「うわぁ、さすがプラント一番!」
、手。」
「あ、そうか。」

降り着くなりホテルを見あげて歓声をあげる
エスコートするから、という俺のことも忘れて手が離れた。
それを呼び戻したのは、本当に体裁を繕うためだけなのかと言われれば、きっとそうじゃない。

ただ俺が、触れいたてのひらを離したくなかった。










〔 DESTINATION −行く先− 〕
     〜第十一話〜










俺に手を引かれながらも、は上を見あげてきょろきょろしている。
の好奇心旺盛はいつものことなので、俺は気にせずにの手を引いて進んだ。

ホテルの中に入ると、顔なじみが近づいてきた。
「アスラン様。」
仕事でここを使うとき、彼が必ずホテルマンとしてつくように、暗黙の了解になっている。
仕事には守秘義務も付きまとうため、うかつにホテル側の人間を立ち入らせたくないのも本音だ。
その点、このホテルはそれをわきまえている。
そういう意味でもこのホテルは一流だと思う。


「今日は学生としてこのホテルに来ている。いつものような世話は不要にしてもらいたいんだが・・・。」
「心得ております。せめてご挨拶をと、お待ちしておりました。」
「そうか。ありがとう。」
「アスラン、お友達?」
ほえー、と感心した声をあげながら、が聞いてきた。

「・・・友、達・・・。」
俺は思わず彼を見た。

いままでそんなことを意識したこともなかったけれど、彼との付き合いも実に3年を超える。
特殊な学校生活を送ってきた俺には、そんなに長くつき合っている友達は学校にいない。
かといって、仕事抜きで彼と接したことはない。


考えこんでしまった俺から、は彼に目を向けた。
すると、意外な言葉が彼から出てきた。

「僭越ながら友と言うといささか語弊があります。やはりアスラン様はこちらをご利用いただくお客様ですから。
 ・・・しかし、アスラン様とも長いおつきあいを続けさせていただいております。
 そのお付き合いの中で、私はアスラン様の人間性に触れさせていただいております。
 そうしたときに、やはりアスラン様とお仕事をさせていただくのを嬉しく感じております。
 私はこのホテルに在籍する限り、アスラン様とお仕事をご一緒させていただけるこの役割を、譲る気はございません。
 それを仕事のみの感情か、と問われればそれだけではございませんので、友達と似た感覚を私はもっておるのかもしれませんね。」
「そうですよ。アスランといると私も楽しいですから。」

俺だけが、ぽかーんとして二人の会話を見守っていた。
そんな俺を、ホテルマンの彼はいたずらっぽい笑顔で見ていた。
は変わらずにこにこ笑っている。

いままでそんなことを考えたこともなかった。
本当に、はすごい。
俺が見ていたものの見方を、簡単に変えてみせる。

俺はいつも驚かされてばかりだ。
こんな考え方があることにすら、気づかないで過ごしていた。

エレベーターの近くまで案内してくれた彼に、は最後まで手を振っていた。
きっと次に会うときは、いつもと違う会話ができる。
俺もそう思いながら、彼と目を合わせて笑った。





「良いお相手を見つけられたようですね。」


エレベーターが閉まってから、ひとり笑うホテルマンの彼に、俺が気づけるはずもなかった。





***





どうして俺のところに一番で来ない?!


他人が聞いたら理不尽とも思える怒りを抱えながら、俺はを待っていた。
が会場に入ってきたときから、俺はすぐにに気づいていたのに。


アスランにエスコートされながらも、興味津々といった顔できょろきょろしている。
そんな様子だから長いドレスの裾をが自分で踏んでしまわないように、アスランが細心の注意をしてエスコートしていた。
場慣れしているアスランでなければ、素っ転んでいたところだ。


すぐに俺を見つけるかと思ったが、早速アルスターと鉢合わせている。
何の話をしているのか、俺のところには聞こえない。
が、途中でドレスの裾をもたげてがくるっと回って見せたところをみると、ドレスの話題であったことに間違いないだろう。

そのあともディアッカ、ハイネ、クラスメイトとつかまっている
本当に一体いつになったら俺のところへたどり着くんだ?
イライラが頂点に達したとき、ようやくと目が合った。
目が合ったとたん、が、本当に嬉しそうににっこり俺に笑いかけてきた。
その笑顔のまま、俺に向かって小走りで近づいてくる。

転ぶぞ。

さっきまでのイライラが、不思議となくなっていた。
は無事に俺のところへたどり着くと、興奮気味に俺の名を呼んだ。



「イザーク!」
少し頬に赤みがさして、目は輝いている。
楽しくてしょうがないといった感じだ。

「合格?ちゃんと着こなせたかなぁ、私。」
そう言って、すこし照れくさそうに裾をつまんで挨拶をするそぶりを見せた。

俺は自分でも自覚するほどの意地の悪い笑みを浮かべて、の右手をとった。
「イザーク?」
「大変お似合いですよ、お嬢さん。」
そう言って、の手にくちづけた。
社交界では当たり前の挨拶だが、案の定、慣れていないは顔を真っ赤にしている。

「なにそれっ!?」
奪いとるように手をひっこめると、その手を俺から隠した。

おい、ちょっとなみだ目だぞ?
そんなに驚くことか?


「なにって、挨拶だが?」
しれっと答えてやると、は悔しそうに唇を噛んだ。
「そっか、そういう世界があるのか。不覚。」
なんて、心の中で思ってるつもりか?
口に出ている。

おかしくて取り繕っていたはずの俺の表情が崩れた。
「新鮮すぎるぞ、その反応。あんまり俺を笑わせるな。」
俺が笑いながら言うと、の表情も和らいだ。

「イザークが変なことするからだもん。」
ぷくっとが頬を膨らませた。
普段のの表情とドレスとのギャップに、俺はまた笑いをこぼしていた。


なんでこんなに見ていて飽きない?
どうしてもこんなに惹きつけられる?


「ねぇ、本当に・・・合格?」
この期に及んで心配になったらしい。
が不安げな表情をのぞかせて俺に問う。

俺はもう一度、わざとらしくを上から下まで眺めてから、ふっと笑みを漏らした。
「合格。」


が嬉しそうに、ぱあっと笑った。
一瞬で蕾が花開く。
そんな瞬間を見た気分だった。


良いものを贈れたと、本気で嬉しくなった。
2度目だ。
贈り物をして、この笑顔を見たのは。



「やっぱり変わらないな。」
くくっと笑った俺に、が不思議そうに首をかしげた。






わからなくていい。
覚えていなくていいんだ。


 
お前は、俺の記憶の中にいる。



それでいい。


だからずっと、その笑顔を見せてくれ。










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