「好き。イザークが好きなの。」




の口から出た言葉に、一気に気持ちが現実に引き戻された。

俺は、なんてことをしてしまったのだろう。










〔 DESTINATION −行く先− 〕
     〜第十三話〜










巻きこみたくない。
そう思って、から距離を置いたはずだった。


それなのに。
ドレスも贈り。
パーティのあとまで誘い。
こんなところにまで連れてきてしまった。



このフロアに入った時にも、イザークは視線を感じていた。
それはきっと、マティウスグループというフィルターから外れない視線だ。

イザーク=マティウスグループと見ている者は、イザークの隣を歩く者にも目を泳がす。
つまり、利用できるならを利用して、と考える者がいるのだ。





だから離れたというのに。


踏みこんでしまう前に、突き放したのに。


俺は・・・!









イザークがから離れようと思ったのには、きっかけがあった。

それはブライダル業者からの売り込みだった。
面識がなかったわけではないので、その話は母の元へ直接通った。
「ご子息にも良縁があるようですので」という先方の言葉に、俺は愕然とした。



が利用される。


俺はとっさにそう考えた。
この世界にくると、つかめるチャンスは逃さないようなやり手が多い。
もちろん俺も。俺だったとしても、そんなチャンスを得れば逃さない。

それがわかるからこそ、を遠ざけたかった。
そんな俺の世界に巻きこみたくなかった。


失いたくなかった。

利害関係なく、一緒にいてくれるを。


けれど。

巻きこんでしまう。


俺といることで、が、・・・。





離れることは簡単だった。
それは、が俺と離れないでいてくれようとしてくれているからだと、知った。


俺は、の気持ちに甘えていた。







だめだ。


が傷ついて、俺から離れていくなんて。



考えたくもない。







だから。


を失わずに済む、言葉を言う。




「風が冷たいな。もう降りるぞ。」


「・・・・イザーク?」


「・・・それは迷惑だ。俺は・・・・。そういった感情をに抱いたことがない。」









***




後悔はしていない。


けれど。





迎えの車に乗りこんで、ネクタイを解いた。
乱暴に投げ捨てた俺に、運転手が声をかけた。

「どうかされましたか?」

俺の動作ひとつで、俺の心を読んでくれるな。
今は誰にも、話しかけられたくはない。



吐き気がする。
胸が苦しい。



これは一体、なんなんだ!


「なんでもない・・・・!」

それだけ言い捨てると、俺はシートにもたれかかり顔を右腕で覆った。






***





イヤリング。


私は、ピアスの穴をあける勇気がなくて。
それでも今日はどうしても綺麗に見せたくて。
ピアスのように見えるイヤリングを、この日のために買った。


慣れていないイヤリングは、長時間つけているうちにじんわりとの耳に痛みを残した。
は耳から痛みの元のイヤリングを外す。
右手で少しころころともてあそんでいると、力なくコロリとテーブルの上にこぼれていった。

イヤリングを外したのに、まだ耳はじんわりと痛みが残っている。
じわじわとこみ上げてくる痛みは、の心の痛みに似ていた。



まだ、よくは理解していない。
途中までは、きっといい雰囲気だった。
いつもよりイザークは自分から話をしてくれていた。
それに相づちをうちながら、たぶんはずっと笑っていた気がする。
イザークのいろいろな表情が見れて、それが嬉しくて。
イザークの目が、すごく優しくを見てくれていた。



ずっとドキドキしていた。

だから、思わず告げてしまった言葉だった。

『好き。イザークが好きなの。』

ゆっくりイザークが振り返る。
その瞳に、さっきまでの優しい色はなかった。








なんで言ってしまったんだろう。
後悔しても遅い。
せっかく上手くいってたのに。
優しい時間を過ごせていたのに。

の一言がすべてを終わらせてしまった。
自分勝手に想いを寄せることすら、許してくれなかった。

「・・・どうしたら、いいの?」

迷惑だと告げられた想いは、がキラキラ輝いていると信じていたはずのもの。
自分の中の一番大切なところで輝いていたもの。

じわりと痛みが心に広がる。
うつむいていた顔から、ぽつ、としずくがひとつ落ちた。
それはテーブルに丸く染みを残した。
頬を伝うこともなく落ちた涙。
だから、はそれが自分の涙だと気がつかなかった。



キラキラが、消える。



星空は、さっきと同じように窓の外で輝いているのに。







***





早く・・・!


最上階を目指す、展望エレベーター。
眼下には見事なまでの夜景が広がっている。
このホテル自慢のひとつであるエレベーターだが、今のアスランにはまったく意味のないものだった。
アスランはただ、上昇を告げる表示ランプを、はやる気持ちで見上げていた。



早く・・・!
早く着いてくれ・・・!



幸い途中で止まることもなく、エレベータは最上階へ到達した。
扉が開く時間もじれったくて、アスランは少しの隙間からすぐに外へ身を滑らせた。

礼儀が悪いとは思ったが、アスランはラウンジに駆け込んだ。
迷うことなく会員制のプライベートルームに入る。
そして、そこで閉じこめられているように一人で座っているを見つけた。



「・・・見つけた。」
ため息と一緒に言葉を吐き出すと、ひとつ息を整えてからに向かって歩き出す。

さっきのイザークの表情と、今目の前にあるうつむいたままのの姿。
二人に何かがあったことくらい、アスランにだってすぐにわかる。


。」
アスランが隣りに立って声をかけると、はビグッと身体を震わせて顔をあげた。

泣いているその顔に一瞬躊躇する。
でも、その覚悟でここに来たのだ。
アスランはの隣りに腰掛けた。

「・・・聞いても、・・・平気?・・・かな。」




少し声が震えた。
今までの自分なら、絶対に踏み込んでない。

聞くことも、怖くて。
嫌われたらどうしようかと、考えて。
見ないフリ、知らないフリ。
でも気になって、もやもやした気持ちだけが自分に残って。
それが常だった。




でも、今はそれができない。
無関心なんか装っていられない。

それぐらい、に気持ちを持っていかれている。
の痛みを自分の痛みのように感じる。
の気持ちがイザークにあることもわかっているのに、諦めきれない。
それどころか、日を増すごとに思いが深まる。


ありえないことばかり、してるな。


アスラン自身、そう思ってる。
それでも止められない。







帰りもを送るつもりだった。
だから、いつもがどこにいるか、目で追っていた。


そろそろ終わりだと声をかけようとしたところで、とイザークが話をしていた。
そして、そのままイザークがを誘っていた。



応援するっていうのは、こういうことか。


目の前で、連れ去られて。
あの笑顔が、別の男に向けられて・・・。


二人の後ろ姿を見送ったものの、そこから動けなかった。
そうしてどれくらいの時間が過ぎただろう。
そろそろ諦めて帰ろうかと、ロビーを歩き出したアスランはイザークとすれ違った。


あまりのイザークの表情に、アスランは振り返る。
けれど、イザークは自分の進む道以外目に入っていないようで、アスランに目もくれなかった。


一体、なにが?


そのままイザークの姿が見えなくなるまで見送ると、アスランは別方向に走り出す。
きっとこの予感は、当たっている。



が泣いている。









***







少しと距離をとって、ソファに腰かけるアスラン。
はまだうつむいていて、顔をあげない。

アスランも何度か利用したことのあるプライベートルームが、今日は別の場所のようだった。
会話の糸口を探しながら、アスランは手元のグラスを傾けた。
窓の外には、夜景と星空。


アスランはハッとして、に言葉をかけた。
「あ、実はここから屋上に上がれて・・・。ここがその・・・話しにくいなら・・・。」
「・・・・うん。さっき・・・・イザークが。」
小さなの声が聞こえて、アスランの心臓がどくんっと大きく音を立てた。

イザークのやつ・・・!

なんだかんだとちゃんとをエスコートしていることに、場違いながら腹がたった。
けれどアスランは、その後のの笑顔に救われる。
「・・・でも、行きたいな。・・・・連れて行ってくれる?アスラン。」


涙の流れた笑顔も、アスランの心を揺さぶる。
こんな笑顔が見れたことですら、まるで自分が特別なようで不謹慎にも嬉しいと感じた。







屋上に出ると、思ったよりも風が強かった。
油断すると足元が持っていかれるようだ。
の高いヒールを見越して、アスランは手を差し伸べた。

「つかまって。・・・その、風が強いから。」
「ありがとう。」
は言われたままにアスランに右手を預けると、残った左手で羽織っているケープを押さえた。


エレベーターの中では目を向ける余裕すらなかった夜景が、アスランの前に広がっている。
綺麗な夜景と、クリスマスの夜と、隣りには想いが焦がれて止まない
アスランはの横顔を見ながら、悟ってしまった。




こんな状況で、二人きりで。
想いが口をついて出てきそうだ。

だって、きっとそうだったはずだ。





「迷惑だって。」
「えっ・・?!」
の言葉にアスランの身体が硬くなる。

はうつむいたままだった。
アスランは、から出てくる次の言葉を待った。



「好きって・・・、言っちゃった。でも・・・・迷惑だって。きっと迷惑なんだってわかってたけど、やっぱり、そう言われちゃった。」
「な・・ん・・・。」


何だって?

イザークが?
まさかそんな。

ありえない!



アスランは叫んでしまいそうだった。
自分と同じ目をしてを見ていたイザークを、知っている。
そしてあんなに嫉妬のこもった目で、イザークはアスランを見ていた。

それなのに、「迷惑」?
なにが?



「二人きりに・・・誘ってくれて、ここに案内してくれて・・・。私、嬉しくて・・・。イザークはちっともそんな気がないの、わかってたのに・・・!」
、それは・・・。」
顔を覆って泣き出したを、そのまま一人で泣かせておけない。
アスランはの肩をそっと抱いた。

の想いが、嫌になるほどよくわかる。
自分だって言ってしまいたい。
キミが好きだと告げてしまいたい。

そしてそのまま腕の中に抱き寄せて、抱きしめて。
その唇にキスをしたい。



・・・何を考えているんだ、俺は。



アスランは一人で赤面した。
どうにものこととなると、今までの自分からは想像できないほどの思考が生まれる。
これが本当に夢中になるということなのだろうか。


は、イザークのことを想って泣いているのに、そんなことにも構わずこんなことを考えてしまうなんて。
「・・・。」






「今日は、特別なんだよ。」



キミと二人。
こうして寄り添って。



「イザークだって、驚いただけだよ。」




驚かないで。
俺は、が。





「迷惑。なんて・・・。」



が、好きだ。




「男からしたら、照れ隠しみたいなものだよ。」




告げられない想いは、隠すことしかできなくて。



「いつもどおりの、でいい。」




そのままのが、どうしようもなく好きだから。



口にできる言葉と、心に秘めるしかない言葉。
ぐちゃぐちゃになりながら、それでもを励ましたい。


「アスラン・・・。」
「だめだ。が気にしたら。いつもどおり、普段どおり、今日のことなんてなかったことにしていい。
 イザークもきっと、それを望んでる。」



俺は望まない。
もう忘れてしまえばいい。
俺が、を想ってるから。



「・・・ほんとに?」


くらくらした。
涙をたくわえた目のままで、アスランを見あげてくる
真下から見つめられるこの角度。

もう、いい。
この表情が見られたことが、充分。


「あぁ。本当にそう思うよ。今までどおり、話しかけてみたらいい。」

「うん。・・・うん。そうする。・・・ありがと、アスラン。」


安心したような、がっかりしたような・・・。
複雑な気持ちでアスランは空をあおいだ。






応援する。

それが。
こんなに、こんなに、苦しいなんて。


知らなかったよ。









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