藤井冬弥さん 寄稿SS 〜〜〜 「あたしはあたし」完成記念 〜〜〜


ひょっとして『天然』?






「どうしてあんたはそうなのっ!」
 いきなりの怒声。
 お昼には少し早い時間、僕と志保は公園を散歩していた。
 僕には、彼女が何に対して怒ってるのか判らなかった。
「ご、ごめん、志保。でも、どうしたの、いきなり?」
「それくらい、自分で考えないさいよっ!」

 梅雨の晴れ間を狙って、どうにかこぎ着けた二人っきりの時間には暗雲が立ちこめていた。深い藍色のミニスカートに左手を当て、右の人差し指を僕の顔に突き出す。萌葱色のカットソーに包まれた豊かな胸を逸らし気味にして、頬を膨らませ、志保は全身で怒り出した。……いや、本気で怒ってるわけじゃない。目だけは違うから。
 何年も見続けてきた彼女だから、何を考えているかくらいは僕には判る。傲慢でも、誇張でもなく本当に知りたいことだったから、ずっと思い続けてきた。
 それでも、ここ一年間の志保は、新鮮味に溢れた表情や仕草を見せてくれた。
 それは、とても幸せなことだと、思う。
 僕に、僕だけに見せてくれた幸せな顔だったから。

 でも、今の志保は判らない顔をしていた。
 少しだけ悔しかった。

「ごめん、志保。多分僕が悪いんだと思うけど、何が悪いのか判らないんだ」
「……雅史に判れと言う方が間違いなのかもね」
 やれやれと顔に浮かべた志保は、気を取り直したのか僕に向き直った。
「いい? 雅史は何のためにここにいるの?」
「志保と一緒にいたいからだけど」
「そうなんだけど……ってそうじゃなくてっ! ……ホント、恥ずかしいヤツよね」
 本当のことだから仕方ないよ、志保。
「今日は久々に二人っきりなのよ? 公園に連れてきたのは良いとしても、もう少し方法ってものが有るんじゃない?」
 志保は珍しく概念的なことを言っている。遊びとか計画とかは、具体的に話すタイプだと思ってたんだけど……。
「方法って?」
「それは雅史が考えるのっ! ……そこまで言わせないでよ」

 結局その日は考え続けたけど、答えは出なかった。
 志保も機嫌を直して楽しんでくれたみたいだけど、
「たまに出来てるときもあるわよ。でも、判ってないみたいだから、次までの宿題」
 と言って、帰ってしまった。


「で、俺たちに相談ってわけか?」
 ここは浩之の部屋。
 僕の目の前には浩之とあかりちゃんがいる。大学が引けた後に、無理を言って付き合って貰ったんだ。そう言えば、ここに三人が揃うのなんて数年ぶりだね。
「ごめんね。無理言っちゃって」
「いいさ、別に。困ったときはお互い様だしな。……でもな、雅史が判らねえ事が、俺たちに判るとは思えねえぞ。俺はお前ほど志保のことを知らないしな」
「でも、志保は何で怒っちゃったの?」
 心配顔と困惑顔のあかりちゃん。僕が志保の機嫌を損ねたことを不思議に思ってるみたい。
「本当に怒ってるわけじゃないと思うよ。もし本当にそうだったら、口も訊いてくれないからね。あんな感じの志保は……何か僕の事で苛ついただけだと思う」
「それが判ってんなら、そうなんじゃねーか?」
「浩之ちゃん、もっと真面目に考えようよ」
「でもな、雅史が判らねえって事は、相当な事だぜ?」
 僕も含めて、頭を抱える。無理な相談だったのかも……。
 そのまま暫くの間、溜息と共に時間だけが過ぎていった。

「雅史ちゃん、その時にいつもと違う事って何かあった?」
 あかりちゃんが糸口を探すかのように訊いてきた。
「いつもと違うこと……って言われても……」
 僕は天井を見上げ、必死になって思い出そうとする。
「ほら、学校帰りにみんなで会うときと比べて何か違うことが、志保の気に障ったんじゃないかなって思って」
「う〜ん……。多分いつもと一緒だと思うよ。僕はそう器用じゃないから、二人っきりになったからって何かを変えられる訳じゃないし、変えようと思ったことも無いんだ。それにね、今まではそれでも上手くいってたと思うんだ。……でも何かが悪かったんだね」
「雅史ちゃん……、ちょっと訊きたいんだけど、いい?」
 あかりちゃんが前置きを付けて尋ねてきた。何か訊きにくい事なのかな?
「……デートの時って、どういう風にしてる?」
 ちょっとだけ頬を染めている。確かに訊きにくいかも。浩之は、珍しそうな顔であかりちゃんを見てる。あかりちゃんが他人の行動を覗き見る真似をするわけは無いしね。
「どんなって言われても、いつもと一緒だよ。志保が『ここに行きたい』って言うところに行くんだ。僕は部活の練習が有るから、あまり時間がとれなくて、志保に寂しい思いをさせてるかも知れないけど……」
 …これは傲慢。多分寂しいのは僕。
「一緒に散歩したり、買い物に行ったり、時々はスポーツもするよ。あとはカラオケかな? ほら、志保ってカラオケが好きだしね。でも、結局はみんなで行くときと変わらないんだ。僕はそういうのあまり知らないし、志保の情報には敵わないからね」
「前のデートと、今回志保が怒っちゃった時のデートって何か違ったこと、ある?」
 僕はもう一度記憶を掘り起こした。手懸かりが無い以上は頑張って思い出さないと。


 その時の僕は急ぎ足で、駅に向かってた。10時に待ち合わせだけど、15分早く行くのが僕の義務。約束の時刻までは15分残ってるけど、多分もう待っているだろうから。
 待ち合わせ場所である駅前の噴水。日毎に照り返しが強くなり、肌を焼いていく。でも、僕って全然焼けないんだよね。毎日炎天下でサッカーの練習をしてても、白いままだし。
 あ、いた。噴水の脇でしゃがみ込んで、時計を見てる。
「ごめん、待たせちゃったね、志保」
「遅いわよ」
 言葉に遠慮はないけど、責める口調じゃない。むしろ甘えてって感じる。
「今日は早いと思ったんだけどね。ホントごめん」
「良いわよ。あたしがたまたま早く来ただけなんだから。ほら、行くわよ」
 微笑んで僕の手を引っ張る。その勢いに少しつんのめりそうになってしまった。
「そんなに慌てて何処に行くの?」
「バーゲンよ。今年初の夏物セールなんだから、早く並ばないと良いのが無くなっちゃうでしょ?」
「そうなんだ。うん、それじゃ行こうか」
 手を繋いだまま、目的のデパートに向かう。そう遠くない目的地だからゆっくりと歩いていた。賑やかで面白い志保の話を心地よく聞きながら。

 そこは10時開店なので、まだ正門は開いていなかったのだが、結構な人が並んでいた。流石に女の子だらけで、そう背の高くない――浩之と比べたらだけど――僕でも頭半分くらいは飛び出している。どうしても僕や時折見かけるカップルに視線が集まるので、居心地が良くないような気がする。未だに女の子の集団って苦手なんだよね。
「やっぱりと言うか、何というか……。まあ、当然なのよね」
「何が?」
「何でもないわよ」
 少しだけ頬を染め、志保はよく判らない事を言ってた。でも、手を離して、腕にしがみついてきたので、志保の心の内は見え透いている。僕はそれが面白くて、ちょっと尖った形の良い耳に近付いて囁く。
「志保以外に見られても、嬉しくはないよ」
「なっ…………。あんた、本当に卑怯なヤツよね」
 真っ赤になって俯いてしまった志保は、それを言うのが精一杯みたいだった。だから志保って可愛いんだけどね。

「……あまり良いの、無いわね〜」
 憮然として、全部のブランドを見尽くした志保がこぼしている。
「夏はこれからだし、もっと良いのが出るんじゃないかな? その時にしたら?」
「雅史っ! チャンスはそうそう無いんだからねっ! 買える時に買うのが鉄則なのよ」
「はははっ、そうなんだ」
 そんな気合いを入れられても、苦笑混じりでしか返せないよ。僕は服に無頓着だし、実際志保に選んで貰ってる方が良いと思ってる。手頃な値段で良い物を見極めてくれるしね。
「それじゃ、もう少し見て回ろうか?」
「勿論行くわよっ、雅史!」
 そんなに急ぐ必要は無いと思うよ。……だからそんなに引っ張らなくても。

「……また今度にするわ」
 どうも日が悪いみたい。結局志保は何も買わなかった。買おうとした品は有るには有るけど、僕が「ちょっと好きじゃない」って言っちゃって、結局流れてしまった。確かに似合うとは思うけど、肩から胸のラインが開きすぎてると感じたから……。他の人には見せたくないじゃない?
「それじゃ、これからどうしようか?」
 適当に歩きながら、次の目的地を考える。午後からの予定は決まってるので、それまでの時間潰しだった。……僕は志保と一緒なら何でも良いけどね。
「お昼には……ちょっと早いわね。何かするにしても、中途半端な時間だし……」
「公園、行かない?」
 僕は珍しく自分から意見を言った。何事にもてきぱきと行動する彼女は、行き先に迷うということが少ないので、僕の挟む余地が無い方が多い。
「公園? 行って何するのよ?」
「どこか適当に座って、ぶらぶらしてるだけで良いと思うよ。今日は天気もいいし、お昼までのんびり出来れば良いんじゃないかな?」
「……ん〜、いいわ、それで。あたしもちょっと疲れちゃったしね」
 そして笑顔で、僕たちは歩き出した。でも……。


「……でも、何故かその後に怒られたんだよ」
「…志保のヤツ、何考えてんだ? 何処に怒る要素が有るってんだよ」
 呆れたように呟く浩之。確かに僕も判らない。でも、志保は理由も無く怒る子じゃない。
「………公園に行こうって言ったのは雅史ちゃんなんだよね?」
 あかりちゃんが訊いてきた。僕の方を見てないから、何か別のことを考えてるみたいだ。
「うん、そうだよ。あまり面白くないかも知れないから、それで怒ったのかな?」
「そうじゃないよ。……私、志保が怒った理由、判っちゃった」
「ホントか? あかり」
 浩之が驚いたように訊き、くすくす笑いながら、あかりちゃんが頷いてる。
「もしかすると違ってるかも知れないけど、多分そうだと思う。出来てる事もあるけど、判ってない……かぁ。志保らしい言い方だね」
 多分僕は情けない顔をしてると思う。浩之と同じく、僕もまるで判ってない。
「ヒントはね、志保が雅史ちゃんを誘ったときと、雅史ちゃんが志保を誘ったときの違い。出来てる事もあるってのもヒントだね。……後はね、『女の子はいつも待ってる』って事だよ」
 待ってる? 出来てる事? 違い? ……………………あ!
「雅史ちゃん、判った?」
「うん、やっと判った。やっぱり僕が悪かったんだね。今度からそうしてみるよ」
 こんな単純なことで悩んでいたのかと思うと、ちょっと恥ずかしい。
「おい、雅史。俺にはさっぱり判らねえ。頼むから教えてくれ」
「これは浩之ちゃんにも宿題だね。そのうち私も怒るかも知れないよ。ふふふっ」
 僕が答える前に、あかりちゃんが制して答えてしまう。面白そうにあかりちゃんは浩之を見ているけど、浩之は顔を蒼くして、一生懸命考え出してしまった。
 僕はそんな浩之に苦笑いしか出来なかったんだ。
 ……浩之には答えなんか必要ないから、ね。


 自然すぎて判らない事って有ると思う。
 いつも志保がしてくれていた事を、僕はしていなかったんだ。
 する機会もあまり無かったんだけど、何処かで当たり前に感じていた事も事実。
 それとも、僕って天然なのかな?

 あかりちゃんは怒らないと思う。
 多分、悲しむかな? 
 志保だから怒ったんだ。
 でもその方が有り難い。
 絶対に気付かなかったと思うから。

 じゃ、そろそろ出掛けようか。駅には志保が待ってるみたいだし。

「遅いわよ」
 そう言っても、約束の20分前。
「ごめん、志保。でも嬉しいよ。僕も早く逢いたかったから」
「いいのっ!」
 これは志保の照れ隠し。いつ頃から来てるのか判らないけど。
「……で、何処に連れていってくれるの?」
「うん、映画見たいって言ってたよね。チケットは有るからそこにしようって思うんだ」
「あら、いいじゃない。雅史にしては、踏まえてるわね」
「じゃ、行こうか。……それとね、はい、宿題の答え」

 その言葉と共に、僕は手を差し伸べる。
 志保は嬉しそうにその手を握ってくれた。

「やっと判ったようね。……あかり辺りの入れ知恵かしら?」
「そうだけど答えは自分で気付いたんだ。それでも、ヒントを貰ってやっと判ったんだけどね。……ごめんね、志保」
 くすくす笑いだす志保は、首を横に振った。
「あたしだって、あんな言い方は無いって反省してる。でも、ずっと寂しかったんだからね。いつもあたしからだと、あたしばっかりあんたに近付こうとしてるみたいで。だから雅史が誘った時は、自分からくっつこうとしなかったのよ」
 最後の方は目を伏せて、寂しく笑う。
 僕はその姿を、本当に愛おしいと思ったんだ。
 だからこんな事も出来たんだと、後になって思う。
「ちょ……、雅史っ……」
 手を引き寄せて、志保を胸にかき抱いていたから。
「愛してるよ、志保」
「な……」
 志保は固まってるみたい。
「ずっと愛してる。浩之があかりちゃんを想う以上に、僕は志保を想ってるから」
 僕の言い方に、胸の中の志保が笑う。
「あのラブラブ大王以上とは、そりゃ大きいわね。でも……」
「でも、何?」
 強い意志を持った瞳で志保が見つめてきた。
「そうじゃなかったら、許さないわよ。あたしのはそれより大きいんだから」







                     −   了   −








おまけ


 大学で講義が終わった後の教室。
「……なあ、あかり。答えって何なんだ?」
「こればっかりは教えないもん〜」
 珍しくからかうような口調でのあかり。俺は悔しくて仕方ない。
「あーもーっ、本気で判らねえっ! こうなったら口を割らせてやるっ!」
 こしょこしょこしょこしょ………………。
「きゃっ、やめ……ひゃ……」
「うらっ、止めて欲しければ吐けっ」

 くすぐり攻撃であかりは虫の息になったが、結局吐かなかった。
 周りでは砂を吐いていたみたいだが、俺には関係ない。

「浩之ちゃ〜ん、酷いよ〜」
 涙目のままのあかりが憮然としている。
「悪かったって。詫びに帰りに何か奢ってやるから」
「ホント?」
 首を傾げ、上目遣いで俺を見る。
 おい、その仕草は反則だ。可愛いったらありゃしねえ。
「ああ、行くぞ。ほら」
 俺は目線を逸らして、手を差し伸べる。それはここ数年で覚えた日常的なもの。
「うんっ!」
 もう嬉しそうに、手じゃなくて腕にしがみついてきやがった。
 これだけで機嫌が良くなるんだから、安上がりな女だ。

 でもなあ、答えって何なんだよ……。俺にはさっぱり判らねえぞ?



後書き


 初めまして、TASMACさんのご厚意に甘えました藤井冬弥と申す者です。

「あたしはあたし」完成記念SS……となるかどうかは定かではありませんが、エンド後の一幕と言うことで書いたものです。
 少しでも楽しんでいただければ幸いに思います。

 今年の2月中旬に我慢できずに「あたしはあたし」を読んでしまいまして
「早く続き書いて」(要約)
 とかなり失礼なメール(^^;; を出したのがきっかけでした。
 私、完成していない作品は読まないようにしてるんです。続きが気になって仕方なくなり、仕事もせずに続きを勝手に考えるようなヤツですので……(^^;;

 物語の力、というものを改めて教えて下さった作品です。
 この作品に出会えたことを感謝します。

 最後になりますが、読んで下さった皆様、掲載をして下さったTASMACさん。
 「ありがとうございました」

PS(業務連絡)
 上司のMさん、〆切は守りますから、もし見てたら許して下さい……。
 仕事には差し支えてないはずなので……(^^;;




 TASMACです。この度は「あたしはあたし」の完成記念SSとして寄稿して頂き本当にありがとうございます(^^)。
 元ネタとして頂いた私のSSである「あたしはあたし」ですが、志保への自分なりの思い入れをたっぷりに綴った内容だっただけに、どれだけの方に共感を得て頂けるか不安でもありました。
 SS書きとして、その内容が自分で楽しめるのは無論としても、他の多くの方にとっても喜んで貰えなければ意味が無いとは日頃から痛切に感じていたからです。
 それを踏まえた上でも尚、志保への真っ正直な思いを直接にSSへ綴っていった結果がああしたワイルドな展開となった訳ですが、そうした思いを感じるよりも先に拒否反応を示す方の方が多いのではと少々ビクついていたのも事実です(^^;)。
 ですが実際に蓋を開けてみると、そうした私の予想は殆ど杞憂であり、むしろ「志保の可愛らしさを再認識しました」という感想も多く頂く事が出来、まさに涙腺が緩む思いでした。
 そして、今回藤井さんより「あたしはあたし」のその後という事でこうした素晴らしいSSを寄せて頂き、自分なりに考えた世界観が既にしっかりと歩きを始めているんだなと気付かせて頂きました。
 それは言うなれば、作り手による親心にも似た嬉しさという感じでしょうか。藤井さん、本当にどうもありがとうございます(^^)。
 互いに意思の疎通がようやく出来てきた不器用な二人。浩之とあかりの様に本当に互いに上手くやっていけるのはもう少し先になるのかなと読んで感じた次第ですが、そうした二人だからこそ、ちょっとやそっとの事位じゃへこたれる事は無いだろうなと、まるでこちらが元気付けられる思いでした。
 読み手にそう感じさせるSSを、私も書き綴っていきたいなと思っています(^^)。


◎ 藤井冬弥さんのHP「冬弥の文章箱」を尋ねる

◎ 藤井冬弥さんに一言伝える(touya@aurora.dti.ne.jp)


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