「前は、ここから先に行けなかったんだよね。」
滝の裏側に隠れるようにある扉。
望美がその取っ手に触れると、待ち構えていたように扉は開いた。
「行こう、みんな。」
望美の声に一丸となって扉の中に踏みこんだ。
〔 炎の誓い 〜第9話〜 〕
少し元気のない声で、の元に望美から電話が入ったのは、その日のお昼ごろだった。
内容は「扉がまた開いたと思うから来て欲しい」というもの。
どうしてそんなことが望美に感じとれるのか。
どうしてそんなに元気がないのか。
気になる点は多かったけれど、はすぐに鶴岡八幡宮へ駆けつけた。
全員がそろったのを確認して迷宮に入り、こうして今滝の扉にたどり着いたのだ。
迷宮は洞窟を進み、洋風の館に入った。
とても広い館に、現れるのは怨霊ばかりだった。
いくつかの扉をくぐっていくと、やがて大きな広間に出た。
吹き抜けになっている広間に飾られているシャンデリアが印象的だった。
「さん、僕に力をもらってもいいですか?僕にだけ、特別に。」
戦闘の最中で弁慶がに近づき、意味ありげに囁いた。
いきなり近づいてきた美青年のアップに、は顔を少し赤らめながらうなずいた。
「それでは、お願いしますね。」
を翻弄していることを楽しむように、弁慶は深みのある笑いを浮かべる。
弁慶はヒノエがしたのと同じように、後ろからの肩を抱いた。
そして。
「君の敵は砂塵に変えて眠らせましょう。地久滅砕!」
から祈りを届けられた弁慶は、一瞬にして怨霊を消し去った。
「すごいですね。」
一瞬の出来事に、まだ落ち着かない面持ちでがつぶやいた。
「敵はすべて水属性でしたから、僕の攻撃が有効と思ったんですよ。」
大きく気力を消耗しているはずなのに、その疲れも見せずに弁慶が言った。
黒い大きな外套でわずかに表情をのぞかせているが、それがますます彼の神秘的な魅力につながっている。
は半分ボーっとしながら弁慶の動作を見ていた。
「そんなに見つめないでください?僕のほうが緊張してしまいますよ。」
弁慶がそんなを見て、くすりと笑った。
「わぁっ!・・・ごめんなさい。」
弁慶の威力に翻弄され、は慌てふためく。
「弁慶さん。あんまりちゃんをからかわないでください。」
弁慶の後ろから望美が声をあげた。
はほっとして望美を見た。
「何かの映画に出てきそうな場所だね、ここ。」
望美がに言った。
そう言われて、は怨霊のいなくなった広間をぐるりと見回した。
「ん?」
上を見上げたときに、顔にぱらぱらと木屑のようなものがかかった。
手にとって見ると、木の板が細かく砕かれたようなものだった。
「なに、これ?」
「先輩!」
譲の悲鳴のような声と、ズシという重い音が聞こえるのはほとんど同時だった。
誰もが息を呑んだ。
望美めがけてシャンデリアが落ちた。
落下速度に逃げる意識が間に合うはずもなく、望美の姿が木埃の中に消えた。
「望美!」
「望美っ!」
「大丈夫ですよね!生きてますよね!先輩っ!」
全員がシャンデリアの所に集まり、望美を救出しようとその下に目を凝らした。
最悪の事態を予想していた八葉たちは、シャンデリアの下に望美の姿がないことに驚いた。
「望美?!どこだ!」
「望美!」
九郎と将臣があたりに向かって声をあげる。
「・・・・私はここだよ。」
が、望美の声はシャンデリアから遠く離れた階段の上から聞こえてきた。
「望美!無事だったのね。」
朔が安心したように胸をなでおろす。
「私、どうしてこんなところにいるんだろう・・・。」
当の本人にも事情がわからないらしいが、ともかく望美は無事だった。
「・・・なるほど。」
リズバーンがひとり、小さくつぶやいたのを弁慶だけが聞いていた。
も他の仲間も、望美の周りを囲んで無事を喜んでいた。
だから、二人がとても苦々しい表情を浮かべていることに気づかなかった。
***
進んでいった迷宮の先には、図書館まであった。
とても怨霊が利用するとは思えないのだが、誰が利用するのかは謎だった。
現代にきてから図書館通いが日課になったという敦盛は、一冊一冊丁寧に手にとって確認している。
慣れない九郎などは、高くそびえる本棚に圧倒されたように見上げていた。
しばらく九郎と同じような反応をしていた白龍は、何かの匂いをかぎつけた子犬のように目を輝かせた。
「ここに、神子を呼ぶものがあるよ。」
呼ぶもの。
と言っても、ここにあるのは本だけ。
本が神子を呼ぶ、というのも変な話だったが、その謎はすぐに解けた。
それぞれの宝玉の色と同じに発光する本を、八葉が見つけてきたのだ。
差し出された本を見ても、望美にもにも発光しているようには見えなかった。
どうやらその宝玉を持つものだけに反応しているらしかった。
九郎が開いた本を、となりでのぞきこんでいた望美が顔をしかめた。
「読めないよ、これ。」
「うわ、漢文じゃねぇか。」
将臣も望美と同じ顔になる。
「歴代の八葉・・・。これには青龍から加護を受けた者について書かれているな。」
九郎がその書物を読み出すと、その内容には固まってしまう。
歴代の八葉。
それには当然、の八葉が含まれている。
当然九郎はそんなことを気にせずに、何例か読みあげる。
そのあとに玄武、百虎と続いたが、の八葉に触れられることはなかった。
「じゃあ、最後はオレたち朱雀だね。」
ヒノエが本を開く。
読みあげた中には、やはりの八葉は出てこなかった。
ヒノエの朗読が終わり、人がまた部屋の中に分散する。
は心に決意を決めて、ヒノエに近づいた。
「ヒノエくん。」
「なんだい?。」
「さっき読んでた本のことだけど。」
が切り出すと、ヒノエはウインクしながら本を出した。
「これだね?」
はヒノエが差し出した本を見て、そしてヒノエを見た。
「さっき読んでくれた天の朱雀のほかに、古武道の師範代の天の朱雀がいない?」
平静を装っているように見せるものの、の手が小さく震えている。
一人時空を戻ってきたの知らない彼の未来。
そのことを聞くのは、とても怖かった。
でも聞かずにはいられなかった。
ヒノエは小さく天井を仰いで、本を開いた。
「・・・あぁ、いるね。この中ではオレに近い代の朱雀だね。」
言われては読めもしないその本をのぞきこんだ。
丁寧にヒノエがその部分を指差して教えてくれる。
「ほら、ここだよ。」
「あとは?・・・それ以外に何か・・書いてある?」
不覚にもの声が震えた。
気丈に振舞うつもりが、まだの感情は従えなかった。
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