「白龍、頼む。・・・待ってろよ、。」
ヒノエはの身体を白龍に預けると、右手にカタールをきつく装備した。
「の心は、オレだけのものだろ?」
ヒノエの身体から、炎のオーラが立ち昇る。
「お前の敗因はひとつ。オレの愛しい姫君を手にかけたこと。・・・あの世でたっぷり後悔しなよ。」
〔 炎の誓い 〜第18話〜 〕
が身体を起こして辺りを見ると、そこは知らない歪んだ空間だった。
「気がついたか、異世界の神子よ。」
の前には赤茶色の髪をした少年がいた。
少年と呼ぶのに抵抗を感じるのはその身なりと口調だろう。
「我が名は幻影。そなたのように心を喰われた者だ。」
「喰われた・・・。あれが、茶吉尼天の人を喰らうっていう力・・?」
は不思議そうに自分の両手を見た。
痛みを感じることは今はない。
喰われるときの衝撃は一瞬だった。
「もう一人の神子は無事のようだな。」
探るように上を仰いで幻影が言った。
「外にいる神子はこやつを倒すだろう。さすれば我も元の世界へ・・・あるべき場所へと還れるのだろうな。」
幻影は懐かしげに目を細めた。
「そなたは・・・どうする?」
どこか物語を語るかのような幻影の言葉に聞き入っていたは、突然話をむけられて驚いた。
「私ですか?」
はいまだに状況が飲みこめていなかった。
激痛を感じ、血を流していれば少しは自覚できていたのかもしれないが。
「喰われた」と言っても何がどうなっているのか、よくわからないというのが本音だった。
幻影は穏やかな笑みを浮かべたままだ。
「ここには、そなたを知る者もいるようだ。」
幻影の隣りに現れた人を見て、は息をするのを忘れた。
一瞬の息苦しさは、呼吸を忘れたせいでなく胸の痛みのせいだった。
その痛みと一緒に、の目から涙が零れた。
「なんだよ、泣くなよ。どうしたらいいかわかんなくなるだろ?」
聞き慣れた声で、でも決して彼なら言わないであろうセリフを彼は言った。
最初ヒノエに感じた違和感を、今はイノトに感じてしまっただった。
***
「言ったとおりだろ?」
ヒノエの手にはしっかり青い結晶が握られていた。
「やったね!ヒノエくん。」
肩で息をしながらも、望美が嬉しそうに言った。
「おのれ・・・八葉・・!」
深手を負った茶吉尼天が憎憎しげにヒノエをにらみつけた。
ヒノエはそれを横目に見ながら、てのひらの青い結晶にくちづけた。
「さぁ、還ってきなよ。オレのところに。」
ヒノエのてのひらからふわっと浮きあがった結晶は、すぐにパリーンと弾けて消えた。
が目を開けると、飛びこんできたのは自分を心配そうにのぞきこんでいる白龍と朔の顔だった。
「よかったわ、。どこか痛いところはあるかしら?」
「・・・朔・・。白龍・・・。」
まだはっきりしない様子でが二人の名前を呼んで確認する。
白龍は嬉しそうにうなづいた。
「さぁ、一気に決めようぜ。」
の無事な様子を確認したヒノエが、もう一度気合を入れる。
「いくよっ!みんな!」
望美の合図で、八葉が一斉に茶吉尼天に攻撃を仕掛けた。
「・・・白龍。」
上半身を起きあがらせて、が白龍を呼んだ。
「どうしたの?私たちの神子。」
「まだ無理はしないで。あなたは私たちが守るから。」
朔が優しく諭したが、はそのまま立ちあがった。
「茶吉尼天を倒せば、喰われた人たちは開放される。元の世界へ還れる。」
「うん、そうだね。」
「私が神子として呼ばれた時空も、元のとおりになる。」
「そうだよ。神子の時空の悪気の理由も茶吉尼天だから、正常な時空に戻るね。」
「ここに・・・つながってたんだね。私が、神子として呼ばれた理由。」
は望美と、望美の八葉が戦う姿を目から離さずに言った。
「望美だけの戦いじゃない。私の・・私がやらなきゃ。」
「、あなた・・。」
ぽっ、との身体から白い光が溢れ出す。
朔は驚いて手を胸に当てた。
同時に、が見据えている先の茶吉尼天も同じように白く光が溢れ出す。
茶吉尼天はさらに苦しげに悲鳴をあげた。
「?!」
「ちゃん!」
二人の変化に気づいた望美たちが、に声をかけた。
「私は戦えない。だけど祈りの強さは、誰にも負けない。」
はいつもと同じように目を閉じて祈る。
「私の祈りで、あなたを滅ぼす!」
の身体から弾け飛ぶ白い光が、鋭く茶吉尼天の身体を貫く。
茶吉尼天は断末魔の叫び声をあげた。
誰が示し合わせたわけでもなく、望美とと朔は目線を合わせ、うなづき合った。
「めぐれ、天の声!」
「響け、地の声!」
「かのものを、封ぜよ!」
茶吉尼天であったモノは、白い光に包まれ四散した。
その光の粒が、たちのうえに降り注ぐ。
光の粒たちは、思い出したように自分の姿を取り戻し、消えていく。
それらは茶吉尼天に喰われた人や、鎌倉の神たちだった。
「我らを解放してくれたこと、あらためて礼を言う。龍神の神子よ。」
そのうちのひとつが幻影の姿になり、望美にむかって礼を言った。
それを見ていたは後ろからとん、とたたかれて振り向いた。
そこには、さっき会って言葉を交わしたばかりのイノトがいた。
「ありがとな。さっすがだぜ。」
イノトの後ろには見慣れたの八葉が姿を揃えていた。
その中には命を奪われたはずのの対であった神子と、星の姫もいた。
茶吉尼天による混乱は、その消滅をもって正されたのだ。
「神子さま。京をお守りいただき、ありがとうございました。」
「殿、お怪我はありませんか?」
「みんな・・・!」
はあまりの喜びに顔を覆った。
あの日、あの時空から戻ってきた日に流した涙とは別の涙が溢れて止まらない。
やっと守れた。
やっと、神子としての役割を果たせた。
こみ上げてくる喜びは、これ以上なんと表現していいかわからなかった。
「俺たちは、がとり戻してくれた世界へ還るぜ。」
イノトが淋しそうに言った。
「はもう、俺たちの世界にはこられないんだよな。」
「神子さまは、その役割を果たされましたので・・・。この世界にこられる道はございません。」
星の姫も淋しそうに事実を述べた。
「神子さま。神子さまのことは、私一生忘れませんわ。」
「アヤメちゃん。うん、私も、忘れないよ。みんなのこと。」
の八葉たちはその笑みだけをの心に残し、消えていく。
「おい、俺とおんなじ天の朱雀。」
イノトが消える寸前に呼び止めたのは、少し後ろでじっとを見つめていたヒノエだった。
「泣かせたらタダじゃおかねぇ。覚えとけ!」
投げられた言葉に、ヒノエは余裕の笑顔を浮かべて言う。
「オレはを泣かせない。安心しなよ。」
「俺と同じ声で歯の浮くようなセリフ言わないでくれ。かゆくなってきた。」
イノトは半目になってヒノエを見ていた。
イノトが手をあげる。
そしてとびきりの笑顔でに言った。
「じゃあな!。」
「イノト、私・・・。」
思わず呼び止めてしまったものの、その後の言葉が続かない。
「俺の世界、守ってくれてありがとな。」
優しい思い出をの中に残して、イノトが消えた。
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【あとがき】
新旧朱雀対決。完全にヒノエ勝ちに見えますが、ヒノエもだいぶ妬いてます。