「望美が心配なのはわかるけど、の身体にも気を使って欲しいね。」
お風呂からあがりたてのの頭を、バスタオルで楽しそうにガシガシ拭きながらヒノエが言った。
朔のパジャマに着替えたは、少し恥ずかしそうにうつむいた。










〔 炎の誓い  〜第11話〜 〕









「自分でできる」と辞退したのに、「オレにやらせて」とタオルを取られた。
髪の毛なんて自分で乾かせるのに、ヒノエはえらく楽しそうだった。
丁寧にドライヤーまでかけてくれて、さながら美容師だ。

「ありがとう、ヒノエくん。」
「どういたしまして。」



望美が見つかったとき、そばには傷だらけの景時も一緒だった。
望美に怪我はなかったが、景時は全身に打撲を負っていた。
その報告を受けて有川家に駆けつけると、が最初に連れて行かれたのはバスタブだった。
全身雨にうたれて、見るも無残な姿だったに違いない。

「私が電話してしまったせいね。ごめんなさい、。」
朔がひどく申し訳なさそうに謝る。
「私が傘持っていかなかったのが悪いんだから、気にしないで。」
自分の兄と、対の望美が同時に行方不明だったのだ。
電話した朔を責めるなんて、できることじゃない。
むしろこうして頼ってもらえることのほうが嬉しいのだ。

「望美は?」
ようやく自分が落ち着いて周りを見ると、望美の姿がどこにもない。
はみんなの顔を見回してたずねた。

「景時に付き添ってるよ。行ってみるかい?」
ヒノエに案内されるまま、は景時が伏せっている部屋を訪れた。


景時は小さく寝息を立てて休んでいた。
望美はその傍らで、そっと拳を握り締めていた。
ヒノエは部屋には入らず、だけが中に入って襖を閉めた。

「望美。」
が声をかけると、望美は思いのほか驚いた様子でを見た。

ちゃん・・・。」
今にも泣きそうな声で望美がを呼んだ。
「望美も、景時さんも、無事でよかった。」
が望美を抱きしめて言う。
すると望美が関を切ったように泣き出した。

ちゃ・・・!やっぱり、私のせいだよ・・っ!」
「ちがうよ望美。落ち着いて。そんなわけないから。」
「私の・・・せいなの・・・!」
泣き崩れる望美を、どう慰めていいかもわからず、は自分の話をすることに決めた。
ヒノエには話した、自分が神子として召喚された世界の結末を。

「聞いて、望美。同じ神子でも、私は何も救えなかった。
 私は神子として京を救うどころか、自分の八葉も救えなかったんだよ。」
真剣なの表情に、望美がしゃくりあげながらも少し落ち着きを取り戻す。
それを確認して、はなおも話を続けた。

「神子という存在を時の帝は認めてくれなくて、私は星の姫の邸ごと火にかけられた。
 私を守って、対の神子も、星の姫も、八葉も・・・みんな炎に巻かれた。
 私だけがあの場から龍神様に助けられて、こうして自分の世界に戻ってきたの。
 みんなみんな、死んじゃった。私は大切な人を一人も助けられなかった。同じ神子なんて、言える立場じゃない。
 そんな私がこうして存在してるんだよ。別の世界を救ってきた望美が、背負わされるものなんてあっていいはずないよ。
 罰を受けるなら私のほうだもの!」

望美はの言葉を聞いて、少し呆然とした様子を見せた。
が、すぐにふるふると首を振る。
「・・・がう。ちがう!私も・・・一緒。ちゃんと一緒だよ。守れなかった。変えられなかった!みんな死んじゃった!」

そうして望美はに秘密を打ち明ける。
最初の運命。
望美の周りの、大切な人たちの死があったこと。
白龍から渡された逆鱗があったから、運命を変えてこれたこと。

「これがなかったら、私だって何も変えられなかった。私だって、ちゃんと一緒。」
望美のてのひらで、逆鱗が静かに輝く。
白龍から託された最期の『神子、生きて』という言葉。
その言葉のとおり、望美だけが生き残った最初の運命。

あの悲劇を変えたくて、何度も、何度も、運命をさまよった。
死ななかった仲間が生きている未来。
平家と源氏の和議を、本当に成し遂げたときに「これで変えられた」とほっとした。

けれど、これがその代償なのだろうか。
自分の生きた世界に、あるはずのなかった穢れ。
怨霊の存在。
どこかでゆがんでしまった運命が、ここに滞ってしまったとでも言うのだろうか。
望美はそのことに苦しんでいた。

「そんな・・そんなことないよ。望美は自分を犠牲にして、傷ついてきたんじゃない・・・!」
は望美を抱きしめた。

守れなかった神子と、守ってきた神子。
それでも、傷ついた心は同じだった。



襖の外で様子を伺っていたヒノエは、無言でその場を離れた。
「いつのときも、傷つくのは神子なのかよ。」
やりきれない怒りに、ヒノエはただ壁を殴りつけることしかできなかった。





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