「元気がないね。」
ヒノエが有川家のリビングに残ったに話しかけた。
はそんな彼に、曖昧に笑って返すことしかできないでいた。









〔 炎の誓い  〜第14話〜 〕










「同じ神子として、はどう思う?あの迷宮を解くなっていう景時を支持するかい?」
はヒノエの問いに首を振る。
「目に見える手がかりはあの迷宮だけ。気の乱れの中に迷宮は生まれたものだから、私には放っておけない。」
ヒノエが満足そうに相槌をうつ。
はそれを片目に見ながら、話を続けた。
ヒノエの顔を見ることはできなかった。
は、自分の手元を見つめながら言った。

「望美が言ったと思うけど、私たちの世界で怨霊とか出たことなんてなかったの。五行の気の流れなんて、生み出したこともないよ。
 それが、あの迷宮にはあるでしょ? ヒノエくんたちの時空と同じ気の流れが、あの迷宮にあるってことじゃないかな。
 ・・・だから、あの迷宮はヒノエくんたちの世界に繋がるものだと思う。」
ヒノエは話をしている間、一度も顔をあげないを切なげに見ていた。

が落ちこんでいる理由は、ヒノエ自身がよくわかっていた。
そのことを言える立場でないことも、ヒノエは痛いほどにわかっていた。
それでも迷宮については明確に答えるを、とても愛おしく感じた。
ヒノエ自身、初めてとも思えるもどかしさだった。
それを口に出すことすらできないなんて。

「なら、神子姫様たちの意見は同じだね。進むしかないじゃん。」
「ごめん。私、今日はもう帰るね。」
ヒノエの次の言葉を待たずに、はそう言うと立ちあがった。
「それなら送るよ。」
当然のように立ちあがったヒノエに、は笑顔でそれを断わった。

「まだ明るいし大丈夫。ヒノエくんは景時さんやリズ先生を説得する方法でも考えて。」
はヒノエの腕をとり、ソファに座り直させた。
「じゃ、また明日。」
そう言い切られてしまうと、ヒノエにはを追いかける女々しさを見せることはできない。
ヒノエは機嫌悪そうにソファに座ったまま、の声が遠ざかるのを感じていた。



***



「わざとらしかったかなぁ。・・・でも、こんな気持ちで一緒に楽しく話しなんてできないもんね。」
あの場で、はっきりと「自分は元の世界に帰る」と断言したヒノエ。
その気持ちはもともと打ち明けられていたものでも、ああして聞いてしまうと揺るぎがないのだとわかる。

ヒノエには熊野がある。
その土地を守る、別当という仕事がある。

でもにも、この世界がある。
一度異世界へ行ったことで、自分がどれほどこの世界が大切だったかわかった。
いままで深く考えずに生きてきたこの世界が、やっぱり自分の世界なのだと、今のは知っている。
「戻りたい」と願って、理想の形ではなかったけれど戻ってきたこの世界。
ここにはの家族がいて、学校があって、友達がいる。
ヒノエほどの役目を与えられていないにしても、にはのこの世界で生きる理由がある。


「簡単にはいかないよね。」
「・・・それは、わかる。」
「へっ?」

独り言のつもりで吐き出した言葉に返ってきた答えを聞いて、は驚き振り向いた。
「す・・すまない。驚かせるつもりではなかったのだ。」
あまりのの驚きように、声をかけた敦盛本人も驚いていた。
の記憶する限り、敦盛から話しかけられたのは初めてだ。

「敦盛さん?どうしたんですか?」
独り言に付き合ってくれたのだから、に用事があると思っていいのだろう。
「余計なお世話かもしれないが、悩んでいるように見えた。・・・今日は私が送っても良いだろうか?」
「あ、はい。ありがとうございます。」
そんなに顔に出ていたのだろうかと、は不安になった。
それなら感のいいヒノエには、とっくに見透かされているのだろう。
駅に向かいながら、は敦盛の言葉を待った。


「ヒノエと私は、幼馴染だ。小さい頃は熊野で育った。」
「へぇ、そうだったんですか。」
「ヒノエは小さな頃から強引で、私はいつも彼に振り回されてばかりだった。」
「強引なところは昔からなんですね。」
何気なくがそう返すと、敦盛は「やっぱり」とでも言いたげな様子だった。

「ヒノエが殿に無理なことを言っているのではないかと、心配していたが・・・。そうなのか?」
「え・・えーと・・。」
「やはり、そうなのか。」
空を仰いだだけなのに、敦盛はそう言って納得すると顔を曇らせた。
まるで自分のことのように。

「だが、ヒノエがそうして強引なことをするのは、よっぽどのときだけなのだ。」
敦盛の言葉に、は聞き入った。
敦盛の口から語られるのは、ヒノエが決して口にしない『想い』。
「生まれた立場のせいか、ヒノエは自分の本心をなかなかに明かさない。それが明かされるのは、よっぽどのときだけだ。
 ヒノエは、よっぽど殿のことが恋しいようだな。」
最後の言葉とともににっこりとほほ笑まれて、は一気に赤面した。
言われた内容も赤面するのに充分であったが、敦盛の笑顔がそれに拍車をかけた。

「ヒノエは本気だ。そのことを殿が迷われる必要はないだろう。けれど殿はこの世界のお人だ。選ぶのは、難しいのだろうな。」
「そう・・ですね。昔はただ強引だったのに、最近のヒノエくんは私に選ばせてばかりで、正直悩んでました。
 ヒノエくんの本心がわかってなかったのは事実だと思います。敦盛さん、ありがとうございました。」
がお礼を言って頭を下げると、敦盛はとたんに照れた顔を見せた。

「いや、私は・・。余計な口出しをするなと、ヒノエにも怒られそうだが・・・。
 でも、柄にもなく落ちこんでいるヒノエを見たら、放っておけなくて・・・。すまない。」
不器用な敦盛のヒノエに対する優しさに、は笑みをこぼした。
「私も、きっとヒノエくんのことが好きなんだと思います。だから、迷うんだと思います。
 どうなるかわからないですけど、またなにかあったら敦盛さんに相談してもいいですか?」
ヒノエには言えなかった言葉が、敦盛の優しさの前には素直に出た。
「あぁ、いつでも。」
敦盛はそう言ってまた笑ってくれたので、の心もいつしか穏やかになっていった。



***



リズ先生が忽然と消えたのは、望美の八葉が言い争ってからまもなくのことだった。
いつものように有川家に集まってみると、将臣の姿もなかった。

「きっと先生がいなくなるのを見てたんだよ。将臣くんも、きっと先生と一緒にいる。」
望美の言葉を裏づけするように、白龍もリズ先生と将臣の気が一緒にあることを感じると言う。

弁慶がその鋭いまなざしを景時に向けた。
「こうなってしまっては景時、もう隠し通す必要はないでしょう。あの夜、心のカケラを拾いましたね?」
景時は暗い顔をしてうつむいた。
「うん、そうだよ。見つけた。」
景時は暗い顔のままで望美を見た。
あのことは隠し通すつもりだった。

「そしたら、先生はそれを知ってたんだ。預からせてほしいって言うから、先生に渡した。・・・まさか一人で迷宮にむかうなんて。」
「あの人は、すべてを一人で背負うつもりのようだ。」
「先生は迷宮に向かったんですね。それなら、すぐに追いかけましょう!」
力強く言った望美に、弁慶と景時が待ったをかけた。

「望美さんは、残ってください。」
「望美ちゃんは連れて行けない。」
ほとんど同時に告げられた言葉に、望美はもちろんも訳がわからない。
「どうしてですか?!どうして私は行っちゃいけないんですかっ?!」
案の定、納得いかない望美は声を張りあげた。

「それは、その・・・。」
景時の目が泳いだ。
その隙をつくように望美がなおも声を張りあげる。
「私、絶対に行きますからね!私だけが置き去りなんて納得できません!」

望美の剣幕に、弁慶が折れた。
「・・・わかりました。でも望美さん、約束してください。決して無理をしないと。」
「はい、わかりました。」
「弁慶!」
それでも景時はまだ望美が行くことを許せなかった。
非難めいた声をあげたが、景時は弁慶に一瞥されてしまう。

「こんなことになるまで黙っていた景時にも責任はありますよ。」
そうして横目で望美が遠くにいることを確認して、弁慶は小声で景時に言った。
「望美さんの意識が『あのもの』に支配されないよう、用心するしかありません。」
「そう・・だね。もしもそんなことになったら・・・。」

景時は手に目を落とす。
彼女の姿をしたあの魔の者を、今度こそ自分は撃てるのか。





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