「なんで譲のアルバムなのに、望美がこんなに写ってるんだい?」
「隣の家だし、祖母がやたらと先輩の写真を撮りたがったんだよ。」
昼下がり、有川家を訪れると譲とヒノエが望美を巻きこんでアルバムを見ていた。
を見つけたヒノエが手招きをして、4人でアルバムをのぞきこむ。
そこには、美少女の片鱗を見せる望美が、生き生きと写っていた。
〔 炎の誓い 〜第8話〜 〕
「すっかり望美のアルバムだね。譲くんにはちょうどいいか。」
冷やかし気味にが言うと、譲が赤く頬を染めた。
「なに言ってるんですか、さんは。」
こんなに赤くなって反応しているのに、当の望美はまったく気づいていない様子だった。
「ね、ね。譲くん。この写真撮ったのってどこだっけ?」
「温室です。今もありますよ。行ってみますか?」
「行く行く!わぁー懐かしいなぁ。」
望美と譲は連れ立って温室へと行ってしまう。
それについていくほど野暮な二人ではない。
「がんばれー、譲くん。」
小さく応援しては見送った。
「さすが天然の神子姫様だ。すっかり振り回してるね。」
ヒノエも笑って見送っている。
しばらく笑顔で望美と譲を見送っていただったが、ヒノエの視線を感じて硬くなった。
「なに見てるの?」
ヒノエのほうに顔は向けずにが言った。
「の横顔。」
は大きなため息をついてしまう。
が、すぐに思い直して自分の頬をぱんぱんと叩いた。
これがヒノエの『普通』なのだ。
「さて。譲と望美は思い出に浸りにいったから、俺たちは今を楽しもうか?」
ヒノエが楽しそうに提案した。
街に出ている他の八葉から異常を伝える連絡もなく、気になるニュースもない。
がヒノエの申し出を断わる理由もなかった。
「は普段どんなことをしてるんだい?」
「普段は望美と同じように学校に行ってるよ。今は冬休み。」
「そこは楽しいのかい?」
「楽しい・・・。うーん、難しいな。」
ヒノエたちの世界にはない『学校』。
ヒノエはそれにとても興味を示した。
「でも、楽しくないってことはないよ。自分で選んだ高校だしね。」
は笑いながら言った。
「異世界に行く前は当たり前だと思ってた学校生活も、今はなんだか特別なことに思えるし。」
それまでは当たり前だと思っていたことも、当たり前ではないと知った。
そう思わせてくれたあの世界は、にとってやっぱり大切なもの。
あの世界に行ったから、今のこの生活がどれだけ幸せなものかを知ったのだ。
ヒノエは少し考えて、そして突拍子もないことを言い出した。
「オレもその学校に行ってみたいんだけど、行けるかな?」
「今は冬休み中だから、ちょっとくらいなら平気かもしれないけど・・・。本気?」
運動部は活動しているだろうし、他校との交流試合だってあるだろう。
知らない顔があってもおかしくはない。
授業があって先生が多くいるわけでもないし、問題は極めて低いと思えた。
だから反対する理由もなく、はヒノエに任せることにした。
「本気。確か『制服』ってのを着るんだろ?」
「そうだけど、ウチの高校の男子の制服なんて私持ってないよ。」
「いいじゃん譲ので。おい譲!制服貸してくれよ。」
ちょうど温室から帰ってきた譲を捕まえて、ヒノエは制服獲得に成功。
少し大きいのが癪に障ったが、羽織ることでごまかした。
制服を着たヒノエは、どこから見ても現代の男子高校生だった。
***
一度家に帰ってから、も自分の制服を着て学校に向かった。
の学校は藤沢にあって、電車をおりてすぐの便利な場所にある。
自分のとなりを制服姿のヒノエが歩いているのは、少しくすぐったく思えた。
藤沢は繁華街になっているので、部活帰りの他校の生徒も多くいた。
何組かのカップルが、とヒノエの横を通り過ぎていく。
「。」
ヒノエがの名を呼んで、の前に立つ。
用件をが聞くまでもなく、ヒノエは笑って右手を差し出した。
「手をつないでもらってもいいかい?」
いつもは強引なヒノエが珍しくに聞いてきたので、はヒノエの手とヒノエの顔を見比べた。
「聞いてくるなんて珍しいね、ヒノエくんが。」
「さすがに人が多い場所で、パシンとやられるのはごめんだからね。」
ヒノエは自分の頬を叩くマネをして言った。
「さっきからすれ違うと、オレたちのように並んで歩いているそのほとんどが手をつないでいるだろ?」
確かに。
その姿には、も淡い憧れをもったことがある。
同じ制服を着て手をつなぎ、楽しそうに街を歩く同級生たち。
異世界から帰ってきてからは、彼と手をつないで歩いた京の街並みを懐かしく思ったこともある。
でもそのたびに苦しくて、悔しくて、涙が出た。
は困ったようにヒノエを見上げた。
あらためて聞かれてしまうとなんと答えていいものか分からない。
「だめ、かい?」
ヒノエが少し残念そうに首をかしげた。
そのまなざしが寂しそうに映る。
「・・・なんて答えたらいいのか、わからない。聞かれるのも困るよ。」
正直にが答えると、ヒノエはいつもの余裕そうな顔つきに戻る。
「正直だね。そこがのいいところだよ。」
嬉しそうにとびきり微笑むと、差し出していた右手での手を引いた。
「オレに任せてくれるんだろ?なら、離さないぜ。」
ヒノエはつないだ手をの目の前にかざして見せた。
「オレは、欲しいと思ったものは絶対に手に入れる。覚悟しときなよ?。」
「本当にもう・・・。」
ヒノエのように言葉で率直に伝えてこられると、なんと返していいのかわからなくなる。
それでもつないだ手は、ヒノエ自身の温もりをに伝えてきた。
その温もりに、いつしかほっとしてしまう自分もいた。
***
学校につくと日は傾きだして、忙しく帰り支度をする生徒にまぎれて難なく校内へ入ることができた。
教室などでは人目についてしまうので、二人は校舎の屋上へあがった。
屋上から、下校していく生徒を見送る。
誰もがわいわい、楽しそうにしている。
「みんな楽しそうだ。いい顔してるね。」
夕日に照らされたその姿を、少しまぶしそうにヒノエは見送った。
「もしもこの世界に生まれていたら、オレもああしていたんだろうね。」
「きっとモテモテだね、ヒノエくんなら。他校にいてもかっこいい男の子の情報は早いから。」
今目の前にいるヒノエの姿から、それは容易に想像できる。
「心をよせてくれる姫君は、一人で充分なんだけど。」
ヒノエがにほほ笑みながら言った。
はそのヒノエの表情に、いつもと違うヒノエを見た気がした。
どき、と跳ねた心音をごまかすように、は手すりをつかむ自分の手を見ていた。
「今日はの学校にこられてよかったよ。わがまま、聞いてくれてありがとう。」
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【あとがき】
関越えました。(笑)
迷宮でも思ったのは、「ヒノエって校門で待つってタイプじゃないよね」です。
彼ならスタスタ教室までやってくるんじゃないかな?