出産が近づいて、私は地球に降りた。
それからはナスティの家兼病院でお手伝いをしながら生活した。
久しぶりのナスティとの生活は懐かしかった。
その生活の中で彼と出会ったのは、本当に偶然だった。
でも、彼と出会えたことは彼にとっても私にとっても大切なことだったと思う。
〔 今日が紡ぐ未来を 〜PHASE:02〜 〕
「はーい、順番に並んでね−。」
大きなおなかが子供たちに当たらないように気をつけながら、私は全体に声をかける。
普段見慣れない医者を前にした子供たちは不安そうな顔つきだ。
かたや診察している医師は、一言一言話しかけながら聴診器を当てている。
白衣も着ていないので一見するとただのおじさんだ。
「白衣着てるとそれだけで子供は緊張しちゃうからね。」
と言って、白衣を着ないのは彼のポリシーらしい。
終戦後、彼は多くの同士と共にこのオーブへ亡命していた。
偶然にしろ、彼の仕事を手伝うことになったことは不思議なめぐり合わせだと思った。
数年前までの彼は、軍服の上から白衣を着ていた。
私とは違う軍服を。
そして私は、彼も乗っていたその艦を、違う軍服を着て堕とそうとしていた。
あの艦さえ堕とせば、戦争が終わると思っていた。
「さぁ終わり。ちゃーん、おつかれさま。」
「はーい。」
ここは、オーブにある孤児院。
定期検診としてナスティのところの看護婦さんがついてくるはずだった。
ところが急にお産が始まった妊婦さんが出てしまって、私が代役をすることになった。
雑用が主のお手伝いだったから、できたようなものだけど。
「おっきなおなかなのにごめんねー。はってない?」
「えぇ、大丈夫です。やっぱり鍛えてるから頑丈なんですかね?」
「うーん・・・。確かに鍛え方は普通じゃないけど、そんなこともないでしょ。」
そんな会話をしていたら、ドアがカタンと開いた。
「終わったんですか?俺、もうここ片づけてもいいですか?」
入ってきたのは黒い髪に赤い目が特徴的な少年だった。
「終わったよ。ちょうどいいから君も診てみよう。」
「いいですよ、俺は。健康だから。」
「そういう子に限って危ないの。」
彼は少年を強引に座らせて聴診器を当てる。
「ちゃんと食べてるかい?シン。」
「普通です。」
シンと呼ばれた少年は、無愛想ながらも素直に従っていた。
くる、と背中を医師へ向けると、ちょうど私と向き合う形になった。
シンは不思議そうに私を見ていたけど、やがて先生が言った。
「そういえばシン、君は今でもザフトに入りたいの?」
先生の唐突な言葉に、私のほうが驚いた。
シンは顔色一つ変えずに言った。
「もちろん。」
シンの答えを受けて、先生が私を見る。
私はあいまいな苦笑いを先生に返した。
そのやりとりを、シンが不機嫌そうに見ている。
「へん?文句ある?」
それは私に対しての言葉だった。
私が困ったようにしていると先生が意味ありげに言った。
「話してあげてくれるかな。」
「え・・・。」
私が何を話してほしいのかわからないままでいると、先生は言った。
「俺はね、彼の身体より心を健康にしてあげたいんだよ。」
「余計なお世話。」
私に言った先生の言葉を、シンが横から口をはさんで却下する。
口ではそう言いながらもシンの本心が別にあるような気がして、私は思わず口を開いた。
ツンツン系の男には普段から慣れてるから、なんだか親近感。
「私、現役ザフト軍人だけど?」
私の言葉を聞いた瞬間にシンの顔が変わった。
***
「なんでザフトに入りたいの?」
話の流れから私はシンを外に連れ出して切り出した。
海から吹いてくる風は、ナスティのところよりも潮のにおいがした。
丘の上と砂浜とでは、こんなに違うんだと肌で感じる。
なにもかもがコントロールされたプラントとは似ても似つかない。
「力がほしいから。」
答えたシンの黒髪を、風が乱暴に吹き抜けていく。
シンはうるさそうに髪を両手で押さえつけた。
「力?」
思わず私は聞き返していた。
シンは内面をよく知ろうとしなければ、態度の悪い少年ととらえられてしまうんだろう。
実際シン自身もそうとわかっていて、わざとそんな態度をとっているように見える。
それはすなわち、触れてほしくない内面を持っていると言っているようなものだ。
シンは私をちらっと見ると、少しだけ意地悪く笑った。
「俺ねー、殺されてんの。親と妹。」
私はその言葉に驚かなかった。
そんなことだろうと思った、とも言えなかったけど。
シンはとり立てて何の反応も示さない私を、少し不機嫌そうに見ていた。
あの告白をすれば、たいていの相手は顔を曇らせてきたのだろう。
でも私の立場も彼と大差ない。
顔色を変えない私に、冷たい女だとでも思ったのだろうか。
シンはまたフイ、と視線をそらすように海を見た。
「戦争が起きないなんて、誰に言える?俺はこの国で、平和で、中立で、戦争なんて起きませんって中で生きてた。」
「うん。」
「それがさ、突然だよ。アスハの全周波放送があったと思ったら、地球軍の攻撃が始まった。
昨日までキャンプしてたのにさ、いきなり戦争だって。」
覚えてる。
だって、私もそこにいた。
「地球軍の標的が軍事施設で、避難の手段は調ってるから安心して逃げろって放送があった。
でも始まったら標的なんて全部だ。・・・すぐ目の前に、オーブの避難艦が見えた。
俺たちは丘の上からそこを目指して走ってた。その間も俺たちの頭のうえをモビルスーツが何機も飛んでた。
妹が、・・・携帯を落したんだ。最近やっとで買ってもらった携帯で、マユは宝物みたいに大切にしてた。
丘の下に落ちてった携帯を、マユは絶対拾うって言って聞かなかった。だから俺が丘を降りたんだ。
マユの携帯拾った瞬間だよ、モビルスーツがすごく近くに降りてきた。と思ったら、背中からすごく熱い風が吹いてきて、
俺は吹き飛ばされた。振り返ったら、もう、なかったんだ。」
ざわ、と身体が震えた。
あまりにも無気力に、無感動で話すシンが、見ていてとても痛い。
「俺のいた場所。抉り取られたみたいになくなってた。俺の、家族ごと。」
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【あとがき】
最近のライナさんのシン贔屓がみてとれる(笑)
シンの家族を吹き飛ばしたのは誰か、はスルーします。
キラだったらぐちゃぐちゃになるので。