「ヒノエ。譲の部屋が壊れてしまう。ヒノエ自身も傷つくだけだ。止めておいたほうがいい。」
たった今、譲の部屋の壁を力いっぱい殴りつけたヒノエに、敦盛が言った。
部屋の持ち主である譲も殴りつけたい気分はよくわかったので、ヒノエに文句を言うことはなかった。
「焦るなって言っただろ・・・!」
〔 炎の誓い 〜第17話〜 〕
「私たちだけで行こう。」
どちらが言い出すでもなく、望美とはそう決めた。
二人だけで、茶吉尼天と決着をつけようと。
まだ夜も明けきらない暁に。
二人はそっと家を抜け出した。
神子二人の力で、茶吉尼天を封印するために。
いつもは大人数で進む迷宮への道。
人通りもほとんどない道をたった二人で歩いていくのは、初めて味わう感覚だった。
どれだけ、皆を頼りにしていたか。
望美もも、あらためて仲間の大切さを感じていた。
その彼らを、彼らの世界へ帰すために。
そう思うと、不思議と怖くはなかった。
つないでいた手に、自然と力が入る。
望美とは顔をあわせて、無言でうなずきあった。
考えていることは、まったく同じことだった。
『誰かのために』
大切な誰かのために、何かを出来ることが一番大切なことに思えた。
「望美。私、望美に会えてよかった。」
扉を前にして、が言った。
「私もだよ、ちゃん。」
つないだ手を目の高さまで持ち上げて望美が言った。
「あのまま何もない日々を過ごしていたら、私は自分が何も出来なかったことを後悔して生きてた。ずっとずっと。」
「私も。白龍の逆鱗を使ってたこと、すごく後ろめたかったんだ。話すことができて、よかった。」
そして二人はそのまま手をつないで、茶吉尼天のいる部屋へむかった。
***
「なあ、敦盛。俺はそんなに信用ないのかい?」
「殿がそう思っているかという問いならば、それは軽率だ。」
感情を表に出さないヒノエが、めずらしく怒っていた。
それはヒノエの相克をもつ景時と譲が近寄れないほどだった。
「なにを怒っているのだ、ヒノエ。」
「あぁ、よく聞いてくれたよ敦盛。オレはオレ自身に怒ってるのさ。あのとき、殴られてでもオレと一緒にいさせればよかったぜ。」
「それは、出来ないことと思う。」
「なんでだよ。」
「殿はそれでも、行かれたと思うからだ。」
「だからなんでそう思うんだよ。」
くしゃ、と苛立ちから髪をかきあげたヒノエに、敦盛はいつもと変わらぬ様子で言った。
「ヒノエを、ヒノエの世界に戻したいと殿が考えているからだ。」
「が?オレを?」
敦盛は優しくうなずいた。
「殿は、ヒノエが熊野を大切にしていることを良くわかっている。
だから、そのために自分がなにをすればいいのかを考えられたのだと思う。」
「だからどうしてそれを、が抱える必要があるんだよ。」
腑に落ちないとヒノエが口を尖らせると、敦盛は意外そうな顔をして言った。
「それだけヒノエのことが好きだということだろう。・・まさか、わからなかったのか?」
きょとん、とした敦盛とヒノエの顔が合う。
ヒノエは無言で自分を指差した。
敦盛がうなづく。
少しそらで考えたヒノエは、すぐに自信満々の顔つきになった。
「それはぜひともの口から聞きたいね。」
その表情を見た敦盛は良くも悪くも納得してしまう。
「それでこそヒノエだ」と。
「そうと決まれば早く行こうぜ。」
先ほどまでの不機嫌はどこへやら、ヒノエはあっという間に先頭を歩き出した。
***
あまりの静かさに、八葉全員ただ顔を見合わせた。
ここにくるまでの間、激しい戦闘による現状の破壊がどれほどのものかを想像していたのに。
扉は閉まったままで、中から物音ひとつ聞こえない。
「望美??・・ここにいるの?」
朔がおずおずと扉を叩く。
と、
「だめだ!神子いけないっ!」
同時に白龍が叫び声をあげた。
ばたん!と勢いよく扉が開く。
みなが目にしたのは二人の望美。
そして、床に伏せるようにして倒れている。
「望美っ!」
将臣が名を呼ぶと、奥にいたほうの望美が振り返る。
他の者はみな、息をのんだ。
こちらを見た望美が、ぼろぼろと涙をこぼしたからだ。
それでも望美は頭を振り、剣の柄を握りなおした。
剣の先は自分の姿をした茶吉尼天に向けたままだ。
「私が、・・揺らぐわけにいかない!」
涙を拭くこともしないで、望美は自分の姿をした茶吉尼天をにらみつけた。
「・・・!」
部屋に入ることを躊躇したが、ヒノエが一番に倒れているの元に駆けこんだ。
触った瞬間に伝わる違和感。
の身体から体温が感じられない。
「最悪、じゃねぇか・・・!なんだよこれ。」
「呼吸をしていない。神子、私たちの神子!」
「無駄だよ。」
望美の声で茶吉尼天が言う。
「先代の神子は私がもらった。神子の意識は私の内。」
剣を右手に持ち、茶吉尼天が左のてのひらをもたげた。
「ほら、キレイでしょ?」
そのてのひらの上に、見慣れた青い結晶。
「これが先代の神子の心。」
「かえしなさいっ!」
望美が茶吉尼天に剣を打ちこむ。
茶吉尼天は笑いながら片手だけで望美の剣を受け止めた。
「加勢するぞ!望美!」
九郎が茶吉尼天に打ちこみをかけると、将臣がすぐに剣をあわせた。
望美はその気配を察知して半身さがる。
「ちゃんは私の代わりに心を捕られたの。茶吉尼天の一撃から、私の盾になって・・・!」
二人で乗りこんだと言っても、戦えるのは望美だけ。
は常に望美の後ろで、望美を守護する祈りをとなえていた。
神子同士の気の流れは、くすぐったいくらいにピタリと合い、望美はその力を存分に振るった。
が、敵は異界の神である茶吉尼天。
それだけでは打ち滅ぼすまでは至らない。
望美は剣を合わせるうちに、刺し違えても茶吉尼天を滅ぼす気持ちだった。
望美の命を捕りにきたところを、待ち構えた。
自分はそれで命を失ったとしても、茶吉尼天を連れていける。
その考えが、同じ神子であるには水が流れていくように伝わってしまっていることを望美は気づいていなかった。
剣を受け止めきれないと見せかけてよろめき、茶吉尼天の攻撃を待つ。
それは一瞬一秒の出来事。
望美の待ち受けたはずの剣が、茶吉尼天の不思議な力ではじかれてしまう。
茶吉尼天は勝ち誇ったように手を伸ばし、望美の意識を奪いにきた。
その手の前に、が立ちはだかった。
「ちゃ・・・っ」
ぐにゃりとの身体を茶吉尼天の右手が貫く。
身体を茶吉尼天に貫かれて、の顔から生気が消えていく。
「あとは・・・望美・・・」
ズルっとの身体から茶吉尼天が手を引き抜く。
その手の中に青い結晶が握られていた。
の身体が力なく床に落ちる。
望美はそれを受け止めながらも、視線は茶吉尼天から離さなかった。
片足を床についたままで剣をたぐり寄せた望美は、両手を柄にかけて立ちあがった。
ここで動揺して、自分まで支配されるわけにはいかなかった。
そこに八葉がかけつけたのだった。
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