「あたし達は何度か一緒に飲んでるわよ。」
つん、としてアルスターが言った。

「あんた達が気取ってるから声かけなかっただけよ。」
とまで言うのは余計だろう。


「アスランもイザークも、こんな居酒屋なんて初めてだろ?!」
だんだん気分が乗ってきたハイネが言った。
「え?じゃ、どんなところで飲むの?!」
右と左。
両隣にいる俺とアスランを交互に見てが聞く。


俺は横目にアスランを見た。
俺から答える気はない。

アスランはそんな俺の視線に気づいて、好奇の目を向けるに苦笑いを返した。










〔 DESTINATION −行く先− 〕
     〜第三話〜










「普段は、仕事がらみでそういう席につくことが多くて・・・。」
「え?!仕事してるの?!」
「あぁ、そんなが思うほど重要な役目じゃないよ。勉強の一環としてね、親の仕事は高校生の頃から手伝ってる。」
「へー・・・。イザークも?!」
「・・・・。」

俺にふるな、と。
言ってやりたかった。
いや、普通なら言わなくても俺の表情で伝わるはずだ。


『そういう』顔をして見せているはずなのに、の表情は変わらない。
俺の答えを待ってる。


なんでこんなに乱されるんだ。
・・・・どうしてそんなに目を輝かせて俺の答えを待っている?!




「・・・それくらい普通だ。」
「アルバイトどころじゃない勤労学生だね!」
不機嫌この上ないはずの声なのに、すぐには答えてみせた。
しかもなにがそんなに楽しいんだか、はニコニコ笑っている。

「んじゃ、商談のあとそのままホテルのバーで?スリットの入ったセクシーな女の客がいそうだなぁ!」
「アンタはそればっかりね。」
うしし、と笑うディアッカにアルスターが冷たい目を向けた。
「なに言ってンの!それが男だろ。」
ディアッカはひとつも動じない。
むしろ嬉しそうに見える。

「そんな女がいたらぜったい目がいくよな?!」
「全然。」
「いや、俺はあんまり・・・。」
俺とアスランが同時に否定。
ガクッとなったディアッカを、アルスターが勝ち誇った顔でぽんぽんと叩いた。
励まし・・てるつもりか?




そんな様子にも、となりのはケタケタと笑う。
ディアッカの反応がよっぽど面白かったらしい。

「ディアッカはセクシー系が好きなんだね。」
・・・・それは感心して言うほどのものなのか?






本当にわからないことばかりだ。
俺がここにいることも、がこうして笑うことも。

俺の知らないことばかりだ。


アスランが言ったように、俺も高校生の頃から家の仕事をしてきた。
仕事は、自分よりもずいぶん年上の大人とやりあうことばかり。
学生なのか社会人なのか、微妙なラインで生きてきた俺は、きっと同級生なんてなんとも思っていなかった。

だから、こんな日常は知らなかった。
となりで相変わらずニコニコ笑っている
この女がいなければ、きっと俺は知らないままだった。




・・・・知らないままでいいと。
いや、きっとそれすらも感じることなく、終わっていただろう。



同年代の、今だけしかできない、友人との会話、というものを。






***






「おい、起きろ。の家はどっちだ?!」
「んー・・・?・・・うん。」
「うん、でわかるかぁっ!起きろ!」
「・・・・・うん。」


酔っ払いは手ごわかった。
俺だって酒は入っていたが、今日は商談が絡んでいるわけでもない。
自分のペースで飲むことができたから、たしなんだ程度でしかない。

だってたいして飲んでいなかったはずなのに、タクシーの中で眠られてしまった。




それにしても、リーダーシップを発揮したハイネはすごかった。
俺に「嫌だ」の一言も言わせずに、こうしてを送らせた。
ハイネいわく、「家の方向が一緒ってだけで理由は充分」だそうだ。

だからこうして一緒のタクシーに乗って家の方向にむかったのだが、いつのまにかは寝てしまっていた。
いよいよ自宅付近だというのに、起きる気配すらない。
今日の今日での家なんて知らないし、住所もわからない。

に起きてもらうしかない。
それなのに、俺の肩でスヤスヤと寝ているに、起きる気配なんてひとつもない。



「〜〜〜・・・・ーっ・・・。」
俺は頭を抱えてしまった。

「お客さん、どうしますか?」
目的地付近ということで、運転手はタクシーを止めた。
最初に聞いていた場所にはついたのだから、少し歩けば見つかるだろう。

「あぁ、降りる。」


ちょうど小さな公園があったので、そこで降りることにした。
俺はを背負ってタクシーを降り、その公園のベンチにを下ろした。
春先とはいえ、夜はまだ寒かった。
寝ている身体には辛いだろうと思い、着ていたジャケットをかけてやる。

「ん〜・・・・っ」
風が変わって、少しは意識を刺激されたのだろう。
がやっと声を漏らした。
・・・相変わらず、目は閉じたままだった。

「まったく。・・・どこまでも変な女だ。」

俺はのとなりに座った。

改めて自分のいる公園を見回してみる。
そこは、公園、と呼んでいいものか迷うものだった。
子供が遊べるような遊具はなにもない。
ただ広いだけの広場、といったほうが正しいのか。



そう思ったとき、俺は奇妙な感覚にとらわれた。


「俺は・・・・ここを、知っている・・・?」


立ちあがって、よくあたりを見る。
記憶の中では、もっと広い場所だった気がする。
俺が大きくなったから、それはしかたのないことかもしれない。
子供の頃というのは、なんでも大きく見えたものだ。

それにしても、こんな住宅街ではなかった気がする。
ずいぶん開発が進んだのか・・・?



そうだ。
空。

俺は空を見あげた。
街頭の明かりが射しこむ今では、真っ暗な夜の綺麗な星空ではなかった。

それでも、記憶が揺り動かされる。

間違いないと、俺が言う。



俺はを振り返った。



・・・?あのときの・・・?」


面影が重なる。

なんで、気がつかなかったんだ・・・!


同じだったじゃないか。
初めてあったときも、今日の再会も・・・!


の俺に接する態度。
ニコニコと笑いかけてくる顔。



「本当に・・・?」


信じられなかった。
こんな物語の中のようなできごとが、自分に起きるなんて。




俺はもう一度を背負って歩き出した。
記憶力には自信がある。
たとえそれが、6歳の頃の記憶でも。




「ほら、着いたぞ。。」
「ん・・・?あれ?」
背中でが動いた。
居酒屋からいきなり自宅前で、記憶が上手く繋がらないのだろう。


・・・というか、俺がここを知っていることは疑問にも思っていないようだ。
俺はゆっくりを背中から下ろした。



「あ、ごめん。重かったでしょ?ありがとう。」
「いいや。むしろ重さを感じなかったぞ。ちゃんと食べてるのか?」
「食べてるよ?・・・あれ、鍵どこだっけ?」
話しながらかばんの中を捜していただったが、見つからないらしい。


「あ、アウル起きてる。よかった〜ぁ。」
横から二階の窓をのぞいて、灯りがついていることを確認すると、ほっとした顔で携帯電話を取り出す。


聞きたいのに、聞けない。

は、あのときの女の子なのか。


タイミングも悪いし、なによりの会話がポンポン進んでいってしまう。
しかも、なぜだ・・・?

緊張している、のか?俺が。




「ねーちゃんっ!」
「やだアウル。制服着替えてなかったの?」

飛び出してきたのは、プラント高校の制服をきた青い髪の男だった。
ねーちゃん、というからには弟なのだろう。

・・・しかし、着崩れすぎだろう、その制服は。

ネクタイはずいぶん下のほうで結わいてある。
(胸より下だ。意味があるのか?)
ブレザーなんて羽織っているだけだ。
(第三ボタンは外すが、それ以外を外しているのはどうなんだ?)


を見ていたアウルは、すぐにの後ろに立っていた俺を見つけた。
上から下まで、決していいとはいえない目線で俺を見ている。


「すいませんでした、姉がお世話になったみたいで。」
とってつけたような笑顔で俺に言う。
「部屋の中あったかいですから、返しますね。あなたが風邪ひいちゃいますよ?」
言いながらの肩にかかっていた俺の上着をとり、俺に渡してくる。
言い方はこれ以上なく丁寧なのに、決して言葉通りに感じない。


・・・なんだ、この挑戦的な態度は。

・・・そうか、これがシスコンってやつか。


「あ!当たり前みたいに借りてたね。ありがとう、イザーク。」
あのニコニコの笑顔でが言った。



その笑顔で、聞かなくてもわかった。

やっぱり、が・・・・。



「送ってくれて、本当にありがとう。イザーク、気をつけて帰ってね?」
ばいばい、と嬉しそうに手を振ってはアウルと家の中へ入っていった。
扉を閉めるとき、何かを言いたそうにアウルが俺を見た。
けれど、それを口にすることなくそのまま扉は閉められた。




俺はきた道を引き返すように歩き出した。
ポケットから携帯電話を取り出し、電話をかける。


「あぁ、イザークだ。こんな時間だが、車を出して・・・・。」
いつものように迎えの車を頼もうと電話をしたものだが、気が変わった。
「いや、いい。歩いて帰る。・・・大丈夫だ。少し、遅くなるが。・・あぁ、今日はもう休んでくれ。」
迎えに行くと何度も言ってくれる運転手を断り、俺は電話を切った。

さっきの広場の前で立ち止まる。


と。



「イザーク!」


さっきの服に上に一枚カーディガンを羽織って、が俺を追いかけてきた。

心臓が跳ねる。


どうしてだ?



息を切らせながらが駆けてくる。
ハァハァと息をつくを、俺は呆然と見ていた。


「よ・・夜遅いし・・・。心配、だから・・・。」
そう言って取り出したのは、ピンク色の携帯電話。

「アドレス、交換しよ?家に帰ったら、帰ったよーってメールくれる?」
赤外線通信の設定に夢中になりながらが言う。
俺はなんと返していいのか、わからないままだ。

「それまで、起きてるから。今日はいっぱい、ありがと!」


そう言って、やっぱりは笑った。






何も、変わっていないと言ったら。
怒るのだろうか。

ちゃんと成長したよ。と。



けれど、俺にとったら変わってない。
外見の明るさにしても、
内面の優しさにしても。




俺を俺として接してくれた、唯一の少女。

俺の名前の後ろにある、マティウスグループに影響されない無二の存在。




『星が落ちたら、また会おう。』



約束を、きっともうは覚えていないだろう。


それでも。




記憶の中で、特別な存在だった彼女が、今、現実となって目の前で笑っている。





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【あとがき】
 やっぱり王子は最初から運命を知っていてもらわないと!
 今回完全パラレルということで、なかなか原作沿いでは扱いの難しいキャラを絡ませることにしました。
 弟役のアウルは、なんだかアウルが言っているというより、佐伯くんがしゃべってる気がしてならないんですが。(汗)
 これはもう中の人つながりで優先出演です。
 
 イザーク王子、仕事じゃないメールを打つのは初めてです。(笑)