こんなふうに、普通に会話したのはどれくらいぶりだろう?
学校でも家でも、普通の同級生のように、年相応の会話をするなんて、あまり記憶にない。
小さい頃から背負わされてきた家や立場は、同級生から俺を孤立させるのに充分だった。
へぇ・・・。
女の子って、こういう笑い方をするのか。
あ、笑うと目がなくなるんだ。
・・・こんなに大きい目なのにな。
〔 DESTINATION −行く先− 〕
〜第二話〜
「よかったー。アスランのおかげでもう大丈夫!」
編入1日目でいきなり迷子になったらしい、彼女、・。
不意の休講によってできてしまった空き時間を、俺はと場所を移動することなくそのまま教室で過ごした。
とはいっても、からの質問に俺が答えるばかりだったけど。
簡単にキャンパスの地図を書いてあげたら、本当に嬉しそうに喜んでくれた。
こんなふうに大学で人と話したのは初めてだ。
「さっきね、この教室くるのにも偶然知り合った情報学部のイザークにつれてきてもらったの。よかったぁ、情報学部で。いい人いっぱい。」
「え?!イザークがこんなところまで直接案内してきたのか?」
「・・・そんなに驚かれちゃう人なの?」
がきょとーんと俺を見た。
「あ、いや・・。そういうわけ・・ではあるかな。」
否定しきれなかった俺に、はぷっと吹き出して、また笑った。
「確かにニラまれたら迫力あった!・・でも、優しかったよ?」
俺はあいまいに笑って返した。
イザークは、ひとくくりにしたら俺と同類。
でも、俺以上に周りとの距離感がある奴だ。
イザークは自分から好んで周りと距離をとっているから。
俺には「あのイザークが?」ってところだ。
でも・・・。
はそんな俺の思考もよそに、ニコニコと笑顔で話を続けた。
たわいのない話だったのに、俺もなぜだか笑顔で話を聞いていた。
初対面だというのに、人懐こい彼女の笑顔のせいだろうか。
そう思うと、イザークの態度も理解できる気がした。
***
事件が起きたのは、休講になった講義の後の、情報学部のみで行なわれる講義終了後だった。
俺はそのままの流れでと一緒に教室を移動して、そのまま、また隣りの席に座った。
講義中も、編入前の講義との進め方に相違があったらしく、何度かに聞かれることがあった。
それも授業の邪魔にならないようにさりげなく。
そういう気遣いはすごいなと感心する。
授業の後で、は今度はイザークのところへ行ってさっきのお礼をしていた。
「たいしたことじゃない。」
と、かなり冷たく返しているイザーク。
それなのにに傷ついた様子もなく、ましてや気にしてる様子もなく。
さっきまで俺に向けていたのと変わらない笑顔で、そのままイザークと会話している。
すごいな。
そう思ってを見ていた。
はイザークに手を振って、その場を離れようとした。
そこを、数人の女子が取り囲んだ。
「編入したばっかりで知らないことが多いみたいだから教えてあげる。」
その声は女性特有の、明らかにトゲのある言い方だった。
「マティウスグループって、知ってるでしょ?世界有数っていわれる企業が、ここにお世話にならないことがないってグループ。
ジュール君はそのグループの将来は跡を継ぐ人。
そしてね、あなたがさっきからずっと張りついているザラ君は、あのIT企業グループのトップ、ディセンベルグループの総裁のご子息よ?!」
あぁ、言われ慣れている。
俺はそっと目を伏せた。
俺の名前が出ると、必ずついてくるんだ。
ディセンベルグループの、総裁の息子だって。
何がそんなにすごいことなのか。
俺が選んだわけじゃなく、俺が築きあげた地位でもない。
それに、それをに告げることがなんで彼女たちなのか。
これで彼女も離れてしまうんだろう。
せっかく、初めての同級生として会話ができた人だったのに。
が俺を見ていた。
俺は目を合わせることができないで、の視線を逃げた。
「へーえ。」
が大きな瞳で俺を見て言った。
俺は、を見ていられなくて、なぜだかイザークのほうを見た。
いつもどおり、聞こえているはずなのに、まったく知らないふり。
いつもの無表情。
・・・いつも、そうだ。
「で?」
「は?」
「・・・え、それだけ?!もっとすごい暴露情報とかは?!」
が返した言葉に、わらわらとを取り囲んできた彼女たちは顔を見合わせた。
予想外。
全員の顔がそう言っていた。
「確かにどっちのグループもすっごい有名だけどさ。あぁ!そっか。」
がぽん、と手を打った。
「私たちって、ラッキー!そんな二人と同じ学部なんて。」
思わずこの状況で吹き出して笑ってしまいそうだった。
を取り囲んだ彼女たちの、ぽかーんとした顔。
・・・噴き出して笑ったらかなり場違いになるから、激しく我慢したけど。
ああ、でも、なんだろう。
すごく喜んでいる俺がいる。
の態度に、彼女たちはもう返せる言葉がなくなってしまったらしい。
一方のはといえば、かなりマイペース。
彼女たちの一人が持っていた雑誌に興味が引かれたようだ。
あからさまに攻撃的だった彼女たちに、まったく臆する様子もなく、話題をふっている。
「あ、私このお店行ってみたかったんだぁ!あぁ!あなたが着てるのこの前出た新作だ!」
いつのまにか輪の中心にはいた。
最初は後味悪そうにしていた彼女たちだったが、すっかりのペースに引きずられたようだ。
不思議な、不思議な。
初めて出会った。
キミのような人に。
***
変わった女だと思った。
最初から。
上をぼーっと見上げたままで後ろにさがっている。
後にあるレンガの段差に気づいているのか、いないのか。
危ないぞ、と声をかけるべきか。
いや、俺はそんな声をかけることはしない。
周りが俺に干渉しないように、俺も周りに干渉しない。
案の定、すっころんだ。
無惨なまでに散らばった教科書。
が、あまりの痛さに当事者は立ち上がれないらしい。
しかたがないので拾ってやる。
他に誰もいないからしかたなく、だ。
その後も、俺が表情一つ変えないのに、そいつはニコニコと笑い会話を続ける。
結局次の講義の場所まで案内することになった。
変わった女だ。
「、か。」
教室からまだ俺に手を振っている女の名前をつぶやいて、離れる。
俺の素性を知って、あの笑顔が変わるのはすぐだろう。
このときはそう思っていた。
その後の教室移動にアスランと並んで入ってきたのを見て、やっぱり変わってると思った。
アスランも俺と同じ部類だ。
案の定、クラスの女どもに取り囲まれている。
・・・余計なお世話だ。
思っても口に出すことはしない。
こういったことには関わらないと決めている。
「私たちって、ラッキー!そんな二人と同じ学部なんて。」
嬉しそうに話すのを聞いて、思わず固まった。
意図せずにアスランを見てしまう。
奴も俺とおんなじ顔で、やっぱり俺を見ていた。
こう評されたのは初めてかもしれない。
変わった女だ。
だからといって、俺が変わることはない。
何も変わらない。
俺は俺のままだ。
俺をどんな目で見てる奴がいるかなんて、問題じゃない。
なのに、なんだ。これは?
こんな女ひとり加わったところで、こんなに変わるものなのか?
「おいしい!ね、ね、これおいしい!飲んでみなよイザークも。」
となりに座ったは、最初に会ったときと変わらない笑顔で、俺にグラスを押しつけてきた。
怪訝そうな顔をしてみせると、少しがっかりした顔を見せる。
「・・・私、風邪ひいてないよ?」
そうじゃないだろ?!
「んじゃ、俺もーらいっ!」
の前の席から、ひょいとハイネ・ヴェステンフルスがグラスを取った。
一瞬で掻っ攫われたため、も「あ」の口のまま固まっている。
「ウマイけど俺には甘いな。」
ぐび、と一口飲んですぐにグラスはに戻る。
「ハイネ大人ー!」
受け取りながらが感心している。
・・・なんだこのテンション。
俺はハイネの真面目な顔しか知らなかった。
「あぁん?浪人して2コ年上だからって、おじさん呼ばりすんなよー?」
「してないしてない。」
「ハイネ自身が気にしすぎよ。」
俺の前の席で、フレイ・アルスターが言った。
蓋を開けてみれば、は俺とゼミまで一緒だった。
カトウ教授のゼミは、狭き門。
ただ希望しても入れないというのに。
・・・こいつ、こんな様子でかなり出来るのか?
ゼミのメンバーはもともと五人。
情報学部の俺とアスラン。
法制学部のハイネとフレイ。
それに、経営学部のディアッカ・エルスマン。
ゼミが解散になればその後の付き合いはなかった。
それが、ひとり入っただけで・・・。
歓迎会をやろうとハイネが言い出し。
が当然のように俺とアスランに声をかけ。
ディアッカには目を丸くして驚かれつつも、に引っ張られて俺はここにきた。
そしてハイネが宣言した。
「いまさらだけど、仲間になろーぜ?」
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