「だめだよ、汚れちゃうから。」
破水して流れているものは、赤ちゃんが入っていた羊水。
透明で、鼻につく臭いもないけど、服を濡らしてしまうことにはなる。
「いいから座れよ。」
シンは私の手を引いて、早く座るようにうながした。
〔 今日が紡ぐ未来を 〜PHASE:05〜 〕
立っているのがツライのは事実だったので、私は思い切って甘えてみることにした。
「ありがとう、シン。」
「いいよ、そんなの。それより、どうやって病院行くんだよ。オレ、バイクしか乗れないし・・・。」
「ナスティが迎えは準備してくれるって言ってたから平気。ありがとね。」
シンは、不器用ながらも私を心配してくれていた。
そんなシンの様子を見ていて、私はどうしても彼に言いたいことができてしまった。
もしかしたらこれで、シンの心が変わるかもしれない。
そんな期待をこめて。
私はついにそれを口にした。
「ね、シン。病院に一緒に来てほしいんだけど。」
「別にいいけど。」
「産まれるまでいてほしいんだけど。」
「はァっ?!」
このシンの顔。思っていたとおりだ。
反応がね、シンは一直線でわかりやすい。
知り合ってから短時間しかたってないけど、話した内容はとても深かった。
だから、シンのことは大体理解できたと思ってる。
きっとシンには、私の出産を見せてあげないといけないんだ。
伝えていくことが、生き残った私たちの使命。
「シン。見届けてほしいんだ。
人を殺してきた私が、子供を産むの。
シンの家族を殺したことと同じ私が、未来をつくる瞬間。
産まれてくる未来に、私たちが伝えていくこと。伝えなきゃいけないこと。
それが、私たちがあの戦争で背負ったものだから。
その思いを忘れれば、また同じことが起こるよ。
もう誰も、私のように殺したり、シンの家族のように殺されたり・・・。
そんなこと、あったらいけない。
それを伝えていくことが、私の使命だと思ってる。
傷を負ったものだからこそ、何より望む平和。
それが覆ることのない世界。
シンなら伝えていける。
家族を殺した敵をなぎ払う力でなくて、
二度とそんなことで家族を失う『シン』が、産まれることのないように・・・。
守るための力と、貫くための勇気を・・・。
私も未来に残していく。伝えていく。
お願い。その瞬間を、シンにも見届けてほしいの。」
私の懇願を、シンは黙って聞いていた。
伝えたいことが多すぎて、自分でもうまく話せたとは思わなかった。
それでも、私がどれだけ本気かは伝わったと思う。
そのとき、頭上でパラパラとプロペラの音がした。
「ヘリ・・っ?!」
見上げたシンは、目を丸くして驚いていた。
「・ジュールさんですね?ナスティ・マッケンジーさんからの依頼でお迎えに参りました。」
「ありがとうございます。」
私はシンの肩に手を乗せて立ちあがる。
シンから貸してもらった上着を、しっかりと右手に持った。
「お願い、来てくれるよね?」
左手をそのままシンに差し伸べる。
シンは嫌そうな顔で、私から視線をそらした。
「シン。」
もう一度名を呼ぶと、今度はシンはちゃんと私を見た。
「行くだけなら・・・行ってやるよ。」
そう言って私の左手に、自分のてのひらをぱん、と叩いて合わせた。
私はにっこり笑って、その左手首をぎゅ、と握った。
***
病院に着いてナスティにシンのことを話した。
ナスティはナスティで、先生から聞いていてくれたらしく、シンのことは強く聞かれなかった。
「お前なりの考えがあんだろ?」
そう言ったナスティに、私は大きくうなずいた。
「そんなことより、まずは初期治療だ。」
話したいことはいっぱいあったけど、私の身体が今はそれを優先させてくれない。
なんたって破水してるから、これでも。
「陣痛は?」
「全然ない。」
「そっか。・・・とりあえず赤ちゃんの様子見るか。」
「はーい。」
「ところでイザークは間に合うのか?」
ナスティにそう言われて、私は固まってしまった。
やばい。
シンにばっかりかまってて、何にも連絡してない。
いやいや、オーブとプラントで直接会話できる回線なんて、そもそも個人で持ってるわけがないけど。
そのための連絡ルート、押さえてもらっておいたのに。
私の顔を見たナスティは、さすがに事を察した。
「。お前何もやってねェな?」
私は苦笑いのままでうなずいた。
ナスティがわざとらしく、大きなため息をついた。
「おい、シン。」
ナスティは携帯電話をぽん、とシンに投げた。
突然振られた会話に驚きつつ、シンは携帯電話を受け取っていた。
反射神経いいね。
「悪いな。コイツに代わって連絡してくれ。」
ナスティは言いながら、サラサラと紙にペンを走らせる。
「の状態と、プラントのイザークにすぐこいってことだけつたえてくれりゃあイイから。」
書き終わったそれを、ぴんっとはじいてシンに渡す。
その紙を見たシンは「へぇー」と声を漏らした。
「カガリ・ユラ・アスハって、オーブの代表とおんなじ名前。すごい名前の友人ですね、さん。」
私はナスティに連れて行かれながら、シンに向かって「あははー」と笑った。
「それ代表ホンモノ。私用携帯電話だから本人が出ると思うよ。」
「は?本物??」
間の抜けたシンの声を聞きながら、診察室の扉は閉められた。
イザークが間に合うかどうかは、すべてシンのこれからの行動にかかってる。
(ごめんね、シン。)
私が引きずりこんでしまったこの事態に、ちょっとだけ心の中で謝った。
***
「本・・物・・・・?」
シンはナスティから投げてよこされたメモ用紙を、じっと見た。
だからといって何になるわけでもないのだが。
いきなり自分の国の国家元首の私用携帯電話のナンバーを知らされて、動揺しないはずがない。
しかもそこに電話しろなんて、今までのシンの人生からはまったく予想だにできないことだ。
を連れてった医者は、シンに反論すらさせてくれやしなかった。
いや、むしろ反論したらシンの身が危ういと感じさせる空気があった。
政治家や首長なんてものには縁がないが、シンは肝だけは据わった男だった。
「あーもうっ!なんで俺がっ!」
と、携帯電話にむかって怒鳴りながら、迷わずメモのとおりに電話をかけていた。
コールたった2回で相手が出た。
「もしもし?!か?どうした?!産まれるのか?!」
いつもTVのむこうで聞いている声が、本当に携帯電話から聞こえてきた。
「すいませーん、俺代理なんです。さん、検査のために分娩室に―――」
「なにィっ?!もう産まれるのか?間に合わないじゃないかっっ!!」
シンの話を最後まで聞かずに、カガリが電話のむこうで怒鳴った。
「でもまだ陣痛ってのはきてないって言ってましたよ。」
カガリが人間味あふれる応答だったので、緊張が一気に解けたシンが言った。
「ただ、プラントのイザークって人にすぐ来いって伝えてくれってさんの医者が言ってました。」
「あぁ、ナスティか。参ったな、私はこのあとに会議があって・・・。そうだ。」
カガリの言葉に、シンはなんだかすごく嫌な予感がした。
back / next