「あ。・・・ごめ・・。」
震えてしまった声が自分でもわかって、はヒノエの顔を見あげた。
ヒノエはいつも通りの笑みを崩さなかった。
「謝ることじゃない。こそ、大丈夫かい?」
〔 炎の誓い 〜第10話〜 〕
ヒノエの言葉にはうなずく。
「大丈夫。聞きたいの。聞かせてもらえる?」
ヒノエは一息ついた。
そしてこちらを近くから伺っている弁慶を見た。
小さくニラむと、弁慶はいつもの笑みを見せた。
それがますますヒノエの気分を悪くする。
「ヒノエくん?」
が不安そうにヒノエを見上げていた。
「あぁ、ごめんよ。続き、だね。・・・うん、あるね。」
ヒノエは本の先の文章を目で追った。
そしてそれが書いてある文章をに示した。
「ここだよ。」
ヒノエはの表情を確認しながら読みあげる。
「すべてをかけて神子を守った。そう書いてある。」
はヒノエの言葉を聴いて、それが書いてあるのだろう場所を指でなぞった。
「すべてを・・・・。」
あの状況で、助かるなんてもちろん思っていなかった。
こんなふうに文字だけで彼の最期を知ることになるとは、予想もしていなかったけれど。
「私にこれを知らせるために、ここに存在してくれてたのかな。」
は独り言のようにつぶやいて、ヒノエに本を押し戻した。
「ありがとう、ヒノエくん。読んでくれて。」
「あぁ。」
ヒノエにしてはめずらしく、そのあとのを追いかけなかった。
「ヒノエ。」
と入れ替わりに弁慶がヒノエの元にくる。
ヒノエはうるさそうに、ひとつ舌打ちをした。
弁慶はもちろんそんなことは気にせずに、ヒノエから本を取りあげた。
そして先ほどまでヒノエとと、二人が見ていたページを開く。
「・・・ヒノエ。」
「なんだよ。」
ヒノエはを目で追いながら返事をする。
は少し離れたところで、ひとりで高い本棚を見あげていた。
「意図的に読みませんでしたね。いい判断だと思いますよ。」
先を読み進める弁慶の顔に、険しさが増す。
「今回のことも本当に、さんがいてこその出来事なのかもしれない。
彼女にとってもこれは、自分の時空の神子としての戦いなんですね。」
弁慶の脳裏には、先ほどのシャンデリア落下事故が思い浮かんでいた。
あのときの望美に感じた、まがまがしい気配。
あれが最初の警告になるのだろう。
の天の朱雀に書かれた文章が、どうしてもそれを連想させる。
『朱雀の絶命前に、その時空ごと消滅した。』
朱雀の書には、そう記されていた。
時空をひとつ消し去ってしまうほどの力。
おそらく、飲みこまれたというほうが正しいのだろう。
時空を消滅させるのは、人の子の手では到底ない。
時空を歪める力は神の領域。
その神の名を、弁慶は知っている。
***
鉄鼠という大きな鼠の怨霊を倒した先に、またもや扉を見つけた。
予想通り、その扉は開かない。
「また、アレがないと開かないのかな?心のカケラ。」
ドアノブに手をかけて望美がため息をついた。
「心のかけら?」
聞き慣れない言葉にが聞き返す。
迷宮を戻る間に、望美はその心のかけらにまつわる話をしてくれた。
自分を『幻影』だと名乗る人から、それは渡されたのだと。
その青い水晶に触れたとき、自分の記憶の中から呼び覚まされるものを感じるのだと言う。
その記憶と重なって、扉が開くイメージを感じたそうだ。
「ちゃん。私、もしかしたらとんでもないことをしてきちゃったのかもしれないの。」
電話をかけてきたときと同じように、沈んだ声で望美が言う。
「私が運命を変えてきたせいで、私の世界が壊れていくのかな・・・。
円覚寺の落雷のあとを見たら、なんだかすごく怖くなったんだよ。」
「そんなことないよ!」
元気のない望美に、は思いのほか大きな声でそれを否定した。
『運命を変えてきた』という意味はよくわからなかったが、望美のせいで異変が起こってるなどとは思えない。
望美はのできなかったことを成した神子なのだから。
「望美は、別の世界を守ったんだもん。その代償があるはずなんてない。むしろご褒美もらっていいくらいだよ。」
真剣に言うに、望美がようやく笑顔を見せる。
「そっか。ご褒美か。」
「うん!」
「うん。・・・そうだね。ありがとう、ちゃん。」
キラキラと輝く望美の笑顔。
迷宮を出ると、その笑顔と同じようにキラキラ夕日が輝いていた。
「うわぁ!もうこんな時間?」
望美が懐中時計を服のポケットから出して時間を確認する。
開いたときに、心が落ち着くようなメロディーが流れた。
「キレイな音。おしゃれだね、望美。」
が時計をのぞくと、望美はが見やすいように時計を差し出す。
「将臣くんがくれたの。」
「へぇー。・・・やっぱりもうこんな時間なんだ。」
「ねー?お腹空いたよね。」
たしかに小腹が空いた気がする。
おやつ、というには遅い時間だが夕食、というには早い。
「ねぇねぇ!何か食べて帰ろう?!」
望美の提案にみんながうなずく。
結局、朔の希望でソフトクリームを食べて帰ることにした。
燃えるような赤い夕日が沈むと同時に、雨が降り出した。
その雨が運んできたのは、思いのほか激しい痛みだった。
***
「?兄上がそちらに行っているかしら?」
緊張した声で朔から電話があったのは、夜も更けてきてからのことだった。
「景時さんが?ううん、きてないよ。」
「そう・・・。望美とも連絡がとれないの。なにか知ってるかしら?」
「望美も?」
の脳裏に、今日の元気のなかった望美が思い浮かぶ。
とたんに心配になって、雨の中家を飛び出した。
気落ちしていた望美の口から円覚寺という言葉が出たのを思い出して、はそこへむかった。
傘も持たずに飛び出したので、ずぶぬれのまま電車に乗りこむ。
周りの乗客がいぶかしげな目でを一瞥するが、今は気にならなかった。
円覚寺の本堂には、ローブで立ち入りが規制されていた。
はそのロープをくぐって中へ入る。
御堂が雨の中薄気味悪かったが、望美を探すためだと勇気を振り絞る。
そんなの目に飛びこんできたのは、落雷というにはあまりに無残な傷跡だった。
巨大な怪物が、大きな口で食いちぎったような跡。
これを見た望美が、ショックを受けるのもうなずける。
「ひどい・・・。」
も息をのんでその傷跡を見た。
周りをしばらく捜索しても、望美の姿はなかった。
当てが外れたと、が別の場所に向かおうとしたとき、の携帯が鳴った。
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