。」
その声にはゆっくり目を開けた。

けれどそれは夢の中の出来事だから、正確には目を開けたとは言わないかもしれない。
それは夢とくくってしまうには、不思議なものだった。
起きているときと変わらずに、の意識があった。

「イノト・・・?」
の意識を夢の中で目覚めさせたのは、消えてしまった天の朱雀だった。











〔 炎の誓い  〜第20話〜 〕










「イノト。」
「気にはなってたんだ、あれから。はどうしたかなって。」
イノトは両手を頭の後ろに組んでイシシっと笑った。
「そしたらさ、こんな形で会えるんだもんなー。」
すっげえや、と言ったあとで、イノトがふと真面目な顔になる。
「俺たちの世界はさ、壊されちまう前と変わらなかった。
いや、ひどい状態だったものがなおってたって、言うほうがいいかもな。けどさ。
だからかもしんねぇけど俺たち以外、誰も龍神の神子を覚えちゃいないんだ。」

修復された世界。
茶吉尼天の干渉を受けて、荒廃してしまった世界が、清浄な状態に戻った。
それは神子が召喚される必要のなかった世界となる。

「いいよ。あの世界が元に戻ったことのほうが大事だよ。」
「・・・そうか?」
顔をしかめてイノトが聞く。
「そうだよ。それに、みんなは覚えていてくれてるんでしょ?充分だよ。」
世界から忘れられてしまっていても、大切な人たちがちゃんと生きていて、自分を覚えていてくれるだけでいい。
それがの本心だった。

「―――アイツと、行くのか?」
「・・・・。」
は何も言えずにうつむいた。
その様子を見たイノトが慌てる。

「責めたりしてるワケじゃねぇんだ!
 勝手に連れてこられて、勝手に、還された世界なんて、早く忘れたほうがいいに決まってる。
 アイツにも、を救ってくれたことには、感謝してるほどだしな。」
「イノト・・・。」
「俺たちの世界は大丈夫だからさ、それを安心してほしかっただけなんだ。」
「・・・ん。」
「よくさ、言ってただろ?『私なんて何もできない』って。
 でもさ、それ、違うと思うんだよ。と歩いた道を、今俺は一人で歩いてる。
 そうすると思うんだ。がいて、心強かったなーって。
 俺さ、散々エラそうにに言ったけど、あんなこと言えるような勇気をからもらってたんだって、わかったんだ。」

夢の中が、白々と明るんできた。
外の世界が朝をむかえるのだろう。
の身体が起きてしまえば、イノトとの時間は終わってしまう。

「もう朝がくるのかぁ。もっとと話してたかったけど、仕方ない。こうして会えたことが奇跡だもんなぁ。」
「イノト。さっきイノトがイノトの世界なんて忘れたほうがいいって言ったけど、私は絶対に忘れないから。
 イノトの世界で知ったことが、たくさんあるの。全部大切な私の記憶だから、私、忘れないよ。
 あの世界のことがあったから、私今度もがんばれたんだもん。」
イノトはに一瞬きょとんとした顔を見せたが、すぐにその顔を笑顔に変えた。
「そっか。へへっ、ありがとな。。」
は首を振る。
「ううん。私こそ、・・・ありがとう。」
の目から涙がこぼれる。

イノトがぽん、との頭をなでた。
が決めたんだから、好きなやつの手は離すなよ。」
は置かれたイノトの手に、そっと自分の手を重ねた。
「大好き・・・だった、イノト。」
「俺も。のことは忘れない。好き・・・だったぜ。」



***



「こんなことぐらいで、私が殿のお役に立てたのだろうか。」
「充分です、敦盛さん。私も自分で調べましたけど、やっぱり知っている人に聞くのが一番ですね。」
の笑顔を見て、敦盛はほほ笑みを返した。
「決められたのだな、殿。」

はちょっぴり照れ笑いを浮かべた。
「大丈夫・・ですかね?」
その問いに、敦盛は満面の笑みでうなずき答えた。



「私、ヒノエくんの世界に行く。」

敦盛と話をしてすぐに、はヒノエを訪れてそう言った。
が有川家に来たものの、敦盛と話していることにふてくされて、ヒノエは一人譲の部屋にいた。
「ヒノエくん」と呼ばれて振り向くなり告げられた言葉に、耳を疑うのも仕方ない。

「遊びにくるってオチはなしだぜ?」
冗談めかしたその言葉は、もちろん本気の最終確認だった。
はうなずいた。
「ヒノエくんの世界で、生きていく。ヒノエくんと一緒に。・・・いい?」

の問いは不要だった。
ヒノエはの答えを聞くと、あっという間に傍にきて、を抱きしめた。
「ずっと、オレと一緒にいなよ。」



***



「パパ、ママ。お話があります。」
自分の人生の中で、これほど緊張したことは記憶にないとは思った。
これから自分が話すことを、両親は信じてくれるだろうか。
信じてくれたとしても、の気持ちを受け入れてくれるだろうか。

の手が少し震えていた。
震えるその手に、隣りにいるヒノエの手が重ねられた。
がヒノエを見ると、ヒノエはいつものように自信満々の笑みを浮かべていた。
その笑顔に、は勇気が沸いてくるのを感じた。


白龍に、この世界から自分がいなくなることの影響を聞いた。
人が一人、この世界から完全にいなくなってしまうのだ。
いくらが小さな世界の中で生きていても、その影響は少なからずあるのだから。
「神子が世界を選ぶなら、私の力が働くよ。神子の存在は消える。」
白龍の答えは、両親すらもの存在を忘れてしまうというものだった。
それも含めてなにもかも、は両親に話をするつもりだった。


「この世界は、私が生まれた世界で、すごく大切な無二のものなんだって、わかったの。
 でも、それでも私は、ヒノエくんの傍にいたい。
 前の異世界で果たせなかった役目を、この世界で成させてくれたのは、ヒノエくんの力がすごく大きかったから。」
の両親も、ヒノエも、口をはさむことなくの話を聞いていた。
は伝えることに必死で、上手く話せているかは自分でもわからなかった。
それでも伝えないといけないと思っていたことは、全部話せたと思った。


「わかった。」
少しの間の後で、の父親が言った。
可も不可も表せるその言葉の真意がわからずに、は父親の顔を見た。
の母親は相変わらず言葉の少ない夫をみて、補足するように言った。
「知ってたわ、。」

「えっ?!」
は驚き、その横でさすがのヒノエも驚いていた。
の母親は二人の同じように驚いた顔に、こらえきれず笑い出した。
「今が話してくれたこと、全部知ってたの。が、ヒノエくんと行っちゃうことも。」

「・・・どうして?」
「お前が産まれたときからの定めだからだ。」
「神子も遺伝するの?って、龍神さまに聞いちゃったわよ。」
「あぁ、やっぱり。」
「遺伝?!」
今度はだけが驚いて、ヒノエは合点がいったとうなずいた。

「母君からも感じられる神気が、に由来するものかとも思っていたけれど。母君自身、神子でしたか。」
「私は連れてきちゃったけど、ヒノエくんは連れてっちゃうのね?」
「えぇ、申し訳ありませんが譲れません。」
「ママ連れてきちゃったって、えーっ!!じゃあパパはっ?!」
淡々と話を進める母親とヒノエの横で、驚き続ける
自分が思っていたのとまるで違う展開に、ついていくのがやっとだ。

「神子の私と泰明さんの子供だから、ちょっと特殊かもって思ってたけど。」
「私はが行った異世界と同じような異世界から来た。」
母親がヒノエに答え、父親がに答えている。
はパパに不思議な力があることは知っているわね?が産まれたとき、の顔を見てすぐにパパが言ったの。『神子』って。」

パニックしかけている頭を、は極力冷静に整理させた。
ママは自分と同じ神子。
パパはその異世界からママが連れてきて。
「じゃあパパはママの八葉だったの?」
「そう。ママの地の玄武。」
の母親がにっこり笑って答えた。

ははーぁ、と息を吐いて椅子に身体を沈めた。
「知っていたのに何も助言できなくてごめんね。から話をしてくれることが大切だと思ってたから。」
優しい母親の目でに言う。
は首を振った。
「うん。あの頃に突然『知ってる』なんて言われても反発しちゃってたと思うし。」

が今日話したいことはわかった。ちゃんとそのつもりで育ててきたから。でもひとつだけ。」
母親の言葉にはこくんとうなずく。
の存在を忘れることはありえない。」
「私たちはの父であり母だ。」
「どこにいたって、想ってるわよ。どんな時空を越えていったって。」
平静を装って言ったつもりの母だったが、その目から自然と涙が零れた。

この両親なら、を忘れることは絶対にないだろうとヒノエは思った。
同じ境遇ということだけでなく、この家に溢れる家族の愛を感じた。




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【あとがき】
 反則的な両親設定。もうなんでもアリみたいな。
 「遙か1」はアニメ先行、「舞一夜」のみプレイという半端者です。