白龍の力で茶吉尼天を望美の中から追い出し、一向は有川家へ戻った。
そのまま気を失った望美を和室に横にすると、一同はリビングに集まった。
どの顔からも笑顔が消えていた。










〔 炎の誓い  〜第16話〜 〕










「あの迷宮は、望美が造ったものだったのかよ。」
「うん。神子は無意識のうちに五行の力を具現化して、茶吉尼天を閉じこめたんだ。」
「あの迷宮を開放しなければ、五行の流れは滞る。だが・・・。」
「茶吉尼天も解き放たれる。」
誰からか、ため息が漏れた。
どちらをとっても問題が残る。

「だから俺は帰れなくてもいい。望美ちゃんの安全のためなら。」
「けれど景時、それはいずれこの世界の荒廃を生み出します。」
「神子は守られる。」
「先生は、お一人で解決しようなどと考えないでください。」

話し合っても堂々巡りで、解決案は出てこない。
良い策も浮かばぬままに、自然解散となり人は別れていった。


はその場に残ってソファに座り、譲の渡してくれたマグカップを訳もなくいじっていた。
となりのソファが沈んで、顔をあげると予想通りヒノエがいた。
ヒノエの顔を見ると、目に飛びこんでくる額の宝玉。
の八葉だったイノトと同じもの。
「あんな・・・卑怯なこと・・・。」
思い出して、に怒りが湧いてくる。
ヒノエはの頭を片手で抱き寄せて、優しく撫でた。

「私の呼ばれた時空を、あれが・・・!」
は知らず、また唇を噛み締めていた。
こみ上げてくる悔しさは、そんなことでは消えなかった。

。」
ヒノエに優しく名を呼ばれて、は少し息をつく。
落ち着きを取り戻して一口、マグカップを傾けた。
「私にもっと力があれば、あの時空であの存在がわかったかもしれない。そうしたら今、こんなことにはならなかったのに。」
はそれを悔いていた。
力のなかった神子。
自分の非力さを。

。終わったことだよ。」
ヒノエは言葉をくり返した。
「でも、望美は今、苦しんでる。」
のせいじゃないだろ。」
「・・・私が、決着をつけていれば・・・。」
。」
それでもは引かなかった。
苦しんでいる望美の姿を見ると、とても胸が痛い。

「俺たちだって、倒したと思ってたさ。存在すらわからなかったが、責めを負うもんじゃない。」
「・・・ヒノエくんは、帰るんだよね。」
「―――あぁ。」
「そしたら、このままにはできないよね。」

の話題の切り替えに疑問を持ちつつも、ヒノエは会話を続けた。
「望美がくるのをあいつは待ってるんだろうから、俺たちで決着を。とは思うけどね。」
けれど足並みがそろわない。
八葉全員でかからなければ、おそらく茶吉尼天には敵わない。
神子の力なくして、勝ち目があるのかも五分と五分。
ヒノエがふみきれない理由がここにある。

「オレは負ける戦いはしない。オレが動けば勝負は終わるよ。だから今は、待ってな。」
焦らなくていいのだと、ヒノエは諭すように言った。
大人しく髪を撫でられながら、はヒノエの手に優しさを感じていた。
いつからか、とてもここは居心地がいい。
嫌味のないヒノエの優しさは、の心にやわらかく染み込んでくる。
いつまででも触れていたいヒノエの心。
飾り立てた言葉以上に、ヒノエは心で教えてくれる。
がとても、大切な存在だと。

「今日は私、この家に泊まらせてもらおうかな。」
「じゃあ敦盛と譲を追い出さないと。」
「は?」
「あいつらも無粋なマネはしないだろうけど・・・。」
「ばっ・・!そんな意味じゃないから!」
とたんに顔色が変わったを、ヒノエは面白そうに笑った。

「ようやく笑ったね。憂いに沈む顔もいいけど、はそのほうがいい。」
「もー・・。望美が心配だから、同じ部屋にお願いしてくる!」
顔を赤らめたままで、は譲の方へ駆けていった。


「神職が聞いて呆れますね。」
殿が嫌がることに、私は協力しない。」
遠くのほうから二つの声がかかり、ヒノエは不機嫌そうに顔をしかめた。
「敦盛まで一緒になるなよ。」

「まぁ、あの場はキミにしてはいい判断での冗談でしたけどね。」
「弁慶殿、ヒノエはおそらく冗談ではない。」
「おや、それは困りましたね。」
「アンタもいい加減にしろよ。」
心底嫌そうにヒノエが言うと、弁慶は肩をすくめて見せた。
「僕に災いが降りかかる前に撤退しましょう。」

弁慶がいなくなると、敦盛がヒノエの近くにやってくる。
「お前が口出すなんてめずらしいじゃん。」
ヒノエがそっぽを向いたままで敦盛に話しかける。
敦盛は少し笑みをこぼしながら答えた。

殿は清浄なる気を持った応龍の神子。私は、あの方の心地よい気を好ましく思っている。」
「あー・・、そうかよ。」
ヒノエがあまり快くない返事を返せば、敦盛はまたほほ笑む。
「私が好ましく思っていることが気に食わないのだろう?ヒノエが私に妬くとはめずらしい。」
笑っている敦盛をヒノエが横目に見た。
「敦盛。お前、弁慶みたいになるのはやめとけよ。」
幼馴染の心からの忠告だった。
あんな嫌味な奴は、身内に一人だって充分だ。



***



は譲に頼んで、望美の休んでいる和室にもう一組布団を用意してもらった。
望美はまだ意識が戻らない。
今はこの家ごと景時の結界と先生の鬼の力による結界と、さらには白龍にも結界を張ってもらっている。
いくら茶吉尼天といっても、これだけの内には入ってこれないだろう。

は望美が穏やかに眠っていることには安堵していた。
意識の中できっとものすごい衝撃を受けながらも、茶吉尼天と戦ったのだろう。
少しでも休んで、体力が回復してくれることを願うばかりだった。
「望美・・ごめんね・・・。」

自責の念ばかりが浮かんできて、とても寝ていられなかった。
しばらく布団に包まっていたが、ため息ばかりがこぼれてくる。
そのとき、望美の口から声が漏れた。
言葉にはならなかったが、はそれに気づいて望美を見た。

・・・ちゃ・・・?」
「望美・・・!大丈夫?痛いところない?」
涙が出そうになりながら、は望美の手をとった。
「ここは・・・。将臣くんたちの家?」
「うん、そうだよ。・・・望美、あのまま気を失っちゃったから。」
「茶吉尼天は?」
「ここには結界を張ってる。簡単には入ってこれないから、安心して。」

言いながらは、用意してあったポットでお茶を淹れると望美に渡した。
望美は「ありがとう」と言って受け取ると、一口お茶を口に含んだ。
「あったかーい。」
嬉しそうにする望美に、にも自然と笑顔が浮かんだ。
「ごめんね、望美。」
そのままの勢いで思いを口にしてしまうと、望美が不思議そうにを見た。

「私が召喚された世界で、神子としてちゃんと戦えていれば、こんなことにならなかったのに。本当にごめん。」
が頭を下げると、望美がの頭をよしよしと撫でた。
ちゃんが謝るのは変だよ。私たちは同じ。同じ龍神の神子だよ。」
そう言うと望美は、を勇気づけるように笑った。





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