた。

「マギの能力が 60% ダウンしています! どこからかクラッキングされている、」

いったん言葉を切ったが続けて、

「あ、いえクラッキングではないようですが、 しかし‥‥ マギの能力は確かに低下しています」
「内外部からのアクセスにはともに異常はありません。確認しました」
「念のため外部の回線を一時遮断します」

冬月は報告を聞き流しながら、マギの動作状況のモニタを眺めていた。

「碇の奴、始めおったな‥‥ 警報が鳴らないように始めればいいものを」

誰にも聞こえないようにつぶやく。マヤの報告に意識を戻す。

「バルタザールが 6% にまでダウンしています。 メルキオールが 14% へ。カスパーはほぼ正常。80% を維持しています」

やはり碇。まわりをさっぱり見ていない。冬月は顔をしかめる。

「カスパーはバルタザールの通信関連ハードウエアの故障と推測しています」

ここでようやく冬月は口を挟んだ。煩い警報は止めておかなければならない。

「そうか。クラッキング自体は誤報なんだな? カスパーが維持できるのならそれほど急がない。 原因をカスパーに調べさせておきなさい」

マギの異常ではミサトに出番はない。 なりゆきを眺めながらミサトは疑問に思う。副司令のこの対応はおかしい。 マギのサポート能力がこれだけ低下したことが、 エヴァンゲリオンが初号機しか使えない状況下で「急がない」とはどういうことか。
やはりリツコのいう通りもう使徒はこないのだろうか。 ではなぜ戦闘待機のままなのだろうか?
ミサトはマコトの後ろに寄ってコンソールを覗きこみ、 小声で話しかけた。

「どーお?(クラッキングであると仮定して追跡してくれる?)」
「え?、あ、カスパーの推測通りのようですが‥‥(わかりました)」
「ふーん(あまりマギをあてにしないで、よろしくね)」

それだけ告げて後ろを振り返れば冬月はすでに居なくなっていた。

「マギ正常に復帰!」

マヤが声を上げた。
ミサトはモニターを見上げる。確かにもとに戻ったようだ。 しかしマコトの手は止まっていない。 マコトが一瞬こちらに目をやって微かに首を振るのをミサトは目の端に捉えた。


マコトが橋の上で風にあたっていると、 ミサトの車が向かってくるのが見えた。 あいかわらずの暴走運転。 車から降りて来たミサトに手をあげて、

「そろそろ密会の場所、かえなきゃまずいかもしれませんねぇ」
「で、どうだったの?」
「‥‥。葛城さんの勘どおり、 どうもマギはあてにならないみたいですよ。 というか今回のクラッキングをマギは積極的に支援しているようですね。 最初の警報も反射的にだしてしまったらしいです。マギの正常化も、 あれダミーですね。実際はマギが庇ってるんです」
「やっぱりクラッキングだったの?」
「クラッキングというのとは少し違うようですが。 なんで分かったんです? それも勘ですか」
「ああ、副司令の態度がおかしかったからね。 内部からのアクセスでしょう?」
「あたり、です。特定はできませんでしたが、 どうやら『下』の方のような感じです。 副司令が知っていて、『下』に警報なしに入れる人で、 しかもあの場にいなかった人というと、司令か加持さんあたりですかね」
「加持はないとすると、司令? いったい下でなにやってるのかしらね。 もう一回下からアクセスがあるとしても、もう警報はでないわよね? とすると、下からの回線をマギとは別に秘密に監視できる?」

マコトは少し考え込んだ。

「できることはできますが、 内容はマギに尋ねないと意味をなさないかもしれませんよ」

こんどはミサトが考え込んだ。

「それはちょっち避けたいわねぇ。司令やリツコがからんでたら、 マギに尋いたんじゃ、つつぬけだし」
「その辺も考えてみますか」
「じゃ、よろしく」


そろそろ碇が戻ってくる頃だな。 執務室のドアに手をかけながら冬月は補完計画に考えを戻した。
中に入ると、喜色満面のゲンドウがそこに立っている。 普段とほとんど変わらないその表情を眺め、 碇のこの顔を正しく判別できるのはもはや私だけなのだろうな。 ついどうでも良いことを思いながら、

「ということは碇。うまくいったのだな」
「ああ。7 日後にはお前も会えるさ」

ゲンドウがやっていた筈の事を冬月は思い出した。 碇の表情が読める人間の数が一人でないことは、さっき思いついてもよかった。 心の内で冬月は苦笑する。

「お前がマギを使い始めた時はここはパニックになったのだぞ」
「すぐおさまったはずだが? ダミーの原因もいれておいたし」
「そうでもないぞ。次回からは大丈夫なんだろうな?」
「ああ、次からはマギを使うのは俺じゃないしな」
「で、テストには誰を使うことにするんだ? もう使徒も来ないし、 葛城君か彼でも使うか? レイは使えないし」
「いや、セカンドチルドレンを使う」
「‥‥ 彼女の要望かね」
「うまくいけば弐号機が再び使えるようになる」

ゲンドウが弐号機を諦めていないことに驚いて、

「誰相手に使うつもりかね。 各国を釣るエサに使ったエヴァンゲリオンの役目はほぼ終えた。 もはや必要あるまい?」

ゲンドウはしばらくぶりの自分のイスに腰をおろし、 両手を自分の目の前に組んだ。

「そのエサの量産型エヴァが相手だ。 適格者がいないかぎり動かないとはいえ、 全てのエヴァンゲリオンをここに集める事は委員会もゼーレも許すまい。 ダミープラグの内容は遅かれ早かれ量産型エヴァにつみこまれる。 人類補完計画につかう初号機はまもなく起動しなくなる。 零号機の復活までのつなぎが欲しい」
「それを言うなら、 もうレイと零号機にこだわる必要はないんじゃないのかね。 弐号機が使えるならそれはなにも零号機の復活までのつなぎとしなくてもいい。 それに零号機の復活にはまだかかるんだろう?」
「いや、レイ次第だ。シナリオよりも早い位かもしれん」
「まぁ、監視につく人間がいなくなるから、ちょうど良いといえばそうだが」

冬月はうなった。冬月は話題をかえ、

「それからな。6 日前、お前が下りて行った直後に奴から連絡があった。 ゼーレは極秘に槍を回収する計画を立てているそうだ。 時期を合わせさせるよう指示はしておいたが。 連中もシナリオのつじつまあわせにやっきになっとるらしい」

ゲンドウは軽く笑った。


「葛城三佐入ります」

冬月は入口の葛城三佐を見上げた。来たか。 彼女もようやく補完計画に関わるようになるのだな。
もうすこし早めに巻き込んでおいてもよかったのだが。 微かにわきあがる悔悟の念。

「葛城三佐。 この第三新東京市のビルがなぜ沈むようになっているか知っておるかね?」

話がどこへむかうのか分からず、とまどいながらミサトは答えた。

「それは、戦闘型態となって使徒等の攻撃から被害を少なくするためです」
「ふむ。表向きはそういうことになっておる。 次の任務の話に入る前にざっとこれに目を通してくれたまえ」

冬月は机の上の書類を 3 通、ミサトに渡した。

「さて、君には新第三新東京市立第一中学校に赴任してもらう。10 日後だ」

とても作戦部長の任務とは思えない指令。
思い当たるフシは山のようにあるミサト、自嘲ぎみに思ったが、 手元の命令書に目を落して瞠目した。
冬月はそれにかまわず続けた。

「これが人類補完計画第 38 段階の計画書で、 こちらが人類補完計画第 37 次中間報告書だ。もちろん抜粋だが」

ミサトは顔を上げた。いそいで目を通す。

「ちょっと待ってください。アスカの名がありますが、 いま彼女は病院から動かすことができないのではありませんか?」
「10 日後には元気に通っていると思うがな。そのへんに関してはこちらでやる。 もうすこしきちんと読んでおきたまえ」
「‥‥ わかりました。葛城ミサト、 新第三新東京市立第一中学校に赴任します」

ミサト、この機会に一つ訊いておく。 残りはもう一度リツコに尋きにいけば良い。

「 ‥‥ ですが、その間、 使徒その他の攻撃がある場合はどのようになさるおつもりなのでしょうか」
「使徒はもうこんよ。 君がいない間くらいは司令や私が直接指揮をとってもたいした問題はない」

冬月はあっさり答えた。

「質問はそれだけかね? それから赤木君はあそこにはもういないからな。 もうあちらへ移されているはずだ。これから向こうは忙しくなるからな」

ミサトはかろうじて驚愕を顔に出さずにすんだ。 ややひきつった笑い顔をつくって、

「わかりました。では、10 日後に再会ということですね」
「私はもう少し後になるがな」

ミサトの言葉を、冬月が訂正した。

葛城三佐の退出後、冬月はゲンドウのところへ電話をかけた。

「碇、本当にお前もいくのか?」
『作戦部長がいなくても何とかなるといったのはお前だぞ。 それこそ司令がいなくてもなんとかなるだろう?』

浮かれているらしい碇の声。眉を顰める冬月。 息子が生まれた時以来だから 14 年ぶりか。わからんでもないが ‥‥ 口には出さない。

「しかし、こちらと向こうの通信はまだ完全ではないのだろう?」
『いや。問題無い。俺は今どこにいると思っている?』
「なに。まさかもう渡ったのか?」
『そうだ。これは研究所からだ』
「ということはこちらの面倒は私が見るのか? そちらに渡るのは遅れそうだな」
『すまんな』

ちっとも悪いとおもっている様子のないゲンドウの返事を聞きながら、 渋い表情で冬月は増えた仕事を頭に思い浮かべた。

「実験開始は 10 日後だ。 私がそちらへ行くのはそのさらに 20 日後というところでどうだ?」
『ああ。それでいい。マギの計算によれば、 早ければその直後位になるということだ』
「するとなにか? 私はとんぼがえり、 ということもありうるのか? かなわんな‥‥」

かすかにゲンドウの笑う声が聞こてきた。

『まぁ、そういうな』


わずか 10 日! ミサトはこの間準備のために異常に忙しかった。
ようやく計画書にじっくり目を通す暇ができたミサトは、 責任者のところに碇ユイの名前を発見して息を飲んだ。 時すでに赴任の前日となっており、 情報を集めるチャンスはなくなっていた。

「日向君にこっち調べて貰えばよかった…」

ミサトは嘆いた。マコトの今の仕事は無駄に終ることだけは確実であったから。


次回予告 転校生。それはシンジとアスカの間に打ち込まれたくさび。 シンジはぬるま湯の生活が終りを告げた事を知る。 次回、転校生、綾波レイ
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