「みんな無事に出られたね。よかったぁ」
茶吉尼天を滅ぼすと、迷宮もその役割を終えたかのように崩れた。
最深部からの脱出でかなり焦ったが、どうにか全員が無事に迷宮から出ることができた。
帰ってきた世界には、目の覚めるような青空が広がっていた。










〔 炎の誓い  〜第19話〜 〕










「滞っていた龍脈の気が元の流れに戻りつつあるよ。」
白龍が鎌倉の風を受けながらほほ笑んだ。
「ようやく俺たちも、元の世界へ帰れると言うことだな。」
目を細めて九郎が笑った。
「えぇ。そうなりますね。」
弁慶が同じように笑顔で答えた後に、別の顔でちらりとヒノエを見やった。

「朝早かったからおなかすいたなー。」
望美が身体を伸ばしながら言った。
「絶対にそう言うと思ってましたよ、先輩。朝ご飯、用意してあります。」
「さすが譲くん!ねぇ白龍、あとどれくらいで時空の狭間はひらけるの?」
「気の遠くなるほどはかからない。あと少しだよ。」
「そっか。茶吉尼天も倒したし、あとは少ない冬休みをみんなで楽しく過ごせるね!」


喜びを表す望美たちと対照的に、はひとり物思いに沈んでいた。
あっという間の再会と、別れ。
大切な人たちを守れたことの喜びのあとに、言いようのない喪失感があった。

。」
顔をあげると目の前にヒノエが立っていた。
ヒノエはとても優しい目でに笑いかけていた。
それだけでもには涙が出てきそうで、必死にこらえた。
ヒノエはイノトに言っていた。
を泣かせない」と。
ここで泣いてしまっては、ヒノエが約束を違えたことにもなってしまう。

「朝夷奈の、熊野神社に行ってもらえるかな?オレと一緒に。」
それが何を意味するのか、もうわからないではなかった。
それでもこくんとうなづいた。
ヒノエはまた優しくほほ笑むと、何も言わずにの手をとった。

手をつないで歩いていく二人の後ろ姿を弁慶が見送る。
可愛い甥っ子の、初めての恋を応援するように。



***



前回訪れたときと同じように、ヒノエの様子をは見守った。
ヒノエの素性が明かされている今、ヒノエの行動はとても自然なことに思えた。
ここにいる熊野の神様も、ヒノエのことを受け入れている。
自分に最も近い者がここにいると、称えられているようだった。

祈りを奉げるヒノエの横に、も並んだ。
戦いの勝利を祈ったのはヒノエだけだったが、勝利をもたらしてくれたことへの感謝の気持ちはも同じだ。
「ありがとう。私は、ちゃんと神子としての役目を果たせました。」
目を閉じて、心の中で感謝を伝える
心をこめて伝えてから目を開けると、すでに祈りを終えていたヒノエがを見ていた。

「終わった?」
問うヒノエに、はこくっとうなづいた。
そして、以前も二人で腰をおろした場所に落ち着くと、ヒノエが言った。

「ねぇ、。オレ、怒ってるんだけど。」
思わずは「どこが?」と聞き返したくなった。
それほどにヒノエは満面の笑みだった。

「え?怒って・・る、の?」
ヒノエを指差しながら念を押して確認するが、ヒノエは「そのとおり」と笑顔を崩さなかった。
「オレの読みでは全員でかかって五分五分。だからまだ待つって判断だった。オレが動けば勝ちで終わる。そう言ったと思ったけど?」
「えー・・と、ハイ、たぶん。」
相変わらずニコニコと笑顔で言うヒノエの心理がつかめずに、は動揺しながら答えた。

「それなのに、どうして待たなかったんだい?」
ひとつ、ヒノエの声に凄みが増した。
笑顔は変わらないだけに、それは大きなプレッシャーをに与えた。

は無言で頭を振った。
「・・・わかんない。」
「わからない?」
「今、ね。今考えると、望美と二人で行ったのは無謀だなぁってわかる。でもあのときはそれが一番いいと思ったの。
二人だけで行く迷宮は、いつもと違って静かだった。でもその静けさの中に、みんなの意識を感じてたよ。
それだけみんなは、私にとってもう、大切な仲間だった。そのみんなを、元の世界に帰すためだから・・・。
怖くなかった。私たちでやろうって、望美と手をつないでいたら自然と決まったことだったの。」
「そう。・・・みんなのため、ね。」

正確に言えば、の答えはヒノエが望んだものとは違っていた。
ヒノエが聞きたかったのは、迷宮に向かう前、敦盛が口にした言葉。
その行動の裏にあった、の心。
それでもの答えは、ヒノエにとってそれに匹敵するくらい満足するものだった。

最初は自分たちに距離をおき、身の上をすべて話そうとしなかった
そのが、望美の八葉のために命をかけてくれた。
それも自然の流れのままに。
それほどに、自分たちを大切に想ってくれているということなのだから。


「あと少し。」
「え?」
独り言のように小さくヒノエがつぶやいた。
「白龍が言ってただろ?あと少しで時空の狭間が開くって。」
「うん。」
「それならオレは、あと少しでを口説き落とさなくちゃならない。覚悟しなよ?オレは必ずお前を連れて熊野へ戻る。」
あまりの笑顔で宣言されて、は思わずうなずいてしまった。
意表をつかれたヒノエは、驚いた顔を見せた。
その表情のままのヒノエととの目が合う。
「え?」
「え?」
驚いた表情のままの二人。

「あ!えと、違くて今のは・・・!」
話の流れで、思わずうなずいてしまった
『連れて戻る』と言ったことへの合意かと驚いたヒノエ。
慌てふためくに、ヒノエがくすっと笑った。
「そんなあいまいな返事じゃなくて、ちゃんと言わせてみせるから。安心しな。」
その言葉に、今度はは笑って見せた。
「ヒノエくん、怒ってるんじゃなかったっけ?」
答えなんて、もう半分以上、出ているようなものだった。



***



この、世界。
自分が生まれたこの世界。
もう二度と戻れないとしたら・・・・。

パパ。
ママ。
二人は、たった一人の娘がいなくなってしまったら、どうなるのだろう。




   back / next