忘れない。
俺は忘れない。

マユの服がまだ、風に揺れてた。
その服に包まれていたのはマユの腕だけ。

俺の家族を殺したモビルスーツは、今起こったことなんて気づいてない。
まだ俺の頭の上を、執拗に飛び続けていた。
その戦闘行為が、誰を殺したのかも知らないままで。

力が欲しい。
力があれば、俺は今すぐあそこに飛んでいって、やつらを全部墜としてやる。










〔 今日が紡ぐ未来を 〜PHASE:03〜 〕










一度話し出したシンは、きちんと最後まで話をしてくれた。
話の中で彼に思うのは、悲しみを消してしまっていることの痛さ。
痛みを感じて悲しみを感じているはずなのに、シンはそれを否定している。
そしてその思いを「力が欲しい」という復讐だけにむけている。
力を欲しがる本当の理由が、家族を失ったことへの悲しみに続いているのに。

「戦争が起きたら、シンはモビルスーツに乗りたいの?」
「そう。だからザフトに入りたい。」
「なんで?」
「なんで、って?」
「モビルスーツに乗って、敵を討ちたい?」

私の質問に、シンは「なに言ってんだコイツ」ぐらいの不可思議な顔をしていた。
確かに私が聞いているのは、当たり前のことかもしれない。
でも、その行為の本当の意味が何かを知らないままでは、シンが悲しすぎる。

私は、痛みと一緒に知ったから。
その本当の意味を。
そして痛みは、傷は、癒えることをもう知っている。
それをシンに伝えたいと思った。
それは同時に、今、私のおなかにいるこの子にも伝えていきたいこと。


「だってシン、両親もマユちゃんも、そのモビルスーツに殺されたんでしょ?それなのに?」
「殺されたからだよ!」
瞬時に返された言葉に、懐かしい人の言葉を思い出す。
あの言葉を聞いたのも、この国だ。

『お前が誰かの夫を殺せば、その妻はお前を恨むだろう。
 お前が誰かの息子を殺せば、その母はお前を憎むだろう。
 そしてお前が誰かに殺されれば、私はそいつを憎むだろう。』

私もシンと同じだった。
殺されたから、ナチュラルを憎んだ。
力を欲した。
憎しみの連鎖を断ち切ることができずに、戦争の中にいた。


「俺は、本当はもうオーブにすらいたくないんだ。だいっ嫌いだ、こんな国。」
「育った国なのに?」
「俺の家族を殺した国だよ。オーブは、・・・。オーブは確かに『中立を貫く』って理念は守ったよ。でも、俺の家族は守られるどころか殺された。」

シンは、憎しみの連鎖に囚われていたひとりだった。
この国にいたときの私と同じ。
それでも今の私があるのは、この国にきたことに他ならない。
この国にこなければ、知らないことがいっぱいあった。


言葉で思いを伝えることは難しかった。
あの頃感じた痛みや思いを、どうやったらシンに伝えられるだろう。
力をふるったことの代償を、私はよく知っているのに。


視線を泳がせて波間を見たとき、ひとつの場所が思いついた。
ここから遠くない、なにもない小さな小島。
もしかしたら、あそこなら、伝えられるかもしれない。



***



「ここなに?ねぇ、さん。あんた妊婦なのにそんな動きまわっていいわけ?」
顔をしかめながらシンが言う。
「へーき平気。妊婦だからって病気じゃないし。」

切迫流産、切迫早産、妊娠中毒症。
妊娠中のリスクはたくさんある。
でも幸いなことに私はどれにも苦しまなかった。
つわりもほとんどないまま終わっちゃったし。
やっぱり鍛え方?(それはない。)


島は最後にきたときより、だいぶ自然の姿に戻っていた。
焼け焦げていた岩肌には、小さなコケが生えている。
「うわ。これどうやったらこうなるわけ?」
シンが岩のひとつに目を留めた。

鋭利なもので削りとられた痕。
自然の力ではない、不自然な傷痕。
この傷を、私は知っている。

あの日、この岩にはシュベルトゲベールが刺さっていた。
この場所で、ニコルは死んだ。
私は岩の傷を優しく撫でながら言った。

「ここで、私の大切な友達が死んだ。」
「・・・・ここで?」
「そう、ここで。この傷は、そのときのもの。」

もうここには、唯一それだけが戦争の傷痕。
それなのに、私には臭いがした。
あの、ブリッツが焼け焦げる臭い。
鉄が燃えるときの臭い。
まだ、忘れてない。

「友達の名前はニコル。ニコル・アマルフィ。ザフトの士官学校、アカデミーにいたときからの大切な友達だった。」
さんはモビルスーツに乗ってたの?」
「乗ってた。でも嫌いだった。モビルスーツで敵を討つのは、命を奪う感覚に遠くなるから。」
「そうだよ!俺の家族を殺したあいつらも、そんなこと考えちゃいない。」
「考えてないってことはないと思う。でも、意識は薄くなってるかもね。・・・そうやって毎日戦争していると。」

戦争の恐ろしいところはそこだ。
感覚が麻痺してくること。
慣れてしまうこと。
私もそれが怖かった。

「シン。私の話、長いけど聞いて?あんまり遠くない昔話。私が知ってる、前の戦争。」
私は岩肌にストンと腰を落とした。
シンも無言のまま適当なところに腰をおろした。
その行動をシンの無言の了解ととって、私は話を始めた。



「さっきも言ったけど、ここでニコルが殺された。殺したのは、私の大切な幼なじみだった。」
「はぁ?!」
ギャグのように軽くずっこけたシンが、驚き顔で私を見てた。
「彼の名前はキラ。コーディネーターなのに、地球軍のモビルスーツに乗ってた。友達の、ナチュラルを守るために。」
「知って・・たのかよ。後から知ったんじゃなくて?」

私はうなずく。
ずっと知ってた。
アスランと一緒に、ずっと二人知ってた。

「ナチュラルの、大切な友達を守りたいってキラは言ってた。だからモビルスーツに乗ってるんだって。
 じゃあ、私は?って思った。私は大切な友達じゃないの?って。」
まるで子供だった。
選べるはずなんてないことに気づかなかった。
自分の立場と気持ちだけで、キラの立場と気持ちを思いやる余裕がなかった。

「でも私だって同じ。ニコルもキラも、どっちが大切かなんて私にも選べない。
 それでも、キラがニコルを討ったとき私は、キラを殺してしまいたいぐらいキラが憎かった。」




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