どうしてここまでしてくれるんだろう。
家に帰ってから、じわじわとようやくそんな疑問が沸いてきた。

ミーア・キャンベルのドレスは、今日見たどのドレスよりも素敵。
そりゃ、オーダーメイドだし、なんせあのアウルも絶賛だったし。
家に帰ってから着て見て、本当にすごいと思った。

なにもかもが自分にぴったり。
ドレスを着た私を座らせて、アウルは早速髪型をどうしようといろいろ私の髪をいじってた。
ちょっとでも動くと怒られて、本当大変。

「もういいよ。」って言うと、
「ねーちゃんをキレイにするのは俺の役目!」といつも通りのセリフを返されてしまった。
それが嬉しいから、私も黙って従う。


ようやく解放されて、お風呂に入っているときに思い出した。
私、イザークにお礼の電話してないじゃない!
すごい礼儀知らずだよ!
あわててお風呂を飛び出して、髪も乾かさないままに部屋に飛びこんだ。
時間はちょうど10時。

イザークが寝てる時間とは思えない。
まだ大丈夫。
そう言い聞かせてコール音をじっと聞いていた。










〔 DESTINATION −行く先− 〕
     〜第十話〜










「もしもし。」
「イザーク!」
長めのコールの後に、ようやく聞けたイザークの声。
嬉しくて思わず声が大きくなった。

「夜だっていうのに元気だな。」
案の定、イザークの呆れたような声。
でも気にしない。
今、なんだか心が湯あがりの身体と同じようにほかほかしてるから。

「あのね、ドレスありがとう。電話遅くなっちゃってゴメン。」
「似合ったものはできたか?」
言葉の前に、イザークが少し笑ったのがわかった。

「うん。色もデザインも着心地もすごく素敵なものになったよ。」
「そうか。」
「あ、でもイザーク。あの・・・お金・・・。」

オーダーメイドで生地も上質で、ブランドはミーア・キャンベル。
安いはずがないのはわかったから、短期の集中バイトでもやろうかな。
今すぐには返せないから、待ってもらわなきゃ。

「ちょっと待ってもらえたら・・・。」
「待たない。もらう気がないからな。」
言いにくくて伺いをたてながら聞いていたら、イザークからはスパーンと答えが返ってきた。
え?いらないって・・・。

「俺が勝手に準備したことだ。にしてみればいい迷惑にもなるだろう?もとからもらうつもりはない。」
「でもそれじゃ・・・!」

イザークは、困っていた私をほっとけなかったんだ。
そういうところすごく優しいから、見て見ぬフリってできなかったんだと思う。
だから、そんな優しさに甘えるわけにいかないと思った。

「じゃあ、俺からのクリスマスプレゼントだ。それならいいだろ?」
「え?」
「どうする?そうしたら受け取らないほうが失礼だと思わないか?」
私に有無を言わせない、どこかサディスティックなイザーク特融の言い方。
だからって嫌味があるわけじゃない。
きっと電話口の向こうでも、得意そうに笑っているんだろう。

「プレゼントなら、・・嬉しいけど。」
嬉しくないわけがない。
あんな素敵なドレスが、イザークからのクリスマスプレゼントだなんて。
「なら、そのドレスをちゃんと着こなしてパーティに来い。それが俺へのプレゼントだ。」
「えぇっ?!そんなのプレゼントになってないよ。」
「着こなしてこなかったらどうしてくれるか。・・・覚悟しろよ?」
「それは大丈夫!アウルがいるから。」
うん。
それは自信をもって言える。


たわいのない会話。
それだけで嬉しくなる。
特別に甘い言葉を言われているわけでも、
そんな可能性を感じるわけでもないけど、
そばにいる、と、思える。

私には、それが一番大切な、私の気持ち。





***





「なんだかはとことこ歩いてきそうで、心配だから迎えに行くよ。」
クリスマスパーティの前日、アスランから言われた。
そのつもりだった、って言ったらまた笑われちゃうから、言わないでおく。

「そのつもりだったらしいな。」
アスランと話してる後ろから、イザークがそう言って通り過ぎて行った。

「・・・言われてるぞ。」
アスランがイザークを指さして私に言った。
「う゛ー・・・!」
当然、反論できるはずもなかった。


「迎え、・・・イザークに頼むか?」
アスランが小さい声で私に言った。
私は両手と顔を同時にぶんぶん横に振った。

「いいっ!]
ドレスをクリスマスプレゼントに貰った私に、イザークから言われた条件。
パーティに行く前にダメ出しされたら、パーティに参加できなくなっちゃう。

「本当に?」
「本当に。アスラン。普通でいいから、普通で。」
「・・・そうか。」

難しいな、と言いながらアスランが席を立った。
私もアスランの後に続いた。


あの日から、アスランはこうして私の気持ちを気にしてくれる。
ちょっと気にしてくれすぎなところもあるけど、それも含めてアスランらしい。
「ありがとう、アスラン。」
いろいろな意味を込めてお礼を言うと、アスランはまた「いや・・・」と言ってそっぽを向いてしまった。
アスランてホント、照れ屋だと思う。

「それからドレスもね、ありがとう。」
「いや、余計なことしちゃったみたいで、逆に悪かったような・・・。」
「そんなことないよ!アウルも絶賛のドレスだったんだから。パーティが2回ないのが残念なくらい。」


実はイザークからドレスを贈られた日の翌日に、アスランからドレスが届いた。
そのドレスもアウルが大絶賛するほどのもので、私はあわててアスランに電話した。
ドレスのお礼と、実は昨日イザークに用意してもらってしまったことを話すと、アスランは喜んでくれた。
自分の贈ったドレスが無駄になってしまったのに、「よかったな」って言ってくれた。
「イザークの贈ったドレス姿のが見られるのを楽しみにしてる。」
そう言ってくれた。


「ねぇ、来年はアスランからもらったドレス着るからね。」
私がそう言うとまた、アスランは赤くなって顔をそむけた。
「それは・・・もちろん嬉しいけど。」
小さいけれど、アスランの声が聞こえた。




私は本当に恵まれてる。
家に帰ってからもフレイから「明日歩いてくる気じゃないでしょうね」と電話があった。
同じことを心配してくれたアスランが送ってくれると話す。

「ドレスのことといい・・・。は頭いいくせに抜けてるわね。」
「あはは。みんながしっかりしてるから甘えてるんだね。」
「しょうのない子ね。だから放っておけないのよ。」
最後は笑いながらフレイが言った。
「フレイ。ありがとう。」
たくさんの人にお礼が言える私は、きっと一番幸せなんだと思う。



***



突き離す。
そう決めたはずだったのに、ドレスのことで青ざめているを放っておけなかった。

の誘いをことごとく断り続けている俺は、と出会う前のスケジュールに戻っていった。
仕事中心の毎日。
それに疑問など感じたことなどない。
今もその生活に疑問はない。

それなのに、なぜか物足りない。
仕事で出かけた先で、目で追ってしまうものがあることに気がついた。
気にしてみるとそこは、と出かけた場所だった。
そんなことをなぜ思い出してしまうんだと、自分を責める。
それでも、次にまたそんな場所を見ると、あの日を思い出している自分がいる。
自然と思い出して、思わず笑ってしまうこともしばしばあった。


今日、アスランがを迎えに行くと聞いて、安心した。
アスランが言い出さなければ俺は、またに余計なことをしてしまいそうだったからだ。
安心した。
そのはずなのに、なぜか同時に別の感情もあった。

なぜ、俺じゃないんだ。という、疑問。
あのドレスを纏ったを見るのが、俺が最初ではないという嫉妬。


・・・嫉妬?
なぜそんな感情が湧いたのかわからない。
がアスランに任されて、安心なはずだ。
どうせのこのこ歩いてくるつもりだったんだろうから。
安心はに。
嫉妬はアスランに。
どうしてだ?

面倒なぽややんのの面倒を見て、ご苦労様と言うところだろう?
同情するものじゃないか?


自分の感情の整理もできないまま、を気にかけてしまう自分を、抑えることに必死だった。

突き離す。
そう決めたから。

これ以上、俺がに踏みこんでしまわないように。
が俺の家の、犠牲にならないようにするにはこうするしか思いつかなかった。
たとえそれを、浅はかだと笑われようと。



パーティに連れだってやってきたとアスラン。
アスランがをエスコートしているその姿に、なぜだか胸が痛くなった。





***





「すごい鬼。アウルは鬼。」
俺の隣では、切々とアウルの非道を訴える。
俺はただ「そう」と言いながら聞き続ける。

昨日の夜から始められた、アウルの「ねーちゃんをキレイにする」作戦。
マニキュアを塗られ、髪の毛にカーラーを付けられて「寝れない!」と訴えた
アウルから帰ってきたのは「机に突っ伏して寝て」という一言。
ベッドで寝たいと言うにも「キレイになるための努力」とあっさり却下されたという。
理由を問えば、
「ねーちゃんの髪は完全ストレート。ねーちゃんの着るドレスにストレートは似合わない。
こてでカール当てようにも、ねーちゃんのストレートは強すぎて効かない。よって、前日から準備に入る。」
と、ぴしゃっと言い放たれて終了したそうだ。
そして朝からも大騒ぎで仕上げられたのだと言う。
そのアウルの努力の甲斐あって、今日のは一段と綺麗だった。
最初は直視できないくらいで、本当にまいった。

前日から準備されたという髪は、ふわふわにカールされていてが歩くごとに軽く弾んでいた。
イザークが準備させたというミーア・キャンベルのドレスは、極限までの愛らしさを引き出していた。
あまりにもに似合いすぎていたから、俺が贈ったドレスを着てもらえなかったことなんて吹っ飛んだ。

「どう?」
「・・・・いい、すごく。綺麗だけじゃ足りないくらいだ。」
迎えに行ってすぐにそう聞かれて、あまりの姿に俺は動転して、そんなことを口走っていた。
「早くイザークにも見てもらわないとな。」
取り繕うように言った言葉に、自分で落ちこんだ。
あの日から俺は、の親友。
の想いを知って、協力すると約束した親友だ。

そんな俺の心を知らず、優菜ははにかみながらもうなずいた。
その笑顔がまたかわいらしくて、俺のみにくい想いを消していった。










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