5000Hit記念 〜 「浩之とあかり」番外編 〜

あかりをスキーに連れてって





 突き抜けるように青く晴れ渡った、雲一つ無い冬の空。目をこらせば星すら見えるのではないかと思える程に奥まった広大な空間には、時折飛行機が残す白い航跡がハッキリと見て取れた。それを背景として、すっかり雪化粧を施され、高く険しい岩肌を見せる山岳の勇壮さは、クライマーたちにとって、たまらない景観の一つだろう。
 そんな中に、オレたち四人はいた。
 
「うわぁ〜、凄い眺めー。これが戸隠の山なんだ〜」
「そう、戸隠連峰って言うんだ。左から西岳、戸隠山、八方睨、ちょっと離れて少し尖った山が高妻山」
「凄いね〜。なんか登山に来ているみたい。本当にこんなに凄い景色だったんだ〜。浩之ちゃんから聞いていたから、とっても雄大な景色だってのは知ってたけど、聞くと見るとじゃ全然違うんだね〜」
「だろ?オレが気に入ってる場所の一つさ。そんなに数行った訳じゃないけど、これだけ勇壮な眺めのスキー場ってそうそう無いからな」
「うんうん分かる分かる。これが見れただけで、来て良かった〜って思うもの」
「ハハハ、それは良かった。お前がスキーをやるんだったら、もっと早く連れて来てやったんだけどな」
 
 オレはあかりの頭にポンと手を置いた。そんなあかりは、オレの手の中でニコッと笑顔を返す。
 
「浩之とは毎年来てるけど、こんなにも天気の良い日は珍しいよね。それでいて気温が低いから雪も締ってるし。久々に絶好のコンディションかな?」
「ああ、全くだ。毎年吹雪いたり曇ったりが多いからな。オレか雅史のどっちかが雨男だと思ってたけど、やっぱりあかりが来たから違うのかな?」
「え?私?」
「志保も居るから二倍だね」
「ちょっとぉ〜!いつまで話し込んでいるのよぉ〜!景色だったらリフトで上がればもっと凄いのが見られるじゃないのよ。早く滑ろうよ〜。待ちきれないよ〜」
 
 志保がじれて騒ぎだした。身振り手振りを交えたその様子は子供のダダこねそのもので、オレは思わず吹き出した。あかりと雅史も同じ表情をする。
 志保はそれを見て「なによぉ!」という顔をした。
 
「ったく、せっかちな奴だなぁ。ちょっと待ってろって。折角あかりが楽しんでいるんだからよ。お前も少しはこの景色をゆっくり眺めたらどうなんだ?」
「あたしだって頂上での景色を楽しみにしているのよ〜。それと滑りもさぁ〜」
「そうは言っても、すぐにって訳にゃいかねえぞ?あかりの練習が優先だからな」
「だから言ってるんじゃな〜い。こんな所で景色見てたって練習にならないわよぉ〜」
 
 こういう時の志保は本当に落ち着きが無い。まるで、やりたい事を頭から押さえられてジリジリしている子供の様だ。オレと雅史は「やれやれ」と顔を見合わせる。
 あかりは志保の元に駆け寄った。
 
「志保お待たせ。じゃあ行こう」
「あかり、ごめんね〜。なんかこうじっとしていられなくてさぁ」
「ううん。志保の気持ちよく分かるよ。私の方こそ、待たせちゃってごめんね。そういえば志保はスキー出来るんだよね。いいなぁ」
「へへ〜。チョットね」
「あかり、心配するな。今回はお前にスキーを楽しんで貰うのがメインだ。オレが手取り足取り教えてやるからよ」
「ヒロ、ちゃんと優しく教えてあげなさいよ?あかり、本当に初心者なんだから。あんたの事だから、いきなり頂上に連れてって『スキーは身体で覚えるもんじゃ〜』なんてやるんじゃないでしょうねえ?」
「浩之。ちゃんと基本からだよ。いきなり急斜面へ連れて行ったりしたら駄目だからね」
「う、うるせえな。オラ!お前ら行くぞ!」
 
 実は少しだけやろうかと思っていたのだが、しっかりと釘を刺されてしまった。あかりはオレのそんな様子を見て、クスクスと笑っていた。



◇      ◇      ◇



 オレたちは試験休みを利用して、長野にある戸隠スキー場に来ていた。小学校高学年の頃から毎年雅史と来ているスキー場だ。夜行に乗って夜明け前の長野駅に着き、そこから早朝バスで戸隠スキー場に近い戸隠小舎という山小屋風の宿に向かう。宿に到着後、そこで軽く仮眠し、時間が来たら朝食を取り、さらにそこから宿のワンボックスでスキー場まで運んで貰い、それこそ一日中、足腰が立たなくなるまでスキーを楽しむ。そして翌日には帰るといった事を毎年繰り返していた。
 宿の人が親切なので、宿泊には何の心配も無かったし、雅史と二人だけなので、気を使う必要の全く無い、最高のスキー旅行だ。最も、今は長野まで新幹線が開通したおかげで、そんな苦労をしなくても充分早い時間にスキー場まで来れる様にはなったのだが、新幹線は値段が高いので、今年も夜行で行く予定だった。
 ところが、そんな旅行に「あたしも行きたい」と志保が突然言い出した。理由は「何となく面白そうだから」とハッキリとは言わないが、ほぼ間違い無く雅史目当てだろう。毎年オレらが行くのを知ってる訳だから、それだけ二人の仲が進展しているに違い無い。うるせー奴が一人増えるが、遊びに行く分には問題無いし、本人曰、スキー経験はそれなりにあると言う。部屋も別々に取れば問題は無いので、オレは(無論雅史も)OKを出していた。
 ところが、その具体的な打ち合わせを教室で始めた時に問題が持ち上がった。志保が「夜行?そんなの新幹線で行けばあっという間じゃない。ジョーダンじゃないわ」とカチンと来る事をいいやがったのだ。今までだって夜行で充分だったし、学生なので金銭的にゆとりがある訳では無い。何よりも後から来た奴に勝手に仕切られる事に腹が立ち、思わず「夜行で充分だ!イヤなら来るな!」と一喝ちまった。それからオレと志保は口論となり、雅史が止めるのも聞かずに不毛な喧嘩を続けていた。教室の連中はあきれて遠巻きにそんな様子を眺めている。
 その時、オレたちの側で様子を見ていたあかりが、何を思ったのか、突然思わぬ事を言い出した。
 
「浩之ちゃん。私も行きたい。一緒に連れてって!」
 
 ピタッ!
 オレと志保は口論を忘れ、あかりの顔をマジマジと見つめる。
 真剣な表情で両手に握り拳を作るあかり。何かを決心した時のお得意のポーズだ。オレを見つめるその目には、強い意思を湛えている。単純に喧嘩を止める為と思っていたが、どうやらそうではなさそうだ。
 言うまでも無く、あかりは運動が苦手だ。だから、自分からこうした事へ参加することは殆ど無い。付き合う前に一度スキーに誘ったのだが、困った様な顔をして結局参加しなかったので、それ以降、付き合いだしてからも、こうした話は一切持ち出さずにいた。だから今回のスキー旅行にしても、志保の参加は伝えても、誘うという事は特にしなかったのだ。
 ところが、今回は参加したいと言う。やはりオレと付き合う様になったからだろうか?だが、動物園や遊園地へデートに行くのとはワケが違う。相手が初心者の女の子なら、ピッタリと寄り添って、その滑りかたを教えてやる必要がある。
 
「お前、スキー初めてだろ?それってオレに一日中、お前のスキースクールの先生をやれって事か?」
「え?..あ!そ、そうなっちゃうのかな。スキーってやっぱり難しい?」
「人によるな。運動神経の発達した奴なら、その日のうちに板を揃えた滑りも可能だけど。まあお前だったら、ボーゲンで滑れる様になればいい方じゃねえか?」
 
 ボーゲンとは、スキー板をハの字にし、エッジを目一杯利かせてスピードを抑えた滑り方だ。オレは、その様子を身振り手振りであかりに説明してやった。だが、どうにも要領を得ない。しきりに???マークを作っている。
 次第に、あかりは自信の無い表情へと変っていった。
 
「やっぱり難しそうだね。それに、私、運動神経無いから...やっぱり今のは無し。ごめんなさい、変な事言っちゃって」
 
 そう言って、顔を下に向けたまま、オレたちの側から離れようとした。
 オレはその手をパッと掴む。
 
「ひ、浩之ちゃん?」
「何やってんだよお前は。連れてってって言いながら、やっぱり止めるってのはよ。行きたいんだろ?だったら遠慮せず来いよ。オレは全然構わねえから」
「あかり来なよ〜。女一人じゃヒロに襲われちゃうかもしれないしさ〜」
「誰が襲うか!」
「まあまあ、それはともかくとして、あかりちゃん、折角スキーやるつもりになったのならおいでよ。滑れる様になると結構面白いよ。それに、そんなに難しかったら、こんなに流行らないしさ」
「まさしぃ〜。何が『それはともかく』だ!」
「ひ、浩之〜。だからヘッドロックは止めてってば〜」
 
 そんな雅史とのじゃれあいを見て、あかりがクスッと笑う。
 
「じゃあヒロ、あかりも来るなら、夜行でなんてヤボな事言わないよね?新幹線でみんなで楽しく行きましょ。いいわよね?」
「あ、ああ、そういう事なら仕方ねえな。雅史はどうだ?」
「僕は全然構わないよ。さっきからそう言ってるじゃない」
「そ、そうだっけ?すまん、聞いて無かった」
「はい決まり〜。じゃああかり、そういう事だから。いつもの四人で楽しくやりましょ?」

 あかりは期待のこもった顔をした。

「それじゃあ、私、行ってもいいの?浩之ちゃんやみんなに迷惑かけちゃうと思うけど」
「心配するな。今回は特別だ。お前の面倒をバッチリ見てやるからよ。その代り、覚悟しておけよ。上達するまでは帰さねえからな?」
「うん!ありがとう浩之ちゃん」
 
 そう言ってあかりは満面の笑顔を浮かべた。それを見て、思わず顔が赤くなっていたんだろう。雅史からは笑顔を、志保からは肘鉄と「このぉ!よっ色男!」の言葉を送られる。
 何はともあれ、今年のスキーは一風変った内容になりそうだ。あかりの先生という事で、思い切り滑るのは無理だろうけど、指導に徹するスキーというもまたいいかもしれない。
 オレは、何となく楽しくなりそうな予感を感じていた。



◇      ◇      ◇



「うわぁ〜〜凄い眺めね〜。これよ〜これが見たかったのよ〜!」
「浩之ちゃん凄いね〜。さっき見た山があんなに広がって見えるよ。下からだと、まるで見上げる様だったのに。ここって結構高い山なんだね〜」
「そりゃあそうさ、この瑪瑙山は標高で1,700mはあるんだ。今まで見えなかった山並みもよく見えるだろ?」
「うん、凄い凄い。浩之ちゃん本当凄いね〜」
「それにしても本当にいい天気だね。こんな最高の景色の中滑れるなんて最高だよ」
「やっぱりあかりのおかげだな。オレと雅史じゃこんなにベストな状態って殆ど無えからな」
「ちょっと〜。あたしは〜?当然おかげの一人よねえ?」
「そんな訳ねーだろ?お前だけだったら今頃猛吹雪だぜ」
「な、なんですって〜!」
「まあまあ。折角こんな景色のいい所に来てるんだから止めようよ〜」
 
 あかりはいつもの笑顔で止めに入った。
 そんな状況だが、戸隠スキー場の山頂ともいえる瑪瑙山頂上に立ったオレたち四人は、その雄大な景観に歓声をあげていた。戸隠スキー場のほぼ全景が見渡せるこの場所では、まさに神の領域ともいえるダイナミックな景観が広がっている。
 
 話しは少し前に遡る。
 ここに来る少し前、オレたち一行は一番下のゲレンデに居た。まずはあかりをスキーに馴らせる必要があったからだ。その様子は、まるでどこかのスキー部合宿の様に、全員がお揃いのウェアスタイルだった。
 このお揃いのウェアについては余談がある。
 スキーに行く前、これまで着ていたのが大分くたびれていたので、オレは買い替えを考えていた。ところが、なんだかんだで結局は全員が新しいウェアを購入する事になった。そこで全員で隣街のスキーショップに出向くと、その店頭にあったウェアが一目で気に入ってしまった。紫を基調とした上級者が着こなす2ピースタイプ。昨年のモデルで値段も安かったので、オレと雅史は直にそれに決めた。
 志保は「なんかダサいわねえ」とか言いながら散々時間をかけて迷った末、「やっぱり同じのにする」と言いやがった時は、思わず張っ倒そうかとマジで思った。
 あかりはオレの買ったのを見て「私もこれがいい」とこれまた直に決めた。オレからしてみれば、桜色を基調とした可愛らしいウェアなんかにして欲しかった所だが、本人の希望なら仕方が無い。ただ、サングラスは転倒時に危ないので、ボンボンの付いたキャップにゴーグルというスタイルにさせた。
 志保は生意気にもサングラスにするらしい。「逆パンダになってもしらねえぞ」と行く前に散々脅かしておいたので、今回は日焼け止めをタップリ持って来ている様だ。
 そんなお揃いの上級者スタイルだったので、ビギナー練習をするオレたちは、周囲からは結構目立った存在だった。近くを滑るボーダー連中がしきりに覗き見て行く。そんな中、始めは立ち上がる事もうまく出来なかったあかりをみんなで支えてやり、少しづつスキーに馴らしてやる。
 スキーなどの用具は、レンタルする時に散々ブーツのサイズや板の長さをチェックしたので、合わないという問題は無かったが、今までスキーをやった事が無いあかりにとっては、まさに驚きの連続なのだろう。
 
「この靴、凄くキツいよ。これじゃ血が止まっちゃわない?」
「キャー!後ろに滑る〜。何で〜?」
「た、立ち上がれないよ〜、どうやって立つの〜?」
「え?ストック付いて止まるんじゃないの?エッジを利かせる?エッジって何だっけ?」
「な、なんか凄く疲れるね〜。でもまだ頑張る〜」
 
 自分も通ってきた道とは言え、あまりの不器用さに思わず顔が笑ってしまう。
 その度に志保や雅史から怒られたが、笑えるものは仕方が無い。だが、そんなオレの顔をあかりが見る度に、プーと頬を膨らませるので、出来るだけ笑いをこらえながら教えていた。
 ボーゲンスタイルでおっかなビックリ滑るあかりの前に、逆ボーゲンスタイルでサポートするオレ。常にあかりのスキーの先端に気を配り、正しい姿勢になる様に調整してやる。
 そんな練習を一時間も続けただろうか。早く覚えたいと思うあかりの熱意からか、基本的なボーゲンスタイルのまま、緩斜面なら何とか滑って降りてこれる様になった。
 見事にオレたちの所まで滑り降りて来たあかりを見ていた回りのボーダー連中から拍手が上がる。照れた顔のあかり。オレたちもその上達ぶりを誉め称えた。
 
 その後、オレたちは一休みするべく、一番ふもとにあるロッジ『シャルマン戸隠』に向かった。そこですっかりブーツを脱ぎ、足をさすりながら疲れを癒しているあかりを見ながら、オレは缶コーヒーを飲んでいた。
 そんな時、志保がいきなり提案してきた。
 
「ねえねえ、あかりも滑れる様になった事だしさあ。早速頂上まで行ってみない?」
 
 飲んでいた缶コーヒーを思わず吹き出しそうになる。さっきまで頂上に連れてくなと言ってた志保が、自分の言った事をすっかり忘れてそんな提案をしてきたのだ。
 早速オレは意見する。
 
「おめー、さっきオレに何て言ったんだよ?覚えてねえとは言わせねえぞ」
「そうだけどさ〜、やっぱり折角来たんだから、一番上まで行ってみたいじゃない?あかりもここまで滑れる様になったし、頂上って言っても初心者コースだってあるしさあ。それと、やっぱり頂上からの景色見たいじゃな〜い」
 
 非常に言い訳がましい。雅史も同じく意見する。
 
「志保。いくら初心者コースがあるからって、あかりちゃんにはまだ大変じゃないかなあ。ゆっくりなら降りてこられるかもしれないけれど...」
「私、行きたい!みんなで一緒に行こ?」
「あ、あかり?」
 
 あかりのそんな言葉にオレたちは驚いた。見るとブーツを履き直し、すっかりその気になっている。オレは心配した。
 
「雅史の言う様に、初心者コースと言っても結構キツい斜面もあるぞ?無理しねー方がいいんじゃねえか?」
「うん。でも、折角みんなで来たんだもん。私も一番上に上がってみたいの。下で見たよりも、もっと凄い景色なんでしょ?やっぱり見てみたいもの」
「た、だけどよお」
「はーい、ここは希望する人の意見を優先させましょ。大丈夫よあかり。全部ヒロが面倒見てくれるからさ。じゃあ早速行きましょ〜」
 
 志保のその言葉にコノヤローとは思ったが、実はオレもそれを考えていた。こんな天気のいい日は今日だけかもしれない。それならば、一度全員で頂上まで登って、その素晴らしい景色をみんなで眺めたい。いや、正直に言えば、あかりと一緒に眺めたい。それが本心だった。
 
 そして、実際に頂上に立ったオレは、そう出来て本当に良かったと感じていた。一寸前までは考えもしなかった、あかりとのスキー旅行。正確には四人だが、今、オレの隣にあかりが居て、一緒にこの素晴らしい景色を眺めている。それだけで満足だった。
 
「あ、シャッター押すだけです。そうです。それじゃチーズ!あ、どうもありがとうございました〜」
 
 近くに居たスキーヤーに頼んで、山頂で戸隠連峰をバックに四人の写真を撮って貰った。さすがに志保は用意が良くて、しっかり防水タイプの小型カメラを持って来ていた。
 その後、雅史と志保、オレとあかりは、しばらく戸隠連峰を眺めながら談笑していた。
 
「さてと、それじゃあかり。オレたちは左側の『お仙水コース』から降りるぞ。雅史は『メノウコース』に行きたいだろ?」
「う、うん。でも付き合うよ。僕だけ楽しむって訳にもいかないし」
「気にすんなよ。それに、これはオレの役目だしな。志保と一緒に存分に滑ってこいよ」
「ヒロ悪いわね。それじゃお言葉に甘えて。雅史、行こ?」
「分かった。それじゃ下の第六クワッドの乗り場で待ってるよ」
 
 第六クワッドとは、今乗ってきたリフトのことだ。
 
「あ、オレたち居なければ、また上がって滑ってていいぜ。どうせゆっくりだろうから二三回はいけると思うからよ。下まで着いたらそこで待ってるからな」
「分かった。それじゃ浩之、あかりちゃん。お先に」
「あかりー、しっかりと教えて貰いなさいよ〜」
 
 そう言うと、雅史と志保は見事なシュプールを描きながらメノウコースを降りて行った。志保は奇麗なパラレルターンで雅史と並走する様に滑って行く。行く前に「結構滑れるんだから」と見栄を切っていたが、概ねウソでは無い様だ。
 あかりはそんな様子を見て、少しつまらなそうな顔をした。
 
「志保、いいなあ。あんなに上手に滑れて」
「お前だって直にそうなれるさ。さあ、オレたちも行くぞ。思い切りエッジを利かせてゆっくりな。オレが先に滑るから、それに付いて来るんだぞ。勢いが付いて止まらなかったら、オレにそのまま突っ込め。いいな?」
「う、うん、分かった。浩之ちゃんお願いね」
「おう!」
 
 そうして、オレが先頭をボーゲンでゆっくりと滑り、あかりがそれに続いた。
 途中、大きくコースアウトしそうになったり、オレに突っ込んだり、「きゃあ!」と言って転んだりはしたが、練習の成果もあり、そこそこの滑りを見せる。
 少し急な斜面はまだ苦手な様で、オレは逆ボーゲンの体制のまま、あかりのスキー先端を調節しながらエッジの感覚を掴める様にしてやる。
 そうしながら第六クワッドの乗り場が見えた頃は、あかりは使い馴れない筋肉を酷使したこともあり、さすがにヘロヘロになっていた。
 
「あかり、もう少しだ、頑張れ!」
「う、うん、頑張る!」
 
 そして到着。そこには雅史と志保が待っていてくれた。
 
「お疲れ〜。あかり、よく頑張ったわね」
「あかりちゃん凄いよ。途中急な所もあったのに、よくこなせたね」
「うん。浩之ちゃん凄く丁寧に教えてくれたから、そんなに恐くなかったよ」
 
 えへへと笑いながらあかりは応える。オレも素直な感想を口にした。
 
「なかなかスジがいいぞあかり。この調子なら、今日明日で結構いい所まで行くんじゃねえか?」
 
 それを聞いたあかりはパアッと明るい顔になる。
 
「え!浩之ちゃん本当?」
「ウソ言ってどうするんだよ。本当の事を言ったまでさ」
「ヒューヒュー、さすがは旦那さんね。奥さんには優しいのね〜」
「うるせーな。お前こそどうなんだよ。雅史と滑れて嬉しいだろーが?」
「そりゃあ嬉しいわよ。雅史ってさすがに上手だし。あたしも結構いける方だと思ったけど、さすがに年季が違うわね。かなわないわ」
「そんな事無いよ。姉さんより上手い位だよ。一緒に滑ってて凄く楽しいし。結局三回も滑っちゃったものね」
 
 それを聞いた志保も嬉しそうな顔をする。なんだ、やっぱりいい関係なんじゃねえか。
 
「さてと、あかり疲れているだろ?そこのロッジで休憩入れようぜ」
 
 そう提案し、全員で近くのロッジである「やなぎらん」に向かおうとした時、あかりがオレに声を掛けた。
 
「あ、あの浩之ちゃん」
「ん?何だ?」
「浩之ちゃんも、雅史ちゃんや志保の様に滑ってきたいでしょ?だから行ってきて。私にばかりだと、浩之ちゃん折角来たのに全然滑れなくなっちゃうから」
「え?なんだそんな事気にしてたのか?別に心配しなくていいぞ。今回はお前の専属コーチに徹する事に決めているんだから」
「で、でも...」
 
 何か申し訳無さそうな顔をしている。そんなに気にする必要はねえと思うんだが。
 そんな時、志保が提案した。
 
「それじゃあさ、雅史と一緒に滑ってきたら?あたしはあかりとロッジで休んでいるから。ヒロはまだ疲れてないでしょ?」
「そりゃ疲れちゃいねえけどさ」
「浩之、志保のお言葉に甘えて行こうよ。久々に勝負してみたいし」
「うーん...そうだな。じゃあ、ちょっくら行ってくらあ。雅史、缶コーヒー一本な」
「いいよ」
 
 そうして、あかりと志保が見送る中、オレと雅史は第六クワッドで再び瑪瑙山に登って行った。
 再び山頂に立ち、メノウコース側に並んでスキーの先を向ける。
 
「そんじゃ、いくぞ!」
「OK!」
 
 次の瞬間、雅史とオレは飛び出した。メノウコースの序盤は幅が狭い。ヨロヨロ滑る初心者を素早くかわして進むうち、幅広の中級者コースに入る。
 さあ!勝負だ!
 オレは斜面中央に入ると、一気にコブ面に突入して行った。所々にブッシュが見えるが、それを小刻みなターンでリズム良くかわす。オレはコブのトップを舐める様に滑るのが好きだ。チラと横を見ると雅史はコブの凹面に添って奇麗なターンを決める。こいつ腕を上げやがったな。だが、負ける訳にゃ行かねえ。
 やがてコブ面が過ぎ、少し斜面が緩やかになる。ここで板を蹴って一気に加速する。
 雅史が横に並んだ。同速だ!真正面に戸隠連峰がそびえる。そんな中、二人揃う様にパラレルを決め、ゲレンデに華麗なシュプールを描く。オレも雅史も無駄なエッジは一切入っていない。雪煙を舞い上げる事無く、前を滑る連中をビュンビュンと追い越して行く。
 これはリフト直前の急斜面で勝負が決するな。
 雅史もそう思った様で、オレの方を見るとニコッと笑みを返す。
 最後の勝負所だ!大きく右に曲がり、第六の見える急斜面に突入する。日陰に面したその斜面は所々がアイスバーンとなっており、エッジがうまく立たない。
 ズリッ!
 雅史が体制を崩した。いける!オレはアイスバーンに逆らわず、斜面に身体を真正面から付き落とす様な体制のまま、最小限にエッジを利かせてそのまま一気に降り切った。
 
「うっしゃー!」
 
 オレはリフト前でガッツポーズを決めた。まるでオリンピックのノリだ。リフト待ちの連中がクスクスと笑う。
 
「さすがは浩之だね。最後のアイスバーンで完全にやられたよ」
 
 僅かに遅れて到着した雅史が笑いながら寄ってきた。あれだけ体制を崩しながらも、無理無く立ち直った雅史の技術は大したものだ。オレはその事を素直に誉め称える。
 
「さすがはヒロ。伊達に雅史とつるんではいないわね」
 
 そんな声がしたので思わず振り向く。何とロッジで休んでいる筈の志保とあかりがそこに立っていた。意外だったので、声を掛けるのも忘れて思わず二人の顔を交互に見る。そんなオレの様子に志保は説明をはじめた。
 
「あ、最初はロッジに入ったんだけど、あかり、ヒロの滑る姿見たかったんだって。だから頃合いを見て出てきたってワケ。どう?あかり。ヒロの滑りを見た感想を一言」
 
 マイクを持つ様な仕草をしてあかりの口元に持って行く。てっきり「浩之ちゃんすごーい」とか言うかと思ったが、あかりは顔を下に向けて黙ったままだ。おどけていた志保もその様子に気付き、急にマジな顔になる。
 
「あかり?どうしたの?気分でも悪いの?」
「あかりどうした?疲れが出たか?」
「あ..ううん、何でも無い。浩之ちゃんやっぱり凄いね。感動しちゃった」
「おお、そうだろ?伊達にこのコースは極めちゃいねえぜ。それでも始めの頃は随分無茶したものさ」
「僕もだけど、浩之もよく転んだり突っ込んだりしたよね。それでも何度も何度もトライしてさ。結局このコースでは僕が勝った事って殆ど無いんじゃないかな」
「どうかな。オレもうかうかはしてられねえぜ。さっきのコブ面での滑り、中々凄かったぜ」
「ありがとう。浩之にそう言って貰えると嬉しいよ」
 
 オレと雅史は手のひらをグローブごしにパアンと交わした。志保はそんな様子を写真に撮った後、笑顔で「コブ面の滑り、あたしにも教えてよ〜」などと会話に加わってくる。
 そうして、しばらくオレたちは談笑した。スキーが好きな者同士となると、やれターンがどうの滑りがどうのといった話題が止まらなくなるものだ。
 そんな中、話しに取り残された形のあかりの存在を、この時オレは忘れてしまっていた。



◇      ◇      ◇



「え!宿に帰る?」
 
 あれから一休みした後、一旦一番下のゲレンデまで降りたオレ達は、あかりの練習を再開しようとして本人からそう言われ、驚きを隠せずにいた。オレは思わず聞き返す。
 
「あかり、今日はもう滑らないという事か?まあ明日にしてもいいけど、天候の関係もあるから、まだ滑れる様なら出来るだけ練習しておいた方がいいぞ」
「ううん、何て言うか、もういいの。これだけ滑れれば私は満足だし、後はみんなで楽しんできて。私は充分楽しんだから」
「そんな!あかりあんなに上手になったじゃない。もしかしてあたしたちに遠慮しているの?そんな必要全然無いのよ?今回はあかりと一緒に滑ろうと思ってみんな来ているんだから」
「志保の言う通りだよ。あかりちゃん凄く上達しているよ。この調子なら僕たちと一緒に滑れるのも直ぐだよ。折角みんなでお揃いのウェアも買ったんじゃない。だからそんなに遠慮せず、一緒に滑ろうよ」
「うん、でももう決めたの。本当にごめんなさい。やっぱり私、先に引き上げるね。今日は何か疲れちゃったし」
 
 目線を下げながら話すあかりに対し、オレはしばらく無言のままだった。あかりが何を気にしているか、薄々分かったからだ。
 そして決心した。
 
「あかり、分かった、それじゃ宿に引き上げよう。雅史、志保、メノウで滑っていてくれ。あかりを送り届けたらまた戻ってくる。第六で落ち合おう」
「ヒ、ヒロ。何言ってるのよ?あかりをそのまま宿に残しておく気?あんたってそんなに薄情な男だったの?!」
「志保、頼む。オレに任せてくれ」
「そ、そんな事言ったって」
「志保。浩之に任せよう。それが一番いいよ。それじゃ僕たちは戻るから。行くよ志保」
「ま,雅史まで何言ってるのよ?それなら、あたしだって帰るわよ。雅史?ちょ、ちょっと何すんのよ。雅史放してよ。放しなさいってばぁ!」
「ワリイな雅史、よろしく頼まあ。志保、また後でな」
 
 雅史が機転をきかせて、まだ何か言いたそうな志保を引っ張って行ってくれた。後にはオレとあかりが残る。
 
「ひ、浩之ちゃん....」
 
 一瞬顔を上げてオレを見たが、また直に下を向いてしまう。
 そんなあかりに対し、オレは屈んで顔を覗き込んだ。それに気付いたあかりは、オレから懸命に顔を逸らそうとする。
 
「あかり、オレの顔を見ろ。何でちゃんと見れないんだ?」
「そ、それは、浩之ちゃんが....」
「オレがどうしたって?」
「そ、そんなイジワルしないで。それより早く帰ろう。私一人じゃ帰り方が分からないよ」
 
 宿である戸隠小舎のユニークな点として、ゲレンデからそのまま裏の山道をスキーで滑って帰って来られる事があげられる。ただ、一本道では無いので、間違えると全く見当違いの場所に出てしまい、初めて来たやつなら完全に迷子となってしまう。その帰り道を知ってるのはオレと雅史だけだ。あかり一人では帰る事が出来ない。
 
「お前、自分一人で帰れないクセに、帰りたいなんて言ってるのか?まったく我が儘な奴だなあ」
「そ、そんな事言ったって...」
「あかり、単刀直入に聞くぞ?何をそんなにムクれている?お前、オレの滑りを見てから急にそんな態度取る様になったよな?ワケ、話してくれるな?」
「.........」
 
 あかりは黙ったままだ。それならこっちにも考えがある。
 
「それじゃあ帰す訳にはいかねえな。あかり、戻るぞ」
 
 腕を掴み、グッと力を入れると、あかりは無言のまま抵抗した。
 やはりな。
 オレは出来るだけ静かな口調であかりに語りかけた。
 
「言えないならオレが言ってやろうか?あかり、お前、オレの滑りを見てこう思ったんじゃねえか?『ああ、これじゃあいくら頑張っても、浩之ちゃんと一緒に滑るなんて出来る訳が無い。私はいつまで経ってもお荷物のままだ。こんな事ならスキーをやりたいなんて言わなきゃ良かった』ってな?どうだ?違うか?」
 
 あかりは顔を上げると、驚いた表情をした。だが、オレから言わせれば、そんな推測は朝飯前だ。一体何年来のつきあいだと思っているんだよ。
 あかりは下を向いてしばらく黙っていたが、やがて観念した様に口を開いた。
 
「...うん、浩之ちゃんの言う通り.....」
「馬鹿かお前は?!」
 
 ビクッ!とするあかり。オレは構わず続ける。
 
「誰がいつオレと同じ滑りしろって言ったよ?お前はお前なりの滑りが出来ればそれでいいじゃねえか。オレがいくらでもお前に合わせてやるからよ」
「で、でもそれじゃあ浩之ちゃん、思い切り楽しめないでしょ?これからスキーするんでも、私が居たんじゃ、いつも気を使って貰って...そんなんじゃ私、浩之ちゃんに悪いし、だから.....」
「だからさあ、どうしてそうネガティブに考えるんだよお前は。逆に考えりゃいいじゃねえか。『浩之ちゃん、私、こんなに滑れる様になったんだよ。これで、浩之ちゃんも前よりスピード出して一緒に滑れるね』って。その方が状況は同じでも気分が全然違うだろうがよ」
「..ひ、浩之ちゃん....」
「それにだな。そんな事言ったら、お前と一緒の登下校はどうなるんだよ?オレの足はもっと早いんだぞ?だけど、その事でオレがお前に『もっと早く歩け』なんて言った事あるか?そりゃオレが寝坊した時は走れとは言ったけど、普段はそんな事言わねえだろ?何でだか分かるか?」
「...し、仕方無いから?」
「ブー!」
「....じゃ、じゃあ、私と一緒に歩きたいから?」
「ピンポーン!大当りだ。オレはお前と一緒に歩けるだけで嬉しいんだよ。それはスキーも同じだ。オレはお前と一緒に滑れるだけで嬉しいんだ。さっきだって練習とは言え、一緒に滑ったんだぜオレたち。それが嬉しくなかったら、お前のスキーの先生なんかやってるもんか。違うかよ?」
「ひ、浩之ちゃん..私...」
「あー恥ずかしい!こんな事オレに言わせるんじゃねえよ。さあ、どうするんだ?行くのか?それも帰るか?どっちでもいいぞ?」
 
 オレは思わずあかりに背を向けた。自分で言ってながら、顔から火が出そうだった。
 全く、なんでオレがこんな事言わなきゃならんのだ。
 すると、いきなりあかりがオレの後ろから抱きついてきた。
 
「お、おい!何やってんだ?」
「浩之ちゃん..ごめんなさい。私、自分に自信が持てなくて...そんな時、志保の滑りを見て、いいなあと思って..つい嫉妬しちゃって...そして、浩之ちゃんの滑りみて、なんか絶望的な気持ちになって.....本当、ごめんなさい...」
 
 オレの腰に回されたあかりの腕にオレの手を添えると、それを摩りながら、思わずため息を付いた。そんな状態のまま、しばらくあかりのしたいままにさせておく。
 やれやれ、毎度の事とは言え、しょうがねえ奴だなあ。
 やがて、気が収まったのだろう。あかりはオレから身体を放した。毎回そうだが、今回も恥ずかしそうに、それでいてどこか嬉しそうな顔をしている。どうにか機嫌も直った様だ。
 
「さてと、泣き虫お姫さま。早速戻るだろ?宿に一人で居るってのは味気ないものだぜ?疲れているなら無理に滑る必要は無いから、取り敢えず戻ろうぜ?」
「....うん、浩之ちゃんがそう言うならそうする」
「だからさあ、どうしてお前は自分でさあ...まあいいか。よし、それじゃ戻って練習続けるぞ。いいな?」
「うん!」
 
 そう言ってオレを見るあかりの表情には、しっかりとその意思が表れていた。そんな様子を見て、オレはもうひと押し盛り上げる事を思つく。
 
「あかり、その姿勢のまま、ちょっと板をまっすぐ揃えてみな」
「え?なにするの?」
「変な事じゃないって。よし。その状態のまま、姿勢を崩すなよ?」
 
 オレはあかりの腰に両手を添えると、その体勢のままリフト乗り場の方まで押して行った。
 いきなりでビックリしたあかりだったが、次にはにきゃあきゃあ言って喜んでいる。
 
「どうだぁ〜?藤田エンジン付きスキーの感想はぁ〜?」
「うん、楽ちん楽ち〜ん。ねえ浩之ちゃん。このまま上まで上がろうよ〜」
「バーカ、んな事出来る訳ねーだろ?スノーモービルじゃねーんだからよ〜」
「なんだ〜出来ないんだ〜。浩之ちゃんもっとパワーあると思ってたのに〜」
「言ったなぁ〜?そんじゃ見せてやろうじゃね〜か〜〜!」
 
 オレは思い切りダッシュを付けて、あかりを押したまま緩斜面を掛け上がっていった。そんな状態を長く続けられる訳も無く、すぐに息が切れてへばったが、あかりが「浩之ちゃん凄い凄い」と拍手するその顔には、すっかり笑顔が戻っていた。
 オレは素直に「可愛い奴だなあ」と心の中で感じていた。



◇      ◇      ◇



 あれから一度第六クワッドまで戻ったオレたちは、雅史たちと合流した。二人ともあかりが戻って来た事で、大いに安心した様だ。
 その後は、第六の下にある第四ペアリフトを中心とした初心者コースで、あかりの練習を兼ねて全員一緒に滑っていた。
 もはや今日のスキーは予定通りあかりが主役だ。オレと雅史と志保は専属の指導員となり、あかりにつきっきりとなって細かいアドバイスをしていった。
 あかりもそれを素直に受け、スキーの基本技術をぐんぐんと自分のものにしていく。教える側としてはそれが楽しく、指導にも思わず熱が入った。

 そうした練習の合間に、当然のことながら休憩も頻繁に入れた。その場所として、ゲレンデ近くのロッジ「そば処めのう」(本当にこういう名前でロッジとして営業している)を利用した。
 表に蕎麦屋の暖簾を掲げ、手打ち蕎麦の実演があったりで、まさにスキー場の中にある蕎麦屋だ。それだけにメニューも蕎麦関係が多く、いずれも美味しいのだが、オレのお薦めは何と言っても定番の「お汁粉」だ。そういえば、あかりはソフトクリームを頼んでいた。この寒いのに。おかげで回りの奴等がジロジロ見て少し恥ずかしかった。本人は全く意に介さずペロペロやっていたが。

 そうやって、あかりも大分上達してきた頃を見計い、オレたち四人は、もう一度瑪瑙山頂上まで上がろうという話しになった。先程滑った「お仙水コース」に再度チャレンジする為だ。
 ところが、そうして頂上に着いたとたん、あかりは驚く事を口にした。
 
「私、メノウコースに挑戦してみる!」
 
 さっき、雅史とオレが勝負したコースだ。全体的に緩斜面も多いが、途中、初心者には厳しいコブ付きの急斜面がある。両サイドが滑れる奴なら、そのコブ面を回避する事も可能だが、幅が狭いので、気を付けないとコース外のブッシュに突っ込んでしまう。いくら馴れてきたとは言え、あかりにはかなり厳しいコースだ。
 
「途中、結構キツい所もあるぞ?素直にお仙水コースに行った方がいいんじゃねえか?」
「うん...そうかも知れない。でも、挑戦してみたいの。浩之ちゃんが滑った所、私も滑ってみたい。同じ雪面は無理でも、同じコースを滑った事にはなるでしょ?」
 
 やれやれ、どうしちゃったんだこいつは。さっきまではムクれていたかと思えば、次にはオレが驚く程のチャレンジ精神を見せやがる。思った以上に、あかりってハートの熱い女なのかもしれねえな。
 
「よし!お前がその気なら大丈夫だ。それじゃメノウに行くぞ!」
「うん!」
「ヒ、ヒロぉ。大丈夫なの?いくら何でもまだこのコースはあかりには...」
「こいつがやる気になっているんだ。オレたちが止める道理はねえだろ?ワリイけど、サポートよろしく頼まあ。雅史もな」
「いいよ。それにあかりちゃんの実力なら、そろそろこのコースでもいいかなと思っていたんだ。落ち着いてねあかりちゃん。みんなで一緒に滑ろう」
「仕方ないわね。了解了解。あかり、ゆっくりね。危なくなったら転びなさいよ?」
「うん、みんなありがとう。私、頑張るから!」
 
 そうしてオレたちは滑り始めた。あかりを真ん中にして前一人後ろ二人の体制だ。先頭はオレで、あかりに滑るコースを示す。後ろの二人は転んだ時のサポートと、後続スキーヤーからのバリアー役だ。あかりはソロソロと滑りながらも基本をしっかりと守り、ボーゲンスタイルのまま序盤の緩斜面を降りていく。
 そうしているうちに、いよいよ問題の急坂になった。ゲレンデの左側に寄り、その手前で一旦止まる。
 
「ここからはキツいからな。充分スキーを押さえこんで行けよ?幅が狭いから無理してターンしようとしなくていいからな。難しかったら、教えた様に斜滑降で降りるんだ。コースアウトしそうになったらお尻から転べよ?いいな?」
「うん、分かった。滑れているうちは、途中で止まらなくても大丈夫だからね」
「言うじゃねえか。それじゃ、お手並み拝見と行くぞ!」
 
 オレはゆっくりと急斜面を降りて行った、チラと後ろを振り返ると、言われた通り、無理の無い姿勢で降りてきている。滑り方にも不自然さは無い。スキーのハの字も奇麗だ。それを見てオレも安心し、その速度に合わせて先導する。
 やがて、少しづつお尻が引けてくるのが分かった。
 
「お尻をそんなに引くな。スキーがコントロール出来なくなるぞ。勇気をもって谷に倒れ込む感じに身体を持っていけ。ボーゲン姿勢でいる限り絶対前には倒れないから安心しろ」
「うん!大丈夫!分かってる!」
 
 やがて姿勢を正し、また奇麗な滑りに戻った。そうしているうちに一番の難所であった急斜面を抜けた。
 
「よくやった!それじゃここからは今まで習った事を思い出して好きに滑ってみろ」
「うん!」
 
 オレはあかりと距離を取って横に並び、自由にコースを取らせた。この緩斜面なら横に広いし、後ろは雅史と志保がバリアーでいてくれるので、他の奴が突っ込んでくる事も無い。
 そうしてあかりの滑りを見ていると、少しスピードが乗ってきて恐くなったのだろう。また腰が引け始める。
 
「お尻を引くな!もっと姿勢を正せ!スピードはエッジで押さえ込むんだ!」
「うん!大丈夫!任せて!」
 
 そう言いながら頑張って姿勢を立て直す。よしよし。エッジの使い方がだいぶ分かってきた様だ。ハの字のまま、左右のエッジを利かせて少しずつ奇麗に曲がれる様になってきた。今日は雪質がいいので、少し位エッジを強く立てても引っ掛かる事は無い。
 次第にあかりは面白さが分かってきた様で、好きな様に右に左に旋回する。ふむ、これならプルークもいけるかもしれない。オレは再度あかりの前に出た。
 
「あかり。オレの後に付いて来い。聞こえてるな?」
 
 あかりはコクコクとうなずく。よし。オレはあかりのコントロールがやり易い範囲を見切って左右にゆっくりと旋回する。けなげにも必死に付いてくるあかり。その滑りをオレはチラチラ振り返りながら観察していた。
 完全なプルークボーゲン。思った通りだ!今まで教えた基本を忠実に守り、それを踏まえた上で、体重移動を完全に自分のものとして滑っている。

 凄いぞあかり!お前、たった一日でここまで上達するのかよ?全く驚いたな。

 オレは無性に嬉しくなり、後ろを滑るあかりを常に気にしつつ、より大きなシュプールを描いて行った。
 先を行くオレ、後に続くあかり。その時、オレとあかりは完全にトレーンの状態だった。
 最後の急斜面を避けて迂回路を進む。
 そして第六クワッドの前に到着。ボーゲンを目一杯利かせて、あかりはオレの前に止まった。
 
「到着〜。どう?浩之ちゃん。私、転ばすにちゃんと滑れたよ」
「ああ!よくやった!偉いぞあかり!お前は最高だ!」
 
 オレは思わずこねくり回す様にあかりの頭を撫でた。「きゃあ、クチャクチャになっちゃうよ〜」と言いながらも、凄く嬉しそうな顔をするあかり。やがて雅史や志保も側に寄ってきた。
 
「あかり凄い凄い!これならもう一緒に滑っているのと同じゃない!」
「ほんと?志保本当に?」
「あかりにウソ言ってどうするのよ〜。本当に決まってるでしょ〜?あたし、何か感動しちゃったわよ〜」
「いやあ、驚いたなあかりちゃんには。正直、こんなに早く上達するとは思っていなかったよ。本当、脱帽だよ」
「雅史ちゃん本当?始めた頃より、私、上達した?」
「うん、保証するよ。確実に上手になってる。この調子なら、明日は全員お揃いで滑る事も出来るよ」
「やった〜!雅史ちゃんもそう言ってくれるなら大丈夫だよね。私、スキーに来て本当良かった」
 
 そう言って、あかりは今日一番の笑顔を見せた。当然だろう。その努力は並み大抵では無かったのだから。早く滑れる様になりたい。けど、決して無茶はしない。基本を忠実に守り、身体に覚えこんでいく。そうした「上手になるんだ!」という信念と、人の教えを素直受けとめ、自分のものとしていく心構え。その結果が実を結んだと言えるだろう。
 それに加えて、オレと一緒に滑りたいという願い。
 正直、オレも少し感動していた。
 
「ねえねえ浩之ちゃん。ほら!山があんなに奇麗!」
 
 突然オレの後ろを指差すあかり。見ると戸隠連峰が僅かに夕暮れがかり、山の様相を一変させていた。先程までのダイナミックな景観が、夕暮れ迫る静かな風景へと変わりつつある。
 そうか、もうそんな時間なのか。
 やがて、リフトの運転時間が後30分である事を知らせるアナウンスが流れた。それを聞いて、志保がポツンと口にする。
 
「...そろそろ帰ろうか?あかり疲れたでしょ?頃合いだしね」
「え?でも、みんなはもういいの?」
「ああ、今日はもう充分さ」
「で、でも、今日一日私に付き合ってもらっちゃったし、みんなに申し訳無いから、よければ最後までみんなで滑ってきて。わたし、ここで待ってるから」
「お前、一人で待ってるつもりか?そうもいかねえだろ?」
「帰ろうよあかりちゃん。志保が言う様に頃合いだよ。明日だって滑れるんだしさ。そうだよね志保?」
「そうそう、明日もあるんだからさ。気にしない気にしない」
「う、うん、でも...」
 
 あかりは申し訳無さそうにモジモジしている。実際の所一日中あかりに付き合っていたので、自分のペースで思い切り滑ったのは数える程だ。あかりが申し訳無く思うのも無理無いだろう。だが、残り30分なんだから、そんな事気にしても仕方ねえだろうに。
 そう思った時、オレにピンとひらめく事があった。あかりがここまで根性見せたんだ。オレだって...
 
「よし!それじゃ全員でもう一回第六上がるぞ。全員リフトに向かってGO!」
[ヒ、ヒロ待ちなさいよ。あかり置いて行く気なの?こんな所にポツネンと彼女だけ置いて行ける訳無いじゃない!」
「当然連れて行くに決まってるだろ?あかり、行くぞ」
「浩之。あかりちゃん疲れているんだから無理は禁物だよ。こういう時って無理すると怪我しやすいの浩之だって知ってるじゃない。今日はもう終わりにしようよ」
「雅史、心配するな。あかりは疲れない。別の意味で疲れるかもしれねえけどな。さあ、とにかく上がるぞ!」
 
 そう言って、オレは全員をほぼ強引に第六クワッドの方に向かわせた。他のスキーヤーは数える程しかいない。オレたちの貸し切り状態だ。四人乗りのリフト上では、志保や雅史が相変わらず心配していたが、オレは聞こえないフリをした。
 あかりはそんな様子を少し不安な顔で見つめている。
 やがて、何度目かの瑪瑙山頂上に着いた。降りて開口一番に志保が感嘆の声を上げる。
 
「きっれ〜!山が燃える様じゃない!」
「本当だ。何回か来ているけど、こんなに見事な景色の時って数える程しか無いよ」
「すごーい。昼間見た山も凄かったけど、夕焼けの戸隠連峰って実際に見るとこんなに凄いんだ〜」
「モルゲンロートって言うのさ。雅史が言う様に、これが見られたのは数える程しか無いんだぜ。今回、オレたち本当にラッキーだよな」
 
 そんな景色を、しばらく全員が思い思いのまま眺めていた。
 チラとあかりの横顔を見る。顔が僅かにセピア色がかり、まるで見入られたかの様に、きらきらとした奇麗な目で、そうした景色を眺めている。
 オレは何とも嬉しい気持ちになった。あかりとスキーに来れて。あかりと一緒にこうした景色を見る事が出来て。そして、そんなあかりを見る事が出来て....
 
「そうそう!写真写真!」
 
 いきなり志保がすっとんきょうな声を上げると、僅かに残っていた他のスキーヤーに向かってバタバタと板を付けたまま走って行った。どうやらシャッターを頼んでいる様だ。そんな様子を見て、オレとあかり、雅史は再び笑ってしまった。
 全く最後の最後まで期待を裏切らない奴だ。
 
「はい、ではチーズ!ありがとうでした〜!」
 
 相手からカメラを受け取った志保は、「さてさて、当然お仙水の方よね」と一行を促そうとする。
 そんな行動に、オレは待ったをかけた。
 
「ヒロ何よ?もう一回メノウなんて言わないわよね?あかりにこれ以上、無理はさせられないわよ?」
「そんな事は分かってるって。けど、滑るのはメノウの方だ」
「何言ってるの?ヒロ、あんた、矛盾してない?」
「いいからいいから。さてと、それじゃああかり、履いてる板、全部外せ」
 
 そんなオレの言葉に、あかり以下全員が不思議そうな顔をする。
 
「え?滑るんじゃないの?板外したら滑れないよ?」
「正確には、お前は滑らなくていい。でも一緒に滑るんだ。どういう事か分かるだろ?」
 
 それを聞いても相変わらずあかりは???のままだった。だが、雅史と志保は理解したのだろう。慌てて止めさせようとする。
 
「ヒロ!あんた何考えてんのよ!あんたの勢いですっ転んだら、あかり、ただじゃ済まないわよ!」
「浩之、いくらなんでも無謀だよ。僕は反対だな。あかりちゃんに万が一の事があったらどうするんだ?」
「それじゃあ、とりあえずあかりに決めさせよう。本人が同意すれば問題無いだろ?」
「そういう問題じゃないだろ!」
「そういう問題じゃないでしょ!」
 
 思わず二人がハモる。だが、オレは既に決心していた。あかりがあそこまで根性を見せたんだ。オレだって根性を見せてやりたい。そして、一緒に滑りたいというあかりとオレの思いも...
 全ては、あかりの返事次第だ。
 
「あかり、オレにおぶされ。一緒に滑るぞ」
「え!」
「お前がイヤなら止める。その場合はお仙水だ。どっちでもいい。お前が決めろ。全ての責任はオレが取る」
「......」
 
 しばしの沈黙。
 オレは自分にズルい気持ちを感じていた。
 やがて、あかりが口を開く。
 
「浩之ちゃん。ズルい」
「.....」
「そんなの、私が断わる訳無いじゃない」
「...やっぱりそう思うか?」
「思うわよ、もう....でも、私、浩之ちゃんの事信用する!」
 
 そう言って板を外すと、あかりはオレの背中にダッと駆け寄った。オレは屈み、あかりをおぶる。随分前にもこうやってあかりをおぶった事があったが、いつの頃だったろう?
 あかりの身体は思ったよりも軽かった。首筋にかかる息が何ともくすぐったい。思わずニヤけそうだが、気を引き締めて行かねば。ここからはオレの責任だ。何としも無事に滑り降りる!
 そんな様子を、雅史と志保は心配そうに見つめている。
 
「すまねえ二人とも。板とストック、よろしく頼む」
「浩之、無茶は厳禁だよ。自分一人が怪我して済む事じゃ無いんだからね?」
「ヒロ、あかりに怪我でもさせたら、あたし、あんたの事許さないからね!」
 
 いつにも増して厳しい表情の二人。それも当然だろう。だが、ここにきてオレは確信していた。単なるオレの我が儘かもしれないが、これはオレとあかりにとって必要なセレモニーなのだという事を。
 
「あかり、先に言っておくぞ。もし、オレがミスったら、オレの身体にしっかりとしがみつくんだ。どんな状態であっても全力でお前の事を守るからな。いいな?」
「分かった!」
「それと、しっかり前を見ていろよ。オレの滑りを身体で感じ取れ。いいな?」
「うん!浩之ちゃんの滑り、しっかり感じるからね!」
「よし!それじゃ、行くぞ!」
 
 ダッとメノウコースに飛び出した。あかりの両足をしっかりと両手で抱え、スキーだけで滑り降りる。
 ストックが無いので勝手が違うが、ペースを落とすつもりは無い。いつもの巡航速度のまま、メノウの序盤を滑っていく。
 
「な、なんかジェットコースターみたいー」
 
 あかりの腕の力がギュッと強くなる。何度となく顔を伏せる仕草が感じられるが、それでも頑張って前を見続けている様だ。
 そうしているうちに急斜面に突入した。コブ面のトップを滑る度に、あかりの身体も上下に揺れる。
 
「キャー!」
「心配するな!こんな所はあっという間だ!もうすぐ抜けるぞ!」
 
 くそったれ!コケてなるものか!今はオレ一人じゃねえんだ!
 そして緩斜面に出た。よっぽど恐かったんだろう。あかりはオレの首を締めるかの様にギュッとしがみついている。オレは思わず声を出した。
 
「あかり!苦しい!少し緩めろ!」
 
 それを聞いてパッと力を緩めるあかり。思わず顔を伏せていたんだろう。キョロキョロと見回している。
 
「も、もう抜けたの?」
「ああ、抜けた。お前、見てろって言っただろ?」
「だ、だって、恐かったんだもん」
「まあいいさ。それよりもあかり、正面見てみろ!」
「え!...わあ〜〜〜、凄〜〜〜い!奇麗な景色〜。それに早〜〜い!」
 
 正面には戸隠連峰がその雄姿を見せていた。さっきよりより深いセピア色となり、その景観はため息が出る程だ。オレもあかりもゲレンデもすっかりその色に染まり、そんな中を、風切り音をビュンビュンと立てながら、快調なスピードで飛ばしていく。
 
「どうだ〜?オレはいつもこうしたスピードで滑ってるんだぞ〜。まだ恐いか〜?」
「私一人だったら恐いよ〜。でも、もう恐くない。今は浩之ちゃんと一緒に滑ってるのが分かるから」
「そうか、それは良かった〜。だけどあかり〜、いずれはお前もこうしてオレと同じに滑れる様になるからな〜。そうしたら、もっともっと色んな世界が見えてくるぞ〜。お前の知らなかった世界とかもな〜」
「........」
「.....どうした〜?」
「........そうかもしれない」
「何だって〜?」
「そうかもしれない〜!でも、でもこれが一番いい!浩之ちゃんとこうして滑れる今が一番いい!」
「...それが一番いいのか〜?!」
「うん!それが一番いいよ〜!これからもそれが一番いい〜!」
「そうか、これからもそれが一番か〜.....よぉし!あかり!飛ばすぞ〜〜!」
「うん!」
 
 そう言うと、再びオレにギュッとしがみついてきた。オレはさらにスピードを上げ、ゲレンデを目一杯使って大きなシュプールを描いていった。
 何回と滑ってきたコースだが、こんな気持ちで滑ったのは初めてだ。ビュンビュン通り過ぎていく風がひどく気持ちいい。そして、背中に感じる重みと暖かさが何とも愛おしい。
 オレは、目の前の戸隠連峰を見上げた。 


 毎年、この景色に会いたくてオレは来る。
 だが、来年からは少し違った気持ちでお前に会いに来るだろう。
 その時も今日みたいに、お前から祝福されるかの様に迎えて欲しい。
 それが楽しみで、オレは毎年、お前に会いに来るのだから。


 あかりの暖かい息づかいを首筋に感じながら、戸隠連峰に向かって祈りを込める様に、オレはそんな事を思っていた。
 
 
 
 
                     −   完   −
 
 
 
 
 
 
 
おまけ(宿にて)
 

「やったー!上がりー!これで三連勝〜!大権現盛りはあたしのものよ〜。オーホホホ」
「つ、強すぎる...」
「くっそ〜、何なんだよお前は!こっちが全然上がれねえじゃねえか!」
「志保つよーい。私、もう少しで追い付けるんだけどな〜」
 
 宿での夕食後のUNO大会。アフタースキーの定番だ。それにしても、志保という女は掛けが入るとどうしてこうも強いのだろう。制限時間内で持ち点の最も少ない者が優勝となるこの勝負、志保は既に二位との差200点で堂々の一位だ。ちなみにドベはオレ。
 だが、あかりは何と二位に付けていた。神経衰弱では完全にドベだが、こうしたカードゲームでは中々の強さを見せる。
 ちなみに、このゲームの勝者は、近くの中社にある「うずら屋」という蕎麦屋で「大権現盛り」という、軽く三人前はある名物の蕎麦を敗者三人の奢りで獲得出来る事になっている。戸隠は蕎麦が旨いので有名だが、この大権現盛りはまさにその代表格と言える一品だ。それだけに負けられない所だが、その点差から、オレは完全に諦めていた。
 
「さてさて、時間も押し迫って来た事だし、そろそろ最後の勝負よね?」
 
 時計を見ると確かにそんな時間だ。この一回で勝負は決する。オレとしては、何とかあかりに勝たせてやりたいが、こればかりはカード運がモノを言う。
 ドベの役割として、オレは念入りに切り込んでからカードを配った。無論ズルは一切無しだ。
 
「ふんふーんと..お?クックックック。これはもう決まりね」
 
 いかにも嬉しそうだ。余程いいカードが来たんだろう。思い切りムカつく。
 
「それじゃ、あたしからね。赤の8」
「赤の6」
「私は...あ、黄色の6あった」
 
 ふーむ、それじゃ勝負!
 
「黄色のDrawTwo」
「甘い甘い、はい、あたしもDrawTwo」
「じゃ、僕も」
「あ、私もある」
「ふふふ、当然もう一枚オレもあるのさ」
「ええええ〜〜〜!なんで〜〜〜?!」
 
 一巡し、志保は結局10枚ものカードを取る事になった。手札が増えて重そうだ。初めの一枚で降参しとけばいいものを。
 
「いいわよいいわよ。こんだけカードがあった方が好きなの出せるってものだわ」
「そうかいそうかい、そりゃ良かったな」
「なによヒロ〜」
「それじゃ僕だね。ええと青か。じゃあ青のSkip」
「オレだな?それじゃ青のReverseと」
「あ、私、Reverseある。はい」
「よっしゃよっしゃ、それじゃオレもReverse返し」
「ちょっと〜、何そっちで勝手にやってんのよ〜。全然回って来ないじゃない!」
「仕方ねえだろ?そうしたカードが出せるんだから」
「えーと緑だよね?じゃあ緑の5」
「緑ならSkipがあるよ。はい」
「ま、また、あたしの事飛ばして〜」
「騒ぐな騒ぐな。じゃあオレだな。緑の7と」
「黄色の7」
「あ、じゃあまた黄色のSkip」
「ちょっと!雅史!あんたワザとあたしに回らない様にしてるんじゃないでしょうね!」
「し、志保違うよ〜。手持ちに出せるカードがこれしか無いんだよ」
「だったら一回位出さないで、あたしにまで順番回しなさいよ!」
「志保、無茶言ってんなって。勝負の世界は厳しいんだぜ?」
「ヒロに言われなくても分かってるわよ!早く出しなさいよ!」
「へいへい。それじゃあ黄色だな、3と。ウノだぜ」
「あ、青の3でウノー」
「えー!まずいじゃない!雅史は?まさか、トリプルウノ?」
「うーん、僕は出せないや。じゃあ一枚と」
「や、やっとあたしの番が回ってきた。それじゃあこんな危ないカードは早く出すわよ。はい」
 
 そう言って志保が出したのはワイルドドローフォーカードだった。おかげでオレは4枚取らなければならないが、今となっては大した問題では無い。オレはニヤニヤして志保を見る。
 
「おまえが何の色に決めるかで勝負は決まるな。志保、頑張れよ」
「あ!そ、そうか。うーん、ここはあたしの勝負運を信じて....ええい!赤!どう?あかり」
「ご、ごめんね志保」
 
 そう言って出したカードは何とワイルドカードだった。どんな色の時にも出せるカードだ。つまり、志保は何を指定したとしても、結局負けが決定していた事になる。
 
「えええええ〜〜〜!ちょ、一寸待ってよ〜〜。これヤバイわよ〜」
「お前、随分貯め込んでるじゃねえか。一寸見してみ?」
「う..もう数えるまでも無いかも...」
 
 そうして表を向けた志保のカードは...まあ、あるわあるわ、さっきのワイルドドローやワイルドが合計4枚、SkipやReverseが計3枚。それだけで260点の負けだ。これは計算するまでも無い。
 
「あかり、お前の優勝だ。やったな」
「え!私、勝ったの?」
「ああ、圧勝だ。そうだな志保?」
「...もう、好きにして..」
 
 見るまでも無く、志保はUNOカードの中にドベーっとその身をだらしなく埋もれさせていた。もはや悪態をつく気力も無い様だ。そりゃそうだろう。そのまま逃げきれればトップだったのだから。
 
「....ううう、最後の最後で〜。どうせあたしの運命なんてそんなものなのよ〜〜」
「そうそう、人生所詮そんなものさ。まあ良かったじゃねえか。親友に勝ちを譲ってやるなんて中々出来る事じゃないぞ?」
「..まあ、いいわ、あかりなら。それより、どう考えても、あんな所でSkipを3回も出す奴がやっぱり一番悪いのよ〜〜!」
 
 いきなりガバッと起き上がったかと思うと、志保はいきなり「雅史〜!」とヘッドロックを見舞った。
 「し、志保止めてよ〜」と言う割には、雅史は何と無く嬉しそうだ。
 ははーん、成る程。そういう事か。志保、胸でけえものなぁ。
 
「雅史、嬉しいだろ?オレにされるよりはさ」
「苦しいのは一緒だよ〜。いいから助けてよ〜」



あとがき


 どうも、作者のTASMACです。お待たせしました。本当でしたら5,000Hitと共に公開出来る筈でしたが、時間的事情からそうもいかず、かなり遅れてしまった事をお詫び致します。その分、自分なりにかなり盛り込んだ内容としてみましたが、如何でしたでしょうか?
 今回の作品は場所を変えて戸隠スキー場が舞台です。本当でしたら、浩之とあかりの二人でスキー旅行に来た設定で書いてみたかったのですが、今回の様にいつもの四人とした方が、自然かつ楽しんでSSを作成する事が出来ましたので、結果として正解だったかなと思っています。あかりが上達してから二人だけで来るスキー旅行なんてのも書いてみたいですね。多分大学生編となるのでしょうけど(^^)。
 それにしても、こうした恋人なり仲間が居るというのはいいですね。私としても羨ましいばかりです(笑)。
 尚、物語は当然フィクションですが、このスキー場及びその設備(リフト、ロッジ)、宿、そしてお蕎麦屋さんは、全て実在するものです。
 私は毎年、この戸隠スキー場にスキーを楽しみに行きますが、それはそれは素晴らしい所です。その情景が、少しでも読み手の皆さんに伝われば幸いです(^^)。



写真について (98/04/20)


 TASMAC-NETメンバーのTACOさんより戸隠の写真を何枚か頂きましたので、作品中に使わせて頂きました(^^)。
 TACOさんは毎年戸隠スキーに行くメンバーの一人で、写真については私など比べ物にならない余程強く、同じ風景を同時に撮ってもどうしてこうも違いが出るのだろうと思う位被写体がビシッと決まります。うーん、やはりこれも経験の差なんでしょうか(^^;)。
 それにしても、写真を見るにつけ、暖かくなった今でも滑っている時の爽快感が思い起こされます。今は春ですが、冬も待ち遠しい今日この頃です(笑)。
 今回こちらへの写真使用を快く承諾して頂き、TACOさんに感謝します(^^)。


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作者へのメール:tasmac@leaf.email.ne.jp (よろしければ感想を送ってください。お待ちしています(^^))