「神子、戻りなさい。お前はきてはいけない。」










〔 炎の誓い  〜第15話〜 〕










迷宮の入り口で見つけた先生は、そう言い残すと鬼の力で姿を消した。
残念ながらそのことはいっそう望美の闘争心をあおり、将臣が合流した一行は迷宮の中へ進んだ。

長い回廊を登り、たどり着いた先で先生を見つけて望美と九郎がつめ寄った。
「先生っ!」
「先生!お一人で行かれるなどと・・・!」

激しく抗議する愛弟子二人だったが、先生は意思を変えなかった。
怨霊が現れたのを幸いと、先生はまた独り先へ進む。
が、憤慨した望美と九郎がたちまちのうちに怨霊を粉砕し、あっという間に先生に追いついた。
「すごすぎるよ、望美。」
たちはただ後ろから、あっけにとられてそれを見守った。


追いついてきた望美を見て、先生はめずらしく苦悩の表情を浮かべた。
「ここから先、やっぱり望美ちゃんは連れて行けない。朔も、ちゃんも。」
景時が後ろから声をかけた。
「八葉で行くのはいいと思う。けど、三人は帰ってくれないかな。」
「けれど景時、それで『心のかけら』を取り戻してどうなるんです?あれは望美さんにしか働かない。」
ここでも異を唱えたのは弁慶だった。
顔つきも、若干鋭さが増している。
「弁慶!」
「景時も弁慶も、お前たち一体なにを知っているというんだ?」
源氏組の九郎だけが訳がわからないといった顔だ。

はリズ先生の先にある扉を見つけた。
今まで開いてきた扉と、同じような扉だった。
この場所だけ、ぽっかりと空中庭園のように隔離されている。
まるで何かが閉じこめられているような印象だった。

「教えて白龍。『心のかけら』って、一体なんなの?」
「神子・・・。あれは神子の心の一部。神子の記憶。神子自身だったものだ。
神子の内に還るのが本当だ。けれど、今となっては神子にとって異物にもなる。」
白龍の言葉に、望美は考えこむ。
は心配そうに望美の肩に手を置いた。
そのとき、声は届いた。


「わからないなら、おしえてあげる。」
声と同時に、階段の上に浮かびあがるシルエット。
ホログラムのように半透明のそれは、望美と同じ姿をしていた。

「私?!」
望美が驚いて声をあげる。
「神子、後ろへ。」
敦盛が望美を自身の後ろへ隠した。

「凶悪な気配だね。これで合点がいったよ。」
ヒノエがのとなりに立った。
「ヒノエく・・?」
戸惑うを安心させるように、ヒノエはの顔を見るといつものようにウインクした。
「オレのそばにいなよ。離れるな。」
はそのヒノエの言葉に無言でうなずいた。

「あなたの八葉は教えてくれないんでしょ?それなら、私が教えてあげるよ。・・・直接。」
「え―――?」
「いけない!望美さん!」
ホログラムの望美がすうっと消えたと思ったら、の前にいた望美の身体がぐらりと揺れた。
「危ない」と叫ぶ間もなく、その身体が途中で止まって望美はゆっくりと身体を起こした。
弁慶が伸ばした手を引っ込めて、憎憎しげに望美を見ていた。

「やっと、手に入れた。」
望美の口から言葉が漏れた。
声は確かに望美であったのに、それはとても違和感を感じるものだった。
「厄介なことになったね。」
のとなりでヒノエが言った。
はすぐにその言葉の意味を知ることになる。


望美は望美であっても、意識は別の者に支配されていた。
その支配にあるときに、景時を負傷させていた。
それが望美たちが異世界で戦った敵、茶吉尼天だった。
茶吉尼天は望美の記憶・心のかけらに巣食い、望美が記憶を取り戻すと同時に侵食した。
鎌倉の神々を喰らい、力を蓄えたのだという。

「さあ八葉、次はお前たちだよ。そもそも私が力を失ったのは、お前たちのせいだからね。」
茶吉尼天は望美のままで白龍の剣を振りあげた。
「お前たちの神子の力に倒れるのだもの。本望でしょ?」
言うなり一番近くにいた敦盛を剣の鞘で殴りつけた。

「やめて!望美の身体でそんなことっ!」
その非道さにが声をあげた。
その声に茶吉尼天の意識がへむいた。
「この・・・気配・・・?」
茶吉尼天は記憶を探る。
そしてそこにたどり着くと、嬉しそうに笑った。

「懐かしい者がいるのね。応龍の神子。」
望美の顔で、望美とは違う者に目を止められての背すじにぞくりとしたものが這う。
「おっと、こっちには用無しだろ。今お前が求めてるのは八葉の力だろ?」
ヒノエがわざとらしく言い、うやうやしげに頭を下げる。
茶吉尼天はそんなヒノエを一瞥した。

「図に乗らないでね。八葉の力とと神子の力では比べ物にならない。」
茶吉尼天は冷たく言い放つと、またに目を向ける。
「あなたは私があのとき、取り逃がした神子だね。・・・懐かしいな。」

たん、たん、と階段を下りてに近づく茶吉尼天。
ヒノエがの前に立ちはだかる。
「どいて。あなたに用はないよ。」
「あいにくだけど、望美の手でに傷つけるなんて悪趣味に付き合うつもりはないんでね。」
言うなりヒノエはカタールを突き出して先制攻撃をしかけた。
が、身体は望美。
すんなりとよけて、逆にヒノエを弾き飛ばした。

「しつこいな。用はないって、言ったでしょ?」
さん!」
譲が望美の背後から弓を引いた。
茶吉尼天はその気配を感じて言った。

「さっきの八葉もそうだけど・・。ねぇ、この身体はあなたたちの大切な神子でしょ?攻撃できるの?」
「・・・くそ・・・っ」
譲は悔しげに弓をおろした。
茶吉尼天はそれを目の端で確認すると、満足そうに笑った。

「本当に懐かしいね。あのときは取り逃がしたけれど、今度は大人しく喰われてくれるかな。」
「あのとき・・・?」
『あのとき』『取り逃がした』。
には茶吉尼天の言うことがわからなかった。
こんな人ではないものの、怨霊でない敵の存在なんて知らない。
恐怖と戸惑いの表情で、が茶吉尼天を見返す。

「せっかく時の帝に憑いて神子を捕らえてくるように命じたのに、龍神と八葉が余計なことをしてくれて・・・。」
茶吉尼天が言っているのは、が神子として召喚された世界のことだった。
帝にとり憑いた茶吉尼天は、その権力をいいことに神子を欲した。
神子を認めないと宣言し、捕らえて喰らおうとしていたのだった。

「あなたが・・・!」
自分を庇って命を落とした者たち。
対の神子、星の姫、八葉。
の大切な人たちを奪った敵。
「神子がいなくなってしまったから、あの時空ごと喰らうしかなくて大変だったよ。」
はなりふり構わず望美に飛びついた。

「望美の身体から出てきなさい!卑怯者っ!」
「お前・・っ!」
「望美の身体を盾にしないと戦えないの?!望美!望美っ?聞こえる?!」
は望美の両腕をつかんで心にむかって声をあげた。

「そんなことをしても・・・なに?!」
茶吉尼天が一瞬顔をゆがめた。
「気を取り戻したか・・・。白龍の神子、お前は眠っていなさい。」
茶吉尼天の言葉に、の勢いが増した。
「ダメだよ望美!しっかりして!目を覚まして!」
「うるさいっ!」
茶吉尼天の身体から空気の壁が巻きあがり、はそれに弾き飛ばされた。
幸い真後ろにいた朔がを受け止めてくれたので、床に打ちつけられずには済んだ。

「神子。私の声を聞いて。」
間髪あけずに白龍が望美に呼びかける。
すると茶吉尼天の動きが止まった。
「神子。戻ってきて。神子。私の声を聞いて。」
「おのれ・・・。龍神・・っ!」
苦しげに声を発して、茶吉尼天はその場にひざをついた。
荒い息遣いが聞こえる。

「望美!」
「神子!」
みんなが声をかけると、望美が顔をあげた。
その表情はみんながよく知る望美本人のものだった。





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