「どーした、ねーちゃん。立ちあがれっ!」
「いや・・・もう・・・ね?アウル〜〜〜・・・。」
「次はあそこ。ほら立てって。」
「えぇ〜?!・・・もう疲れたよ・・・。」

アウルはちぃーっとも私の言葉を聞いちゃいない。
アウルの口癖「ねーちゃんをキレイにするのは俺の役目」、を実行中。

知らなかった。
プラント大学のクリスマスパーティーが、こんな大規模だなんて。


「待ってー、アウル。」
本来主役のはずの姉を置いて、さっさとブティックに入ってしまったアウル。
その後ろを、私はヨタヨタ追いかけた。










〔 DESTINATION −行く先− 〕
     〜第九話〜










「服はちゃんと用意したの?」
ゼミの飲み会でフレイからそう言われたとき、私は「うん」と即答していた。
そのときの会話は、大学で行われる3日後のクリスマスパーティーが話題だった。

オーブ大学のときも大学主催のクリスマスパーティーはあったから、私はそれと同じくらいにしか考えてなかった。
ちょっとおしゃれして、プレゼント交換、といった内容のものを。
ところフレイの次の言葉に、私は打ちのめされた。


「そう。ぽややんののことだから心配してたのだけど、よかったわ。どんなドレスにしたの?」
「え?ドレス?」
「・・・・・嫌な予感ね、。あなた理解してないみたい。」

そう言われてフレイから説明された、プラント大学クリスマスパーティーの概要。
そのすべてに私は目を丸くして、相変わらずイザークには頭を抱えられ、アスランにはオロオロと心配される事態になった。


だって、プラント地区随一のホテル最上階から屋外プールからを貸しきってのパーティーだなんて!
知らなかった。
コレって私の社交界デビューなんでしょうか・・・。







「だめだ、ねーちゃん。ここも却下。」
「えぇ〜?!私まだ見てない・・・。」
「ここのドレスじゃ肌の見せ方が下品だよ。ねーちゃんには似合わない。」
「そうなの・・・?」
私はそのお店で何も見ていなかったから、後ろ髪引かれる思いでその店を後にした。
でもアウルが言うことは絶対だから、私が見たところで決まる問題じゃないんだけど。


「あー!俺も抜けてた。大学のパーティーのことなんて頭になかったよ、クソっ」
まるで自分のことのように怒っているアウル。
だってアウルは高校生なんだから、大学のこと頭になくて当たり前なのに。
しっかりするべきは、ねーちゃんなのに。(泣)


「あと2日じゃ既存ドレスで選ぶしかねーけど、ねーちゃんにピッタリくるのなんてなかなかないし・・・。」
アウルはぶつぶつ言いながら、手当たり次第お店に入っていく。
私からしたら「これでいいんだけど」っていうドレスもあったんだけど、アウルが「うん」と言わない。

あらかた有名なお店は回り尽くして、私たち姉弟は途方にくれていた。
そこに、電話が鳴った。



「もしもし?」
、今どこだ?ドレスは決まったのか?」
それはイザークからの電話だった。

最後の聞き方は、彼らしい、どこか憎たらしい聞き方だったけど。
どうせ、考えていませんでしたよ。


「決まりません。もういいよ、フツーの服で行ってやるから。」
スネたように言うと、電話の向こうで笑っているイザークの声。
こんなんだからいつも「子供だな」って言われるんだ。
案の定、「子供みたいにスネるな」と言われた。
ほうら、ね。


「そんなことだろうと思ったから、手を打っておいた。」
まだクククっ、と笑いながらイザークが言った。
「『ミーア・キャンベル』という店だ。知ってるか?」
「『ミーア・キャンベル』?」

聞き覚えはなくて、アウルを見た。
アウルは少し考えて、「あ!」と声をあげた。
「お店、わかるの?」
アウルに小声で聞くと、アウルはうなずいた。

「うん。弟が知ってるみたい。」
「そうか。ならその店に行け。準備させてある。」
「え?準備ってなに?」
「いいから行け。早くさせるにも限界があるんだ。」
「ちょっ・・?よくわかんないよ。」

それまで聞き耳を立てていたアウルが、私の携帯を奪い取った。
ぎゃーーーっっ!!何すんのよ。


「イザークさん?の弟のアウルです。大変助かります。服の件、存分に甘えさせていただきますね。」
「・・・またお前か。いいから早くを連れて行け。」
「えぇ。ではお言葉に甘えて。」
言うが早いか、アウルはさっさと電話を切ってしまった。

えぇええぇぇぇええっ?!

「さ、行くぞ。ねーちゃん。」
私の携帯を私物のようにアウルはポケットにしまうと、私の手首をつかんでさっさと歩き出す。
そして明らかにお店じゃない、一軒の邸宅の前へやってきた。



「ちょっとアウル、ここは・・・?!」
私の話も聞かずに、アウルはさっさとインターフォンを鳴らす。
アウルがイザークから紹介されて来たことを告げると、頑丈そうな門が開いた。

出迎えてくれたのは黒づくめのスーツの男性。
サングラスをかけていて、無機質な表情だった。
びくびくしながら男性のあとをついていく。
セキュリティカードを通すゲートを、二つも通った。
いったいここは何なんだろう。


「まさかミーア・キャンベルでくるとは。さすがマティウスグループだ。」
びくついている私の横で、アウルが不敵に笑った。
その鉄の心臓を、おねーちゃんにもくれないかしら・・・。


「ミーアさま。マティウスグループよりご連絡のあった客人をお連れしました。」
ここまで案内してくれた男性は、ピンクの扉の前でそう言うと、さっさといなくなってしまった。
ピンクの扉をどうしたものかと見ていたら、ばーんと扉が開かれた。

「待ってたよぉー!さーあ、作っちゃおう♪」
ここまでの厳格さをなかったものにするような、ちょっと間の抜けた声だった。


扉の向こうにはアトリエがあった。
服の生地がいくつも重なって見えた。
そこで待っていたのは、デザイナーのミーア・キャンベル。
髪の色のピンクのように明るい女性だった。

採寸から始まって、デザインのパターンを決め、そしてドレスの素材決め。
はっきり言って私は、採寸以外は不要じゃないかと思った。






魔法のようにするすると動くミーア・キャンベルの手が、あっという間にのドレスを完成させた。
完全なるオーダーメイド。
のためだけに作られたドレス。
これにはアウルもただ満足げにうなずくだけだった。

「さすが伝説のデザイナー。ミーア・キャンベル。すごいな。」
アウルの言葉に、ミーアは嬉しそうに笑った。
「嬉しい!そんな風に直接誉めてもらうことなんて初めて。」
その無邪気な笑顔に、驚くのはたち姉弟のほうだった。
「うそ。だって、こんな素敵なドレス、あっという間に・・・。」
すると、とたんにしゅんとしたミーアが言った。

「ミーア。あの方以外に作ることなんてほとんどないから。」
「あの方?」
が聞くのをアウルが止めた。
「ねーちゃんは素直に喜んでな。な?」
「うん。・・・あ、ミーアさん。あの、でも、どうしてこのドレス・・・。」
「ジュールさんからのお願いだもの。もっちろん張り切っちゃうよ!」
にウインクして見せながら、ミーアが言った。
「ジュールさんがお母様以外の女性のドレスだなんて、なになになに〜?!って、もう大興奮!
しかもすっごい可愛い子だし。もうミーア、がんばらないわけにいかないよね!」





終始ハイテンションのミーアに圧倒されながら、とアウルはキャンベル邸を後にした。
アウルの手には作ってもらったのドレスと、装飾品、それから靴がオールコーディネートされて入ってる袋が下げられていた。
それを何度も満足そうに見やりながらアウルはニヤニヤ笑っている。

「アウルさっきから怖いよ。」
がそう声をかけても、アウルのニヤニヤは収まらない。
「だってミーア・キャンベルだぜ?」
「ねぇアウル。実は私知らないんだけど・・。」
「あぁ、ミーア・キャンベルはちょっと服飾系にたずさわってないと知らないかもね。某国のお姫様専任のデザイナーだよ。」
「お姫様?!」
「そ。どうやら双子みたいにそっくりらしいんだ。
 でもどうやら服作りの天才だったミーア・キャンベルを、そのお姫様そっくりに整形したって話もある。
 そのほうがお姫様に似合う服がより作れるだろうって。」
「えぇっ?!それは、ちょっと・・・。」
「まぁ、それはあくまで噂の域だけど。でもまぁいろいろ、究極なことするよな。」


はさっきまで楽しそうな笑顔を見せていたミーアの、一瞬だけ変化したさみしげな表情を思い出していた。
直接服を喜ばれることはないと言っていたミーア。
年のころはとほとんど変わらないのに、あの家の中で独りだった。
ミーアの部屋の外には黒づくめの男が監視員のように立っていて、ミーアには自由がないことをうかがわせた。
服を作っている間、ミーアはずっと笑っていた。
きっと服を作ることはすごく好きなのだろうとわかる。
けれど、あれが本当に彼女の望んだ形なのだろうか。
もっとたくさんの人に囲まれて、キャイキャイ楽しみながら服を作っているミーアのほうが、彼女の自然体に思える。



「アウル。人の幸せって、なんなんだろうね。」
「ミーア・キャンベルのこと聞いてんなら、俺は知らないね。でも、俺の幸せは今。」
「今?」
「とーさんがいて、ねーちゃんがいる。俺は幸せだよ。」
「そっか。・・・うん、そうだね。私も、お父さんとアウルがいてくれて、幸せだよ。」


幸せの形は人それぞれ。
うん、それはアウルの言うとおりだと思う。
きっとミーアさんは、服を作る幸せの代償が大きいだけ。
ううん。
代償が大きいなんて、本当はミーアさんじゃないとわからない。
それ以上に、お洋服を作るということがミーアさんには喜びなのかもしれないし。

・・・難しいね。
人の気持ちって、ひとつじゃないから。

「ねーちゃん?眉間にしわ寄せるほど考えるな。」
「寄ってる?」
「寄ってる。止めろよな、シワになるから。」
「アウルっ!!」

アウルの頭をぺしっと叩くと、「いてっ」と言葉が降ってくる。
少し拗ねてみせるアウルに、私はおかしくて笑ってしまった。

そう。
たとえばこんな幸せ。
なんでもないようなこんなやり取りができる家族が、すぐ隣にいるということ。





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【あとがき】
 補足のような言い訳。
 お姫様は何も知らず。