オーブ領域にある小高い丘の上に、白い南欧風の建物がある。
乾いた海の風を受けながら建っているそれは、前大戦後に建てられた。
個人の邸宅にしては少し大きいかな、という印象を受ける。

その邸宅の前にはたくさんの物干し竿が並んで、そのすべてに白いタオルが干されている。
白いタオルの海を作り終えた私は、ふーっと息を吐いて洗濯籠を地面に下ろした。
目線が下に向くと、目に飛びこんでくるのは私の大きなおなか。
・・・ずいぶん大きくなっちゃったなぁ。

私は一息ついた後で、大きくなった自分のおなかを撫でた。
自然と笑みがもれてしまうのは妊婦の特権。
もう一年近くもこうして付き合ってきたんだから、特別だよね。


ー!終わったらもう休みなよー!」
家の中からナスティの声が飛んでくる。
「はーい!じゃあお茶淹れるねー!」
私はナスティに負けないくらいの大きな声を返した。










〔 今日が紡ぐ未来を 〜PHASE:01〜 〕










「地球で産む。オーブで産む。ナスティにとりあげてもらうの。」
妊娠がわかって、私は最初にそうイザークに宣言した。
産婦人科医としてオーブで新しい人生をスタートしたナスティ。
それを聞いたときから私はこうと決めていた。
赤ちゃんは絶対に親友のナスティにとりあげてもらうと。


「俺はプラントでの仕事もある。地球で産むとなれば立ち会えるかどうかはわからんぞ。」
渋々、といった感じでイザークは私に言った。
イザークは現在は軍に籍を置きながらも、最高評議会の臨時議員も勤めている。
プラント・地球共に復興へ向けての課題は多いから、大変そうだ。

でも、私が気になったのは別のこと。
「イザーク、立ち会い希望なの?!知らなかった!」
だって分娩室の前でウロウロウロウロしてそうだもん。
それで中の状態がわからなくて怒ってそうな・・・。

私が本気で驚いていると、イザークが顔を赤くして怒鳴った。
「悪いか!出産には立ち会うべきだと母上からの教えだ!」
最後に「ふん!」とでも言いたげにそっぽを向く。
私は「ナルホド」と納得した。

「・・・俺は、自分が小さいときに父を亡くした。」
そっぽを向いたままでイザークが話しだす。
「だから父親がどんなものか知らない。その知らない父親になるんだ。その瞬間がどんなものだか、知っておきたいとは思う。」
私はそっぽを向いてしまったイザークの前に回りこんで、顔をのぞきこむ。
「プラントで産もうか?」

私が笑顔でそう言うと、イザークははっとして顔をあげて私を見た。
「いや、それはやっぱりいい。ナスティのところならが一番安心できるんだろう?」
「それはそうだけど・・・。でもイザークの気持ちも聞くと、ねぇ?」
めずらしく気弱にイザークが言うものだから、考えてしまう。
まさかイザークが立ち会い希望とは思ってなかったから、地球で産むと決めた。
でもイザークが立ち会いたいなら、その希望も叶えてあげたい。

のぞきこむ私の顔を見て、イザークがふっと笑った。
「まだ立ち会えないと決まったわけじゃない。地球で産むとしても、行けるようなら立ち会える。」
イザークのほうがそうと決めてしまったように、落ち着いた顔で私に言う。
「本当にいいの?」
私はまだ疑うようにイザークに確認した。
イザークは無言でうなずく。
「ありがとう!」

私がイザークに飛びつくと、めずらしくイザークは慌てもせずに言った。
「いい父親になれるよう、俺も努力する。も大変だろうが身体を大事にしてくれ。」
私はきょとんとイザークの言うことを聞きながら、最後はとびきりの笑顔でうなずいた。



***



それから9ヶ月。
私は、どんどん大きくなるおなかに、嬉しさと少しの不安を感じていた。
初めて胎動を感じたのは6ヶ月を迎える少し前。
おなかをぽこん、と蹴られるというよりはおなかの中で一回転してるみたいにぐにーんと動いた。
その動きはだんだんと大きくなって、7ヶ月の頃にはイザークにも伝わった。

「動い・・た。」
私のおなかに手をあてて、イザークは呆然とつぶやいた。
自分の身体のなかで起こってることだから、私的にはもうめずらしいことでもなく日常的なことなんだけど。

イザークは初めて感じた胎動に、ものずごく感激していた。
本当に赤ちゃんが生きてるって自覚してくれたのはもしかしたらこのときかもしれない。
私のおなかだけが大きくなって、確かにイザークからしたら視覚的には感じていても、認識するのは難しかったのかもしれない。



「おー?・・うおっ?!」
ディアッカにも触らせてあげたところ、たまたま動いた赤ちゃん。
その動きにのけぞって驚いたディアッカ。

「ね!動くでしょ?」
「グゥレイト!元気いい。」
ディアッカはお得意のセリフをはくと、目を細めて私を見た。

「しっかし、とイザークの子供か。なんか不思議だな。」
「産まれてみたら肌の色が黒かったりして?」
私がそう言うと、ディアッカは「げ」といった顔をした。
「ほんとにね、冗談にしてくれないから、イザークは。」

私がひとしきり笑うとディアッカは懐かしげに言った。
「やっぱり不思議だよ。俺からしたらイザークなんてちっちゃい頃から知ってるし、なんてアカデミーのイメージのままだしさ。」
「アカデミーかぁ。なんかもう懐かしいかも。」
私もぽわわんとあの頃を思い出す。

まだ戦争の、本当の意味も知らなかった。
毎日がただ楽しくて、訓練で成績を競いあった。
その先に、どんなものが待ち構えているかも気づかなかった。

「ニコルとラスティが生きてたら、今ごろ二人は何してたかな?」
ふと漏らした私に、ディアッカが笑って答えた。
「ラスティは諸国漫遊中。ニコルは政治家。神経図太いからなー。」
その答えに私も笑った。
笑って二人のことを話せるようになったことが、嬉しくもあって寂しかった。

最後にディアッカが言った。
「だからさ、イザークには政治家は似合わないよ。あいつ、感受性強いから。今たぶんすごい大変だと思うぜ。、イザークのこともよろしくな。」
めずらしく真顔で言われたその言葉に、イザークを本気で心配してくれているその言葉に、私は大きくうなずいて返した。





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【あとがき】
 次は出産編、といいながらずいぶんとお待たせしました。
 いよいよ出産編、スタートです。