「どんな小さなものでも、救えるものがあるなら俺は、そのために力を使うことを惜しまない。」
イザークがシンの目を見て言った。
「お前のその想いは、プラントだけでなく地球を守ることになる。」
コーディネーターだけでなく、ナチュラルだけでない平和。
失うことの悲しみを知るからこそ、未来を守ることができる。

「俺やを信じてみろ。お前のように、大切なものを失うことがない未来を必ず築いてみせる。」
イザークの言葉に、シンはあっけにとられた。
今日会ったばかりの人間に、どうしてこんなことが言えるのかわからなかった。

それでも不思議と信じられた。
の出産に立会い、イザークの涙を見て。
の言葉にも、イザークの言葉にも、同じように重みがあって、心があった。

二人の心は、復讐のみを思ってモビルスーツに乗りたいと願っていた自分のものとは違う。
違うけれど、とがっていて何も受けつけなかったシンの心に、自然となじんできた。










〔 今日が紡ぐ未来を 〜PHASE:10〜 〕










シンはもう一度のほうを見た。
今はアスランが見た目にもわかるほど、おっかなびっくり赤ちゃんを抱っこしている。
その様子がおかしくて、またとキラが大笑いしている。

自分も、いつかあんなふうに笑えるだろうか。
憎む心を、忘れることができるだろうか。

もう一度イザークを見る。
厳しいほどまじめな顔で、イザークはシンを見ていた。

「わかりました。俺を、プラントへ連れて行ってください。」
自分でも驚くほど素直に言葉が出た。



***



シンがプラントへきてくれると聞いて嬉しかった。
もしかしたら、少しでも私の気持ちが伝わってくれたのかな。
いろいろ無理なことを押しつけちゃったけど、でもシンをこのままにしておけなかった。
シンならきっと、受け止めてくれると思ったから。

これからも一緒なら、ゆっくりシンに伝えていきたい。
一緒に考えていきたい。
未来を、本当に守るということが、どんなことなのか。
ひとつずつ、小さなことから、私にできることで。


私はイザークに向かって笑いかけた。
イザークは「仕方ないな」とでも言いたげに笑っていた。
そしてスヤスヤと寝ている赤ちゃんを抱きあげた。
まだ父親になって数時間しかたっていないのに、赤ちゃんを抱くイザークの姿はまぎれもなく『父親』だった。

「ね、イザーク。名前、いいよね?」
「だめと言ってもは聞かないだろうが。」
赤ちゃんをのぞきこみながらイザークは言った。
あきれたように言ってるけど、でもイザークも思ったでしょ?

フリーダムから降りたときの、空の色。
あの日、オーブで見た空と同じ、オレンジの色。
ナスティの髪が、あの空に溶けるようになびいていた、あの日のオーブの空と同じ。


おくるみにくるまれたままの赤ちゃんが、イザークから私に渡された。
おくるみの上からでも、ものすごい熱が伝わってくる。
あったかい、あったかい身体。
生きているあかし。

「ナスティ。」
その子をきゅうっと抱きしめて、私はナスティを見た。

「この子の名前、ラスティにしたいの。いいかな?」

アスランも、キラも、シンも、イザークも。
いっせいに私の言葉でナスティを見た。
ナスティは予想もしてなかったことに、ただ唖然と私を見ていた。

私を見ていたナスティの右目から、ぽろっと涙がこぼれた。
こぼれた涙にも気づかないで、ナスティはそのまま私を見ていた。
私も、泣いてしまいそうになる自分を、赤ちゃんを抱きしめながら必死にこらえた。

だって、もうこの子は生きている。
ラスティは、ここに生きているんだもん。
泣いたらいけない。

「ほらナスティ、抱っこしてよ。」
私はナスティに赤ちゃんを持ちあげてみせた。
「ラスティだよ。」




***




――― 俺はこのとき、このことがこんなに威力のあることだなんて、思わなかったんだ ―――


「ほらシン、抱っこしてよ。」
あの日と同じように、さんは俺に赤ちゃんを持ちあげてみせた。
3度目のことにすっかり慣れてしまったイザークさんは、不機嫌な顔ひとつ見せなかった。

俺は、涙を止めることも拭くこともできなかった。
今、目の前に差し出されたこの子を、早く抱きしめたかった。
さんは笑顔のままで、俺に赤ちゃんを手渡した。
小さい、3kgにも満たない赤ちゃんが、とても重たく感じた。

「シン兄うえさま、次は僕!」
俺の足元で赤い軍服のズボンをひっぱるニコルを、さんが抱きしめて止める。
「ニコルはシンの次だから。ね?シンのためにもう少し待って?」
それまではお母さまと抱っこよ〜、といつもと変わらないさんの声。

俺はその間も、腕の中の赤ちゃんに見入っていた。
引き寄せられる、ぬくもり。
そうだ、この子は生きてる。

「マユ・・・・っ!」

名前を呼んで、また涙がこぼれた。
イザークさんが、俺の肩越しに赤ちゃんをのぞきこんだ。
「守らないといけないものが増えたな。」
その表情は、いつも仕事中に見せる厳しいものとは違っていて優しかった。

「お前も。頼りにしてるぞ、シン。」
そう言ってイザークさんは俺の頭をがしがし撫でた。
いつもやられるたびに「髪くずれる」と不機嫌丸出しの俺も、今日ばかりは素直にうなずいた。

「・・・おかえり・・・っ、マユ・・・!」
俺はもう一度、腕の中の赤ちゃんを抱きしめた。

マユ、と名づけられたさんとイザークさんの長女は、幸せそうに瞳を閉じて眠っていた。




***



あの戦争が終わって、10年がたとうとしている。
やっとたどりついた平和を、私たちはこれからも誇り、守っていかなければいけない。
傷を負ったものだからこそ、できること。誓えること。

間違いえることは、今もある。
でも私たちは、知ってる。
子供たちを、愛おしみ、育んでいける時間が、どれほど大切かを。

失ってしまった大切な人が戻らないなら、残された私たちは生きていかなきゃいけない。
その心に刻まれた、悲しみや憎しみや涙を、すべてのものを愛おしむ気持ちにかえて。

そんな未来を守るために、私たちはまだ、ザフトにいる。
そのことをただ、誇りに思う。


   すべての、命へ。
   生まれてきてくれて、ありがとう。





   END →あとがき