「うわぁっ・・・!」
ウェイターがカーテンを開けると、プラント市内の夜景が広がった。
は感嘆の声をあげると、窓へ駆け寄る。


いつもよりアルコールが入って、少しうるんでいるの瞳。
その瞳いっぱいに映るプラントの夜景。






イザークがを連れてきたのは、最上階にあるバーのプライベートルーム。
このバーには会員制のプライベートエリアがあり、商談で使用するためイザークはここの会員になっている。
そのなかでもこのプライベートルームを使用できるのは、ごく一部の会員だけだ。

プライベートルームは、そのエリアからも中をうかがえないようになっていて、
夜景をゆっくり堪能できるように窓側は全面ガラスになっていた。

ともすれば自分が星の中にいるような感覚になってくる。
そのガラスに向かって、大きなソファがひとつ置かれていて、イザークはそこに腰かけた。


最初にドレスを披露してから、イベントが進むうち2人は別々になった。
クリスマスパーティーもそろそろ終わろうか、という頃にまたばったりイザークとは顔を合わせた。


「もう終わりなんだねぇ」と寂しそうに言うを、思わずイザークは誘ってしまった。










〔 DESTINATION −行く先− 〕
     〜第十二話〜










寂しそうにが笑っていた。
よっぽどパーティが楽しかったんだろう。

学部の友達やアルスターの間を行ったり来たり、いつ見ても楽しそうに笑っていた。
そのが「もう終わりなんだ」と寂しそうに笑っていた。
あれだけ楽しそうに笑っていたその顔が、最後に俺の前で曇ったのが許せなかった。


最後まで楽しく、笑ってほしかっただけだ。
ここに誘ったのはそれだけで、他意はない。




プライベートルームに入るなり、は窓の外の景色にくぎ付けになった。
ずっとガラスにへばりついたまま、うっとりと夜景を眺めている。
俺はそんなを見ながら、ソファに腰かけた。
さすがに座り心地がいい。

頼んだシャンパンがすぐに運ばれてきて、テーブルの上に置かれる。
すでにアルコールは入っていたが、また新しく仕切り直しの意味を込めてシャンパンにした。
正直あまりアルコールに強くないには迷ったが、口当たりがいいから飲めないことはないだろう。



「いつまではしゃいでいる。いい加減座れ。」
飲み物が運ばれてきたことにも気づかないほど夢中になっているに、後ろから声をかけた。
とたんに我に返ったのか、びっくりしてが俺を振り向いた。

「あれ?私はどこに座るのかな?」
ひとつしかないソファに戸惑うようにが言った。

「このソファが一人用に見えるか?隣だ、俺の。」
そう言うと少し遠慮しがちに、が俺の隣に腰かけた。

「じゃ、あらためて。カンパイ。」
そう言ってグラスを合わせると、は困ったように視線を外した。
「なんだ?」
あまりに露骨だったので、俺は顔をしかめた。
今のはいい気分じゃない。

「え・・だって。こういう配置ってヘンだなぁって。」
「普段でも隣に座るじゃないか。」

なにがヘンなんだ?
隣の席に座ることなんて、ハイネたちとの飲み会じゃよくあったことだろう?

「ちーがーうー。それとは全然違うもん。」
が口をとがらせた。
酔っているせいか、口調がどこか子供っぽい。

・・・いや、子供っぽいのはいつもか?



「こういうのって、恋人が座るイメージだもん。」
そう言って、は恥ずかしそうにうつむいた。

少しからかってやろうか。

俺がそう思ったのも、アルコールが入っていたせいかもしれない。


「へぇ。・・・こういう風にか?」

遠慮がちにソファの端に座っていたに、わざと身体を寄せた。
「ちょっ・・っと、近い!」
が後ずさるが、すでにソファの端に座っていたので逃げ場はないに等しい。
の慌てふためくさまが面白くて、俺は笑った。

悪趣味?
なんとでも言え。

片手でなおもの髪をもてあそびながら、の唇に触れてしまいそうなほど近づいた。
「いい匂いがするな。」
「こうっ・・香水なんて、つけてない・・っ」
「ふぅん。じゃあ、の匂いか。」
「ねぇっ、ちょっと酔ってるでしょ?!いつもより遥かに!」
「あぁ。・・・・酔ってるみたいだ。」

の息を、唇に感じた。
言葉を交わしていながら、触れるか、触れないかの瀬戸際。




「からかうのは、ナシ・・・!」
は真っ赤になってイザークを押し返した。
イザークは反省した様子もなく、いつものような意地悪な笑みを浮かべた。


「今度こういうコトしたら、絶交だから!」
べーっ、と舌を出しながら、がイザークからさらに離れる。
立ちあがって、また窓のほうへ歩いた。

イザークはその後ろ姿を楽しげに見送っていた。
そこでふと思いつく。
ここから屋上に出られるのだ。


きっと満天の、星。
が見ているガラス越しの星なんかじゃなく。


。」

イザークがを呼んだ。
「なに?」
振り向いたが見たイザークは、さっきまでの意地悪く笑うイザークではなかった。





***




「う・・っわあぁぁ!!すごい!すごいね、イザーク!」

プライベートルームへ入ったときとは、比較にならない。
屋上へ足を踏み出したの頭上に広がる、満天の星。

先に外へ出たイザークが手を差し伸べる。
は自然とその手の上に、自分のてのひらを重ねた。
導かれるように、歩き出す。
二人の頭上に輝く星たちは、いまにも二人に降り注ぎそうに瞬いている。

「どうだ?」
イザークの問いかけに、は嬉しそうにほほ笑んだ。
「すごい!こんな星空は初めて!」




しばらく夢中で星空を見あげていただったが、やがて寒さに身体を震わせた。
さすがに冬の寒空で、着ているのはパーティドレスで、防寒もなにもなにもない。
興奮していて寒いことにも気づかなかったが、時間は確実にの身体を冷やしていた。

「・・・ふぅっ」
それでもこの星空の光をまだ浴びていたかった。
は寒さに息をひとつはき出すと、両手で腕をさすった。

そのの様子に気づいたイザークが、自分の着ていたジャケットを脱いでに羽織らせた。
「それでも着ていろ。少しはましだろ?」
そのジャケットがあったかくて、それがイザークの優しさのようで。
は「でも」と言いかけた言葉を飲みこんだ。
そのぬくもりがまるでイザークに抱きしめられているようで、恥ずかしいけれど嬉しかった。





***






そうしてイザークを見たに、ゆらりと思い出される影。
自分が星空を好きになった理由。
そのきっかけ。


小さな男の子。
顔は思い出せないけど、男の子がに手を差し伸べてる。

・・・・アウル?


そんなはずない。
こんな小さいころのアウルを、は知らない。


でも、その男の子が言った。
約束をした。


すごく悲しかったあの日に、あの子はとても優しかった。
その男の子の後ろに広がっていたのが、満点の星空。

月明かりだけが照らすだけのあの星空を、今でも鮮明に覚えている。





?」
イザークに名前を呼ばれて、はハッと我に返る。
の頭の中に揺れた影は消えていた。

「もう中へ戻るか?」
イザークの問いかけに、は首を振った。
「ううん。もう少し見てたい。」

「星は、好きか?」
イザークが星空を見上げながらに聞く。
はイザークのジャケットを抱きしめながら答えた。
「うん。好き。」
答えてからは、その言葉を口の中でかみしめた。



好き。


それは、星空?
それとも・・・・










「好き。イザークが好き。」





告げてしまったのは、気持ちを抑えきれなかったから。


星空は、好き。

でも、今告げたい「好き」の気持ちは別の「好き」。




イザークが、好き。



好きなの。





イザークが羽織らせてくれたジャケットを、はギュッと握りしめた。

それまで優しい顔をしていたイザークの顔が、変わった。




   back / next