「景時さんが、階段で転んで怪我をしたんじゃないことくらいわかります。私は、その原因を知りたいと思います。」
望美は、八葉を前に力強くそう告げた。
〔 炎の誓い 〜第13話〜 〕
幼馴染のベストフォローのお陰か、望美は以前の意思の強さを取り戻していた。
立ち止まるわけにはいかない。
始まってしまった出来事なら、自分が解決するしかない。
望美はもう前を見据えていた。
その意見に同意して予定の会ったヒノエ、敦盛、の四人で今日、景時が倒れていた報国寺へやってきた。
景時が倒れていた場所。
そこから少し離れた竹やぶまでくまなく探したが、手がかりになりそうなものはなにもなかった。
「なんにもないね。」
望美が石段に腰掛けながら空を見上げる。
「景時さん、なにを見たんだろう?」
「こんなところに怨霊がいたのかな?」
の何気ない一言に、敦盛が小さく身体をこわばらせた。
理由を知っているヒノエが、敦盛の肩をぽんと叩いた。
「穢れた気は感じない。むしろ流れは清んでいる。」
敦盛が静かに答えた。
「なら、ここに長居は無用だね。」
ヒノエが簡単に結論を出した。
驚いたようにヒノエを見る神子たちに、ヒノエはさも当然のように答えた。
「見たものを景時が持って帰ったのさ。帰ってヤツに吐かせようぜ。」
「ヒノエくん!景時さんはまだ、けが人だよ!」
「知ってる知ってる。」
望美の止める声に耳も貸さずに、ヒノエはご機嫌で帰り路を歩き出した。
***
「や・・やだなぁ、ヒノエくん。なんだか尋問されてる気分だよ。」
とりあえずけが人、という配慮をしてか、ヒノエは景時をソファに座らせて話を切り出した。
そのヒノエの後ろにはぐるりと八葉たちが取り囲む。
中でも朔の立ち位置からは、ものすごく凍えた空気が出ている。
「もういい加減吐いてもらうぜ?景時にあそこでなにがあったのか。」
「恥ずかしいから何度も言いたくないんだけどね。階段から落ちたって言ったでしょ?」
ヒノエはあきれた顔を見せた。
この期に及んでまだ嘘を突き通すというのか、この男。
「とぼけるなよ。大体は予想がついてるんだ。あそこで拾ったんだろ?心のカケラを。」
「えぇええっ?!」
ヒノエの言葉に望美が心底驚いて大声をあげた。
望美と同じようにそんなこと想像もしていなかっただが、の驚きは望美の声にかき消されてしまった。
「本当に?!景時さん、本当に心のカケラ見つけたんですかっ?!」
望美は景時の襟首をつかむと、がっくんがっくん揺さぶった。
ついさっきまで『景時さんはけが人』とヒノエの行為を止めていたはずなのに。
「望美ちゃん・・・。ちょっと痛い・・か、な。」
さすがに景時も涙目になっている。
「望美。・・望美。」
小声でが止めると、我に返った望美はぱっと手を離した。
「あ!ごめんなさい、景時さん。」
「うん、大丈夫。大丈夫。」
やっぱりとても大丈夫とは思えなかっただった。
ようやく自由を取り戻した景時は、いつになく真剣な顔で切り出した。
「ねぇ、望美ちゃん。あれが本当に必要かい?あの迷宮を進んで、どうするんだい?」
「へ?なに言い出すんですか、景時さん!」
突然の景時の予想もしない申し出に、望美はますます声を強めた。
も驚いて望美と景時の顔を交互に見た。
「景時、やはり・・・。」
弁慶だけが訳を知っているようなそぶりで、きつい顔をして景時を見た。
「おい、景時。どうしたっていうんだ。あの迷宮に龍脈の穢れがある。迷宮を解かねば―――。」
「解かなければ、この地の龍脈は穢れたままになるね。」
おちゃらける様子もなく、景時はとても真剣な顔をして九郎の言葉をつないだ。
「けれど、迷宮を解いたら、いったいどうなる?あの迷宮の奥になにがあるのか、誰もわからない。」
景時はそのままの表情で、弁慶を見た。
「これ以上進んで、何が起こるか・・・弁慶、君はわかって進んでいるのか。」
「進まねば、何が起こるかは確かです。」
弁慶は表情ひとつ変えずに、景時に答える。
とり残されたように、あとの者たちは二人の会話を見守った。
「龍脈は絶え、この鎌倉の地は荒廃する。それに・・・もう、僕たちは戻れないところまで来ています。」
「荒廃って、・・・京のようにですか?」
望美の問いに、弁慶がひとつうなずいた。
「戻れないとしても、・・・止まれるだろう。」
それでもなお景時は、自分の考えを変えなかった。
「待ってください、二人とも。なんか、変ですよ。」
訳もわからずに始まった口論に、も割って入る。
けれど、一度始まってしまったものは簡単に終わらなかった。
「確かに、俺たちの世界の京は、龍脈の力を失い荒廃した。だけど、この世界も同じだと君は言えるのかい?」
「景時さん。」
「あの扉を開き、内にいる怨霊を封印すればよいと、君は言い切れるのか。」
「今のところは、扉を開くたびに被害は広がってるって?」
将臣も黙っていられずに口をはさんだ。
「それは憶測ですよ。事実はあの迷宮に棲む怨霊が、龍脈を穢していることです。
怨霊を封印しなければ穢れは消えない。龍神も力を取り戻さず―――神子も力を取り戻さない。
根本的な解決にはなりません。違いますか?」
弁慶はあくまでまっすぐに景時を見据えたままだった。
「景時、一体どうしたんだ。元の世界に帰るには必要だと、言っていただろう。」
源氏組の騒動に、九郎が止めに入る。
が、次に景時から発せられた言葉は耳を疑うものだった。
「元の世界・・・ね。俺は帰れなくてもかまわないよ。」
「兄うえ・・・どうして・・・?」
朔が両手を口に当てて絶句した。
「冗談だろ。オレは帰るぜ。」
少し離れたところで見ていたヒノエが、きっぱりと言った。
は事の重大さも忘れて、ヒノエの方を見た。
『オレは帰る』
ヒノエには、帰るべき熊野がある。
それはこの前も、本人の口から聞かされたこと。
そう。彼は帰る。
彼の世界はここじゃない。
こんな重大な口論の場でも、迷うことなくその言葉を口にしたヒノエ。
彼の決心は、どうあっても変わることはない。
彼は、帰る。
口論は続いていたけれど、もうにはそれどころではなくなっていた。
漠然としたものの事実が、突きつけられた感じだ。
「やめて!そんなことで言い争わないで!」
望美の叫び声でハッとしたのは、だけではなかったようだ。
八葉たちもそれぞれに行き過ぎた発言を望美に詫びる。
結局リズ先生も反対していることを知り、望美はこの話を保留にした。
ぷつりと途切れた話の先を求めることもできずに、八葉たちはそれぞれに分かれた。
はほっと息をつくと、ソファに腰を落とした。
ヒノエの言葉だけが、の耳から消えなかった。
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