が本格的に産気づいたのは、その日の夜7時20分のことだった。










〔 今日が紡ぐ未来を 〜PHASE:08〜 〕










尋常じゃない苦しみ方に、俺は正直驚いた。
アカデミーでの訓練でも、入隊してからも、何度も苦しい場面には遭遇した。
が、があそこまで苦しんだ姿を見たことはなかった。

時間にして10分弱。
激しい痛みはそれほどに続く。
腹部に巻いた機械から、陣痛の数値がモニターに表示される。
大きく上がる数値に、その痛みの度合いはいったいどれくらいなのかと心配になる。

一定の周期で痛みを繰り返す。
10分弱苦しんだと思えば、数値がスっと下がりも笑顔を見せる。

「苦しいか?」
数値が下がり、の顔から険しさが消えたのを見て、俺はに声をかけた。
そんなことは当たり前だろうと思うのに、出てきたのはありきたりの言葉だった。
は大きく息をはいた。
「すんごい苦しい。」

そう言っているのに、なぜそんなに嬉しそうに笑うのか。
そもそもこんなにも苦しむものなのか?
が苦しむ時間が長くなるほどに、俺に湧きあがってくる思いがあった。

もうこれ以上、を苦しめないでくれ。

だが、それを誰に言える?
そもそも、どうしては苦しんでいる?

俺のためでもあるだろう?
俺が望んで、が望んだもののためだろう?

苦しめないでくれ。と、誰に言える?


「どうしたの?イザーク。」
に問われてわれに返る。
「いや・・・。」
歯切れの悪い言葉しか返せない。
俺は助けを求めるようにナスティを見た。

「まだ8p。・・・、かなり陣痛はキてるけど、まだイキむなよ。」
「まだ開かないの?子宮口。」
「最初に言ったとおり、10pでお産だから。」
「そっか・・・っ・・った・・い・・・!」

俺まで顔をゆがめてしまった。
それまでとはまったく違う、悲鳴に似たの声だった。

「んー・・・っ!!・・・っぅ〜〜ぁ・・・っ!」
「おい!」
苦痛に顔をゆがめたままで、が俺に手を差し出した。
柄にもなく俺はその手を握って、に呼びかけていた。

「だ・・・っ、だめナスティ・・・!」
の叫びにナスティが数値を確認して舌打ちする。
さっきまでの数値より、数段高い。
「だめだって、。イキむな。ほら、呼吸。イキみ逃し。」

ナスティが穏やかに言って、の隣に立つ。
「ほら、吸って吸って吐いて。」
繰り返すナスティの呼吸法に合わせて、真剣に目を合わせて繰り返す
苦痛に顔をゆがめながら、それでも必死に。

このときの俺は何ができるものでもなく、少しだけ蚊帳の外で。
なぜだか少し冷静に考えいた。
出産といわれてよく想像できる呼吸法だが、ここで使うのか、と。

そうして痛みを逃したは、またふうっと息をはいた。
「今の陣痛、本当に産むときのものだ。たぶん、これ以上強い陣痛はない。
 だけど。お前はまだ産めない。だからイキむな。」
ナスティの言葉に、俺の手を握るの手に力が入る。
初めて、の顔が陣痛以外でゆがんだ。

「ムリかも・・っ、だって、ほんっとに痛いよ・・・。」
。」
はっとして俺はを見た。
弱音を吐いたのなんて、初めてだ。

「イキんじゃだめって、わかる。まだだめって、わかるよ。でも・・・。
 あの痛み、本当に耐えられない。自然と力が入っちゃうよ・・・!」
「苦しいのは赤ちゃんなんだ。」
の前髪を撫でるようにかきあげて、ナスティが優しい目を向けてに言った。

も苦しい。でも、出口がないのに押し出されて、圧迫されて苦しいのは赤ちゃんだ。
 傷つくのは、赤ちゃんだ。・・・な?耐えられるだろ?」

――――苦しめないで、くれ。
もうこれ以上。
それを望むのはにだけでない。
子供にも、だ。

お前は、こんなにも苦しんでるのか?
顔も見えない。
まだ声も聞こえないけれど。
お前もと同じくらい、苦しいのか?

教えてくれ。
俺に何ができるんだ?
俺はただここにいて、の隣にいて、こうして手を握ってやることしかできない。

こんなことしかできないのか?
俺には他に、何ができるんだ?

「イザー・・ク。」
かすれた声で、が俺を呼んだ。
俺は、の手を握る自分の手に力をこめた。

「ね、怒ってよ。次に陣痛がきて私がイキんだら、怒って。」
「・・・・・・。」
「私、もう絶対赤ちゃんを傷つけたくない。それでもあの痛みはすごいから、我慢できるかわかんない。
 だから、もし私がイキんじゃったら、イザークが私を怒って。」
「何を言って・・・。」
だが、の顔は真剣そのものだった。
俺は、の手を握りなおした。
「・・・あぁ。怒ってやる。覚悟しておけ!」



***



それから5回、はあの陣痛に苦しんだ。
最初の2回は「イキみをのがせた」と笑顔を見せたが、あとの3回はもう声も出ないほどに苦しんだ。
それでも、苦しませないでくれ、とはもう思わなかった。
俺はに怒鳴ってやることしかできなかったが、それでが少し笑顔を見せる。
そんなことでも、俺にできることがあることが救いだった。

子宮口が全開になって、イキんでいいと言われたは子供のようにはしゃいだ。
産む本番がこれからだというのに、まったく不安の色はなかった。
あとでこのことをに聞いたところ、
「だって、本当にイキみのがしが辛かったんだもん。イキんでいいって言われて、やっとだ!ってほんっと、嬉しかった。」
と言っていた。
ようやく産んであげられるという喜びのほうが大きくて、不安に思うことなんてなにもなかったと。

「シン。」
が自分の頭の上にいるシンを呼んだ。
さすがに陣痛で苦しんでいる間は話すことなんてなかったが、シンもが苦しむ様子をずっと見ていた。
いざこの場に居合わさせられて、逃げ出すかと思えばシンはずっと分娩室にいた。
がこれにこだわったほどの価値が、きっとシンの心にも引っかかっていたのだろう。

「ちゃんと、見ててね。これから私、未来を産むから。」
その言葉に、シンは文句を言うでもなくうなずいた。
俺はそれを見て、のことをとても、誇りに思った。





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【あとがき】
  反則なイザーク一人称!実は初挑戦?
  いろんな気持ちに揺り動かされて、ごっちゃごっちゃでイザーク自身にもよくわからない。
  という、書いていてもわからなくなって大変な回でした。(笑)
  でも父親って、おなかで10ヶ月育てたわけじゃないし、
  出産立会いながら父親になる部分はあるかなぁって思いながら書きました。
  そして出産におけるイザークの役割、「怒ること」。
  いや、なんか一番イザークらしくできることって、何かなぁって思ったら・・・です。
  ふざけてるようですが、実は真剣です。