茜色に染まった空を、トリコロールの機体がゆっくりと降下してくる。
あれは、戦争中何度も目にしたキラのフリーダム。
「モビルスーツ・・・!」
私のとなりで、シンが身体を固くした。
「シン。」
私はシンの肩に手を置いて、首を振る。
ちがうから。
アレはあなたを殺さない。
だって・・・。
アレに乗っている人たちは、この平和の意味を一番よく知っているから。
〔 今日が紡ぐ未来を 〜PHASE:07〜 〕
地上に降りたフリーダムのハッチが開いて、中からキラが手を振った。
その後ろには、白い軍服を着たままのイザークがいる。
・・・・怒って、るのかなぁ・・・・。
嫌な汗を陣痛のせいにして、私は笑顔で手を振り返した。
「別に怒ってなどいない。」
恐る恐る聞いた私に、イザークはいつもの調子で答える。
「追加議案も出なかったから、議会は終了した。心配するな。それよりも・・・。」
言いながらイザークはナスティを見た。
「の容体を教えてくれ。」
ナスティはひとつうなずくと、私の隣に腰かけた。
イザークの後ろには、見守るようにアスランとキラとシンが立っている。
なんだか緊張するかも。
「普通は父親にしか話さない。これから出産ってときに、余計な心配はかけたくないからな。」
ナスティはイザークにではなくて、私にむかって言った。
「でも、のけ者にしたほうがは怒るだろ?」
私は苦笑いをナスティに返した。
そのとおりです。
「ってわけで、にもそのまま話す。
これから、・・・そうだな。だいたい4時間以内には出産になる。
お産ってのは、当たり前の、安全なことだと思われがちだ。
けど、実際は違うこともある。」
「ナスティ、それは・・・。」
ナスティの母君のことを思い出して、私はナスティの手を握りしめた。
いつか昔、とても苦しい顔で打ち明けられたことがある。
ナスティとラスティの誕生日は、決して喜べるだけの日ではないと。
けれどナスティは、穏やかな顔で笑っていた。
「大丈夫だよ。とイザークでもう何人目だと思ってるんだ?
そう。お前らも知ってるとおり、オレはお産で母親を亡くしてる。
100%、安全とは言い切れない。何があるかわからないのが本当だ。
同じお産なんてひとつとしてない。にはの、今回きりのお産だ。
考えたくはないけどな、もしも・・・。」
ナスティはそこで一度言葉を切った。
私たちはナスティが話し出すのを自然と待った。
口を開いたナスティは、イザークだけを見て言った。
「最悪、母体と子供、どっちかを選ぶ状況になったら、イザーク。
おまえ、どっちをとる?」
アスランが何か言いたそうに前に出たけど、キラに無言で止められた。
アスランは渋々、といった具合に言葉を飲みこんだ。
私もただ、じっとイザークの答えを待った。
イザークは少し笑みをこぼしてナスティに言った。
「冗談言うな。どちらを選ぶわけもない。」
イザークがきっぱり言い切った。
ナスティがなんともいえない笑みを浮かべて、椅子に座りなおした。
「選んだ奴なんていねーよ。」
ナスティがそうはき捨てると、イザークはますますふんぞり返る。
「当たり前だ。」
二人のやりとりに、あっけにとられている私たち。
それならなんでナスティは、そんなことをイザークに言ったんだろう。
私の不思議そうな顔に気づいて、ナスティが私を見て言った。
「なにがあるか、わからない。それを言いたいんだよ。」
ナスティが私の手を軽くたたいた。
『安心しろよ』
その動作が、私にそう言っているようだった。
「100%安全じゃないし、産むのだって楽じゃない。」
イザークを見て、そして私を見て、ナスティが言った。
「うん、わかった。がんばるね。」
イザークはひとつうなずいて、私はそう言ってからうなずいた。
私の言葉を聞いて、ナスティは立ち上がる。
「大人になったなぁ、イザーク。」
にやっと笑って言うナスティに、あきらかにカチンとした顔のイザーク。
病院の中に軍服で腕を組んで座っているのって、すごい威圧感なんだけど。
そんな顔したらますます威圧されるよね。
ナスティだからまったく動じてないけど。
「『そんなもん選べるかーっ!』って、机ひっくり返されると思ってたぜ?」
「僕はさっき怒鳴られたけどね。」
上手くまとまったと思いきや、キラのはなった一言に、私はぷっと笑い出してしまった。
笑ったとたんにじんわりと陣痛が襲ってくる。
「いてて・・・。」
「!大丈・・ふがっ?!」
アスランが血相変えて言いかけたけど、キラに口を抑えられてもごもごしてる。
「あのね、アスラン。君は父親じゃないんだから。」
そうキラに諭されているアスランを見るシンの目が、はてしなく冷たい。
いつもはこんな人じゃないんだけど―――・・・。ってセリフは、もはや虚しいだけ??
「笑ってるってことはまだ弱いな。」
ナスティがかがみこんで私のおなかを触りつつ聞いてくる。
すでに陣痛が治まっている私は、いつもの顔でうなずいた。
「ま、声に出るくらいの痛さになったんじゃ、今日中に産まれるよ。」
「うん。」
「あのー、俺そろそろいいですか?」
シンがおずおずと手をあげて言った。
「イザークさんも来たし、もういいんじゃないですか?」
「だめ!シンには産まれるまでいてもらう。」
「またなにを無茶苦茶言ってるんだ?お前は。」
イザークにはまだシンのことを何にも言ってなかったっけ。
「無茶苦茶でもシンには立ち会ってもらうことに決めてるの。」
「〜〜〜・・・。」
イザークが頭を抱えた。
あ、だめだ。
このままじゃイザーク爆発しちゃう。
「出産前によく話し合えよ。俺たち席はずすから。会うのだって久しぶりだろ?」
さすがにナスティはイザークの性格をよく把握してる。
そのままドアに手をかけて、ナスティが言った。
「お前らいくぞ。」
促すようにアスランとキラとシンを外に出す。
「なにか異常があったらすぐ呼べよ。」
最後にそう言ってナスティも部屋を出て行った。
***
「アイツはなんだ。」
「シン・アスカくん。ナスティの仕事の関係でお手伝いした孤児院にいた子。」
「が連れてきたのか?」
「そう。破水したときに一緒にいて・・・。あ、さっきも言ったけど立ち会ってもらう気でいるんだけど、いい?」
「〜〜〜・・・、いいか悪いかは話を聞いてからだ。」
夫婦なのになんだか尋問されてる気分。
ここで「そんな話聞くかー!」って怒鳴られるよりマシかな?
「私が刻んだ傷が、シンに残ってる。」
「なんだと?」
私はにこっとイザークに笑いかけて、それからシンの生い立ちを話した。
「シンが家族を失った場所に、私はいた。・・・モビルスーツに乗って。」
オーブ連合首長国。
知らなかった、気づかなかったことを私に教えてくれた国。
それまでわかりあえなかったキラとアスランが、初めて本当の言葉を交わせた国。
そこで、シンは家族を失った。
「私にとってあのオーブでの戦いは、どちらかといえばいい記憶だった。
初めてわかりあえて、初めて戦争の意味を理解して、戦ったものだったから。
・・・でも、いい戦いなんて、やっぱりないね。あの戦いで犠牲になった人たちも、当然いるんだもん。
シンにとったら、あの日あの場所で、モビルスーツに乗っていた人はみんな家族を殺した者。
私は、シンの家族を殺した人間のひとり。だから、見せてあげたかったの。
そうやって人を殺してきた私が、子供を産むってことを。
もう二度と過ちを繰り返さないことを、子供にちゃんと伝えていくってことを。
それが贖罪になるとは思わないけど、それでも少し、シンの心が救われたらいいなって思って。」
一気に話し終えて、イザークの顔を見る。
さっきからひとつも表情が変わってない。
そりゃね、出産だけじゃない問題を持ちこんでるのは私だから、文句は言えないけど。
イザークは難しい顔をして考えていた。
と、思ったらギャグみたいにずるずるソファに身を沈めた。
・・・ナニゴト?!
イザークの行動に目が点になった。
目が合うとイザークは恨めしそうに私を見た。
「・・・俺は、はっきり言って理解しきれていない。」
「ハイ。」
そうだよね、立会い出産にきてみればこんな事態になっていて・・・。
確かに混乱するのはわかる。
「自分が出産するってときに他人の心配なんて・・・。」
「ハイ。」
「本当にらしいな。」
「ハイ。・・・え?」
最後の言葉が笑顔で返ってきたので、思わず聞き返してしまった。
「出産に対して、不安だったり怖かったりとかは、してないのか?」
「あ、えと・・。うん、考えるとどうなるのかなって思うけど、早く赤ちゃんと会いたいなーって思うほうが強いし。
それに、とりあげてくれるのはナスティだもん。親友がいてくれて、イザークがいてくれたら、怖いことなんてないよ。」
「ナスティの話を聞いても、か?」
「うん。たとえどんなことになっても、大丈夫。私がいなくても、イザークならちゃんと育ててくれるでしょ?」
「ばっ・・!かが!」
イザークが勢いよく椅子からソファから立ちあがった。
「・・・を失う気はない。」
大声はまずいと思ったのか、イザークは声を抑えて続けた。
「離れている間、考えていた。と、子供のことだ。心配だったこともあるが・・やっぱり楽しみだった。
早く会いたいと、そう思っていた。だからキラが迎えに来たとき、フリーダムに乗っていて、すごく・・・その、なんだ。
待ちきれない、というか・・。味わったことのないような、不思議な気持ちだった。
これから俺の子供が産まれてくる、というこのなんとも言いがたい気持ちを、父親になることなのだと、俺はそう受け止めた。
俺はこの気持ちを、と一緒にこれからも大切にしていくつもりだ。だから、を失うつもりはない。
・・・ちゃんと、言ってきた。の父君と、母君にも。」
「え・・・・」
「あわただしかった、がな。どうしてもとキラに頼みこんだ。
子供というのは、ものすごい力を持っているんだな。自分が親という立場になって、初めて知る気持ちがあった。
今までも感じていないわけではないが、こんな思いで俺を産んで育ててくれた母上に、感謝したんだ。
だから墓前に、これからが子を産むことと、無事に産まれることを祈っていてほしいと父君と母君に頭を下げてきた。
・・・俺は、の父君にも母君にも、孝行することができなかったからな。それも詫びてきた。」
ひとつ、ふたつ、涙が零れた。
イザークの心がすごくあったかくて、嬉しくて・・・。
私はこんなわがままばっかりしてるのに、イザークはこんなに私の気持ちを汲んでくれてた。
私の両親に孝行できなかったことなんて、イザークが謝ることじゃないのに。
イザークと結婚したときにはもう、お父様もお母様もいなかったんだから。
「すごいよイザーク。ありがとう。」
胸がいっぱいになって、言いたい言葉はいっぱいあったのに、ありきたりな言葉しか出てこなかった。
それでもイザークは笑ったままで、私の頭をぽんぽんとたたいてくれた。
「こんな気持ちを、はシンに教えてやりたいんだろう?違ってるか?」
さっきまでナスティが座っていた私のとなりに座りながらイザークが言った。
「そう。・・そうなの。言葉では上手く伝えられなくて・・でも、シンにわかってほしくて・・。
私たちは、大切なものを奪いもしたし、奪われもしたけど・・。でも、つながっていくんだって。
自分のいる場所、未来を、ちゃんと正しい方法で守っていくってことを、伝えたかったから。」
ナチュラルも、コーディネーターも、間違えたことはいっぱいあった。
だから私も、シンも、両親を、家族を、失った。
それでも正しい未来を、私達はつないでいる。
過ちは繰り返さない。
私たちは、争うことで自分達を守ろうと思っていないから。
「憎しみでいっぱいのシンの瞳に、別の未来を教えてあげたい。」
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