「おはよう、。今日はオレとデートしよう。」
こんなヒノエのセリフに、さすがのももう慣れた。
でも、こんな場所になんでいる?!

「・・・ヒノエくん、そこは私の家のダイニングなんだけど?」










〔 炎の誓い 〜第12話〜 〕










「ちゃっかり朝ごはんまで食べてるし・・・。ママも悪ノリしすぎ。」
二人で並んで歩きながら、は深々とため息をついた。
ヒノエは相変わらず、まったく気にする様子もなく笑っている。

「ママっていうのは母君の名前かい?」
「違う違う。母君と同じ言葉の意味がママ。」
「へぇー。かわいいね。」
「で?今日はどうしたの?私、望美のことが気になるんだけど。」

昨日、は望美が誰にも言えなかった秘密を聞いた。
運命をひとりで、上書きしてきたこと。
そのことが景時を傷つけ、現代にも気の歪みを生んだと、自分を責めていた。
あのままふさぎこんでしまったらどうしようと、それが心配だった。

「望美なら朝から出かけたよ。将臣と譲が二人でついてね。」
「そっか。幼馴染が一緒なら安心だね。」
「そうかい?オレなら3人で出かけるなんてゴメンだね。花のかんばせは、独り占めしたいものだろ?」
確かにヒノエなら出かけたときは3人でも、いつの間にか2人になっていそうだ。
ともかく、望美のことは心配なさそうでは一安心した。

「それで、ヒノエくんの目的は?」
気持ちを切り替えてが聞くと、ヒノエは真面目な顔をして言った。
「朝夷奈にある、熊野神社へ行こうと思ってね。つきあってくれるかい?」




***




朝夷奈にある熊野神社へは、少し山を登らなければならなかった。
杉並木の続く山道を進むと、その奥に熊野神社へと続く階段が姿を現す。
訪れる観光客はめったにいないため、その場所は静寂に包まれていた。
「あぁ、いいね。」
杉並木を抜けて階段を前にしたヒノエが、両腕を腰に当ててつぶやいた。

「この階段の上にあるの?」
がヒノエのとなりに並んで、上を見上げた。
「そうだね。あともう少しだ。、お手をどうぞ。」
急な階段を前にしり込みするに、ヒノエがすっと手を差し伸べた。
は自然とその手をとって、階段を登りだした。



、ちょっと待っててもらえるかい?」
神社の境内で本堂と向かい合い、ヒノエが言った。
「あ、うん。」
はここへきたことの意味も知らされていなかったので、戸惑いつつもヒノエを見守った。

ぱん、と大きく両手を合わせ、ヒノエが目を閉じる。
人の気配もまったくなく、それはまるで異世界にいたときのような感覚に似ていた。

しばらくの時間、ヒノエはそのままでまったく動かなかった。
もその場を離れなかった。
お参りというよりは、まるで儀式のようではそのヒノエの姿に見惚れた。
静かに時間が流れて、やわらかな時間にが心地よさを感じはじめたころ、ようやくヒノエが目を開けた。

「待たせたかい?」
「待ったけど、なんだか気持ちよかった。」
の笑顔に、ヒノエは安心したようにほほ笑んだ。

「オレのいた世界にも、ここはあったからね。どうしても最後の大勝負の前にきておきたかったのさ。」
ヒノエはそう言ったけれど、にはどうしてここなのかがよくわからなかった。
確かに静かで神秘的な神社ではあるが、特段有名な所ではない。
事実がここを訪れたのは初めてだった。

「ここじゃないとダメだったの?ほら、鶴岡八幡宮とかは?」
「あぁ、ここが特別なのさ。鶴岡八幡宮は主祭神がちがうからね。」
なんだか専門用語が出てきて、は首をかしげた。
「この朝夷奈山山頂にある神社は、熊野三柱大神を勧請したもの。一番オレに近い存在なのさ。」
ヒノエが本堂を見あげて言った。
神社を見て、次にを振り向いたとき、ヒノエの表情が一変した。
それは、とても切なげな表情だった。
の学校で見せた、あのときの表情に似ていた。



「勝利を祈るのも勿論なんだけど、どうしてもこの場所でに言いたいことがあったからね。」
「この場所で、私に?」
石段に二人並んで腰掛けて、二人の間を爽やかな風がすぎていく。
ヒノエがの目をまっすぐに見て言った。


「オレの故郷は熊野の海だよ。オレは熊野別当、藤原湛増だ。」
ついにヒノエが正体を明かした。

「藤原・・湛増・・?熊野・・熊野水軍を率いたっていう?」
「ご名答。オレのことも記述されてるなんて不思議だね。まぁ、時空が違うから俺自身のことではないんだろうけど。」
ウインクをして見せながらヒノエが言った。
「だからオレは熊野に帰らないとならない。の故郷がここだって言うように、オレの故郷も熊野なんだ。」

ヒノエが今なにを言わんとしているのか、にはよくわからなかった。
それでもそのヒノエの表情から、熊野を心から大切に思っていることがわかる。
「素敵だね。」
ヒノエのその表情を見たは、素直にそう思った。
「自分の住んでいるところにそれだけ誇りをもてるのって、素敵だね。」

「あぁ。オレはあの海で育ったからね。」
ヒノエは懐かしそうに目を細めて、けれどすぐにへ視線を戻す。


「―――オレが帰るって言ったとき、はどうする?」
「え?」
不思議そうに聞き返すに、ヒノエの目が切なげに笑った。

の気持ちも聞かないうちに卑怯だって言われそうだね。でも、それを含めて考えて欲しいっていうのは駄目かい?」
は呆然として何も言葉がでてこなかった。

「そんなの・・・ずるいよ。ヒノエくん。」
はまた唇を噛み締めていた。
「ずっと強引だったくせに、こんなときばっかり・・・!」

はうつむいて、怒りのようなやり場のない痛みに耐えていた。
今そんなことを言われたって、答えることなんてできない。

ヒノエはの様子を見て、困ったようにほほ笑んだ。
「ごめん、。オレは欲張りな男だから、欲しいと思ったものは手放せないんだよ。」
そして壊れ物に触るように、そっとを抱きしめた。
「うぬぼれじゃないと思うんだ。の気持ちがオレにむかってきてるって。」

は抱きしめられるがまま、ヒノエに身を預けていた。
ヒノエの言っていることを、否定する気持ちはなかった。
クリスマスの夜、確かにまだヒノエを好きかはっきり言うことはできなかった。
それでも、なんとも思っていない人と出かけるような気にはならないのだから、好意は持っていた。
確かに言葉にできるほどの想いはなくても。

「ずるいよ・・・。ヒノエくん。」
言葉では、そうとしか返すことができなかった。
それでもヒノエは、その言葉から伝わるの気持ちを受け止めた。

「ごめん、。」
辛い選択をさせることをわかっていた。
だからヒノエはこの場所を選んだ。
熊野に見守られながら、にこの想いを伝えたかった。
のことも含めて、勝利の祈願だったのだから。

「好きだよ、。」
ヒノエはに、とびきり甘いキスをした。
手をあげることもせずに、そのキスを受け入れているがそこにいた。





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