「譲にはこだわりなく前の八葉の話をしてただろ?どうしてオレにはできない?」
「そんなこと・・・。」
「あるだろ?の天の朱雀。そいつはのなんだい?」










〔 炎の誓い  〜第7話〜 〕










反射的には顔を背けた。
上をとっているヒノエはのあごに手を添えて、自分のほうに引き戻した。
「逃げるなよ。聞いてるオレだって、相当緊張してるんだぜ?」

ヒノエはつかんでいたの腕から、手をとり自分の胸に当てた。
トクトクと流れるヒノエの心音に、は固まっていた身体の緊張を少し解いた。
そのまま芝生に頭までつけて夜空を見上げる。


「・・・どうして、踏みこんでくるの?」
泣きそうなの、震えた声だった。
「ただの女子高生。それがある日突然、知らない世界につれてこられた。」
それは、が初めて語る、自分が神子として召還された世界の話だった。

「京の荒廃は止めようがなくて、その中で現れた私は希望の神子と言われた。
 私の八葉はすぐにそろって、少しずつだったけど、京の平和を取り戻そうとがんばった。
 でも、帝は私の存在を快く思われなかった。」

『神子を語り、我の政権を脅かす魔物を成敗せよ!』
それは紛れもない宣旨だった。

「帝が京の守りを授かる神子を討ったのか?!」
あの後白河法皇でさえ、神子の存在は認めていた。
なのに、の世界の帝は神子を否定したのだ。

「星の姫の屋敷ごと、焼かれたの・・・!」
あの世界を離れてから、目と心に焼きついた光景。
すべてを奪った、紅い炎。
炎によって渦巻く熱風。

の目から、涙はこぼれなかった。
ただ、悔しかった。
今でも思い出すと、こんなにも苦しい。

いつの間にかは身体を起こされて、ヒノエに抱きすくめられていた。
は悔しさに、さらに唇をぎりっと噛みしめた。

「帝の兵が一斉に攻めてきた。八葉のみんなは誤解を解くために奔走してくれたけど・・・ダメだった。」



***




神子として、突然召還されたのに。
認めてもらえない。
私の力が、足りないから―――?

あの世界の最後は、彼と二人きりだった。
『お前は、死ぬなよ』
生意気そうな目はそのままで、彼が言った。
『イノト!』
星の姫を失って失意ののもとに、彼だけがたどり着いた。
背中には矢が刺さり、口からは黒い血が流れていた。

『行ってくれ!お前は・・元の、世界に帰れ・・・!』
『イノトぉ!』
昨日つないだ手が、触れ合うことはなかった。
朱雀の炎が、敵の炎を拒絶するかのように巻き起こる。
『龍神!早くを連れて行け!』
背中越しに叫ぶと、一度だけを振りむいた。
その表情は相変わらず、年下の生意気な少年の顔だった。

鈴が鳴る。
星の姫と八葉の命を懸けた願いが、龍神に聞き入れられたのだ。

視界が歪んで、気がつけば異世界に飛ばされる直前の時間に戻ってきていた。
こうしては、神子として京を救うこともできず、自分の八葉も星の姫も失って現代へと戻ってきた。




***




「あの世界との繋がりを、私は自然と探していたのかもしれない。だから、あの迷宮の扉が見えた。」
すべてを失った龍神の神子。
守ることも、加護を与えることもできなかった。
それがの闇だった。

「死んだ恋人と同じ声、同じ宝玉のオレ。」
耳元でヒノエが言った。
は無言でうなずいた。
『恋人』という言葉を、否定しなかった。
ヒノエはさっきよりも強くを抱きしめた。

「私に力がなかったから。なのに・・・私だけ・・・!」
。」
「弁慶さんに言われたの。唇を噛み締めるのは癖ですか?って。
 あの世界に飛ばされたときから、弱音をはかないようにそうしてきたの。
 私、ずっとずっとあの世界を守りたかった・・・!」

きゅ、と噛み締めれば言葉は出ない。
きゅ、と噛み締めれば気合いが入る。
それはが最初に身に着けたことだった。


『いいじゃん、弱くても。』
の天の朱雀が、最初にの弱さを認めてくれた。
彼の前では唇を噛み締めなくてもよかった。

だから、守りたかった。
彼の生きている世界を。

でも、守れなかった。
そうして帰ってきたは、また唇を噛み締めることしかできないでいた。


ヒノエは遠くを見つめたまま、の背を撫でていた。
肝心なところで涙を見せないことは、やはりヒノエには理解できないことだった。
だから惹かれているのだろうか。
それとも、同じ天の朱雀だから惹かれるのだろうか。
宝玉だけでなく、彼の想いまで受け継ぐなんてありえるのか?

「・・・ありえないね。」
馬鹿らしいことだと現実主義のヒノエは笑った。
そして抱きしめていた腕を離して、と顔を合わせた。

「知ってるかい?唇を噛み締めなくてもいい方法があるんだぜ?」
ヒノエはそのままのあごを人差し指で固定して、自分の唇をの唇に寄せた。
重ねた唇からは、の血の味がほんの少しだけヒノエに伝わった。



***



一瞬意識が奪われて、それでもすぐには自分に何が起きているのかを知った。
目を閉じるどころでない突然の出来事に、は逆に目を見開いた。
身体を引き剥がそうとしても、ヒノエの掌はの頭の後ろに添えられていて離れない。

はドン、とヒノエの胸を叩いた。
それでもヒノエは唇を離さなかった。
力いっぱい突き放そうとしても、華奢なヒノエの身体のどこにそんな力があるのか、敵わない。
は半分涙目になりながら、手を振りあげた。

ぱしっ、と乾いた音が鳴る。
目を閉じていたヒノエは、頬の痛みの意味を理解して目をあけた。
唇をゆっくり離すと、案の定、怒った顔をしたがいた。
あまりにも予想通りで、ヒノエは笑ってしまう。

「〜〜〜っ!何がおかしいの?!」
は手をあげたことも忘れてヒノエを怒鳴りつけた。
「いや。怒った顔も悪くない。」
「何言ってるの?!何でこんなことするの?!」
「へぇ、の天の朱雀はこんなことしなかったのかい?」

は何も言い返さずにヒノエをニラみつけた。
何を言い返しても、ヒノエはそれを楽しんでいるだけだとわかったからだ。

ヒノエはすぐに、とても真面目な顔で言う。
「オレはオレだよ。がそう言っただろ?オレはの天の朱雀とは違うんだろ?」
「そうだけど!・・・そう言ったけど、こんなことすることないじゃない・・・。」
悔しそうに言うに、ヒノエは笑いかけながら言った。
「誤解してるみたいだけど。オレは嫌がらせのつもりでやったんじゃないぜ?」

はヒノエの真意などわからない。
彼の性格は、ひらりひらりと真実を避けることに慣れているから。

「オレはに惹かれてるみたいだ。唇を許すのは特別な存在だからだぜ?」
ヒノエはそう言いながら、もう一度の唇に迫った。
は両手でヒノエの頬をぱし、と挟んだ。
「だめ!」

ヒノエはいかにもがっかり、といったように肩を落とした。
「さっきは油断したけど、今度はそうはいかないんだから。」
「どうしてだめなんだい?」
ありえないとばかりに、真面目に不思議そうに聞いてくるヒノエ。
悪気がないだけにたちが悪い。

「聞くことじゃないでしょ!私はヒノエくんのこと―――。」
「嫌い?」
「嫌いじゃないけど・・・好きかどうかはまだわからない。」
の答えに、ヒノエは嬉しそうに笑った。

「いいね。落としてみろってことだろ?望むところだよ。」
「はぁ?・・・ヒノエくんって、とことんプラス思考だね。」
「じゃ、これは宣戦布告かな。」
があきれてふっと手の力を抜いたとたん、かすめとるようにヒノエがに口づけた。




***




「どうしたんですか?ヒノエ。紅葉が頬を彩っていますよ。」
その日夜遅く、有川家に戻ったヒノエを玄関で出迎えたのはよりにもよって弁慶だった。
「キミは自分の気持ちを押しつけすぎなんですよ。もう少し慎重に進めないと。」

「・・・なんでこんなことろにいるんだよ、弁慶。」
「おや。キミの帰りが遅いので待っていたんですよ。何かあっては僕が兄にしかられてしまいますから。」
ほほ笑む弁慶。
年頃のヒノエにはこの叔父の子ども扱いが我慢ならない。

「保護者気取りかよ。」
「えぇ、そのつもりです。」
さすがのヒノエでも、人生の修羅場を何度も潜り抜けてきている弁慶には勝てない。
もともと口でこの弁慶に勝てたためしはない。
「キミが遊びでないことぐらいすぐにわかりますよ。だから、口を出さずにはいられません。」
ほほ笑んでいた顔を少し引き締めて、弁慶がヒノエに言う。

「僕たちはこの世界の人間じゃありません。ずっとこのままではいられないんですよ。」
「アンタに言われなくてもわかってるよ。」
ヒノエはそう言い残して弁慶の横をすり抜けた。

弁慶は自分にだけ可愛らしさのなくなった生意気な甥っ子を、すこし寂しそうに見送る。
「ヒノエ。女性の本当の想いは、キミが考える以上に強いんですよ。」




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