「ね、イザーク。今度の日曜日プラント公園に行きたいんだけど。」
「・・・行けばいいだろ?」
「うん。じゃ、9時30分に駅前の喫茶ヴェサリウスで待ち合わせね。」
「待ち合わせ?!」
「じゃーねー。」
「?!おいっ!こらっ!・・・くそっ」
「イザーク!」
「・・・・。」
「あれ?もしもし?イザークさんの携帯ですか?」
「・・・・そうだ。」
「わかんなかった?だよ。」
「わかるわっ!!」
「不機嫌だね、なにかあった?」
「・・・・。」
「話したがらないね、いつも。うん。じゃあちょうどいいかも!」
「なにが。」
「明日気分転換に出かけようよ。プラント水族館。」
「・・・・だから、」
「じゃあいつもみたく喫茶ヴェサリウスで待ち合わせね。9時30分で!」
「なんで俺が・・って、もう切ってるのか?!、貴様・・・ッ!」
こんな無理やりとも思えるからの誘い。
たちが悪いのは、俺だけが、昔のとの出会いを覚えていること。
すっかり忘れているくせに、は休日となると執拗に俺を誘ってきた。
なんで俺なのか、は、わからない。
だからどうしたらいいのかわからない俺は、いつも仏頂面をしていたと思う。
それなのに、はいつもニコニコと楽しそうに、そんな俺の隣で笑っていた。
〔 DESTINATION −行く先− 〕
〜第七話〜
「ありがとうございました。」
立ち上がると同時に歩み寄り、手を差し伸べる。
多少強引でもかまわない。
それが俺のやり方でもある。
「いやいや。今日は私も貴重な時間が過ごせたよ。」
「こちらこそ。これからも有意義な時間を共有させていただけるよう努力します。」
「本当にイザーク君はまだ学生かね?交渉のあり方といい、まったく。うかうかできないね。」
「お褒めいただいたことにさせていただきます。」
俺の言葉に、取引先の重役は苦笑いを浮かべた。
これで今回の取引は決まったようなものだ。
「まぁ、このような席に来ていただけるなんて光栄です。イザークさん?」
俺の母と同い年の彼女は、そう言って笑った。
「今日は会長不在をお詫びにまいりました。私では役者不足ですが、エスコートさせていただけますか?」
「ありがとう。なによりよ。」
彼女と母の違うところは、彼女が家族を切り捨てて仕事をしてきたことだろう。
俺と年の変わらない彼女の息子は、その立場を捨てて家を出たと聞いた。
だから俺は今日、彼女の息子のように寄り添うことを、母から命じられている。
「では、参りましょうか。」
交わす挨拶もウソばかり。
浮かべる笑顔も偽り。
今までそんなことを気にとめることもなかった。
俺は『イザーク・ジュール』
そのことに疑いを持つことはなかった。
これでいいと思っていた。
といるときと、まったく別の自分。
その俺に違和感を覚える。
そんなことが続く。
いけない、と。
ストップをかけたのは俺自身。
居心地よいと思ってしまった自分を、俺は自分で否定した。
***
「その日はだめだ。会議がある。」
「うー・・そっか。残念。」
電話口の向こうでも、の姿が浮かぶ。
肩を落としてがっかりしてる様子。
しゅん、としているの顔。
それがすぐに浮かんでしまう俺も、どうかしてる。
「最近忙しいんだね、イザーク。ムリしてない?」
「あぁ。もともとこんなものだ。」
「そうなんだ。・・・じゃあまた誘うね。」
「あぁ。」
が切るのを確認してから、電話を切った。
ふぅっと息をはいて、ケータイを後に投げた。
4月から、この前の花火大会。
そして、9月。
何度かに誘われて、二人で出かけた。
「戻ってきたばかりでわからないから。」と、は言っていた。
最初はなんで出かける対象が俺なのか、よくわからなかったまま、俺も付き合った。
最初の頃は目的だけを過ごして、その場で別れた。
最近はどちらともなく寄り道をして、そのまま俺がを家まで送るようになっていた。
休日は月に2回ほど。
平日も講義の終わりが合うと、ときどきそうして寄り道をしたりしていた。
このままではいけないと、ストップをかけたのは俺の勝手だ。
になにか非があったわけじゃない。
けれど、巻きこみたくなかった。
自分のこの立場に。
がなにかに利用されるのだけは、我慢できなかった。
その可能性が捨てられないなら、俺がと距離を置くしかないと思った。
心が痛んでいることにも、その理由にも、気づかないままでよかった。
***
「あーあぁ・・・」
がケータイをつん、とつついて、机に突っ伏している。
今日の講義が終わって、帰る準備もすすんでいない。
なにをしてるんだろう?
「。もう今日は終わりじゃないのか?」
声が弾む。
こんなことくらいで緊張してどうするんだ。
「アスラン。」
声の主の俺を確認して、ゆっくりほほ笑む。
こうやっての表情が変わっていくのを見るのが好きだ。
「イザーク、帰っちゃったねぇ?」
「?今日はゼミもないし、何か問題か?」
「ううん。そうじゃないけど、最近忙しそうだなぁって。」
「今は年末に向けて動き出す時期だから、イザークも仕事に引っ張られてるんだろな。」
「そっか。そうなんだ。」
は納得したようにうなずくと、ようやく片づけを始めた。
「じゃ、アスランも忙しい?」
「あぁ、まあ。でも、イザークほどじゃないよ。」
俺は親からここからは立ち入り禁止。と、明確に線を引かれている。
学生のうちは、ここまでだと。
そこから先に進むのは、学生の本分を終えてからだと。
どうやらイザークもそうだったらしいのだが、イザークは自分で超えてしまったらしい。
途中で終わらせることのほうが無責任だと。
だからこその忙しさなのだろうが、自業自得だとは言いたくない。
俺のやれないことをやっているイザークを、純粋にすごいと思うから。
「お待たせ。帰ろっか。」
の声にはっと気づくと、俺の隣に帰り支度を終えたが立っていた。
偶然にも帰りを待ってしまった俺は、と一緒に帰れるらしい。
「そうだな。」
突然転がり込んだ幸運に感謝して、と教室を後にした。
都会の中にあるようでいて、少し雑踏から離れると静かな海岸通がある帰り道。
ロケーションにしたら、すごくいい雰囲気だと思った。
ときどき盗み見るの横顔にも、海のキラキラした青が輝く。
秋から、冬。
これからますます寒くなる。
「もう秋だね。」
海を見ながらが言った。
「そういえば今年は紅葉が綺麗なんだって言ってたな。」
「そうなんだ!このあたりだと名所とかあるの?」
「名所、はよくわからないけど、実は俺一人になりたいときに行くところがあって。」
「うんうん。」
「そこも毎年この時期は綺麗なんだ、紅葉。」
「うん。わかるわかる。一人になりたいときってあるよね。」
がにこっと笑って言った。
一人で暗い奴、とか思われてはいないみたいだ。
よかった・・・。
俺は内心ホッとしていた。
「アスランの秘密の場所かぁ。そんな場所があるのっていいね。」
「いや、秘密ってことはないけど。よかったらも一緒に・・・・。」
ホッとしたのもつかの間だった。
俺はまた、自分でも考えないうちに何か口走っていた。
ゆっくり自分の言葉を思い返してみる。
・・・・一緒にって、一緒にって・・・!
俺はまたとんでもないことを。
ほら、見ろ。
も驚いた顔をしている。
そりゃそうだ、こんな誘い方にもほどがある。
「あぁぁあっっと、今のは――――・・・」
「いいの?」
「は?」
「嬉しいな!」
「・・・行っても本当に何もないぞ?」
つまらなかった、とがっかりさせたくない。
しかも自分の気に入りの場所で。
「それがいいんだよ。静かに落ち着いて見られるし。」
はもう、あれこれと紅葉狩りに思いをはせているようだった。
どうしてこんなに、引き寄せられてしまうんだろう。
何気ないの表情や、しぐさ。
いつまでも見ていたい。
傍にいたい。
それなのに、どうしてだろう。
そんな想いと一緒にこみあげてくる、泣きたくなるようなこの気持ちは。
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【あとがき】
奈月さまのご指摘により、「役不足」→「役者不足」に訂正いたしました。
ライナの使い方は間違っていましたので、どうか皆さま正しい日本語でご記憶ください。
ご指摘くださった奈月さま、重ねて感謝いたします。ありがとうございました!