九郎による乾杯の合図のあと、あれだけ用意した料理はあっという間になくなってしまった。
誰の料理もおいしくて、食べ過ぎるほどに食べてしまった。
望美と将臣は譲の料理したチキンのオレンジソースがけの最後の一口を争って、本気で剣を抜きあった。
(もちろん周りが慌てて止めに入り、勝敗はゲームで決めた。)
ゲーマーの将臣と望美を中心に、そのあとはゲーム大会へと突入。
異世界大人組は酒を片手にそれを見守る。
当然のように後片付けを始めた譲に気づいて、も空いているお皿を片付けだした。
〔 炎の誓い 〜第6話〜 〕
「できた男の子だねぇ、譲くん。誰に教えられたの?」
譲が皿を洗い、が隣で皿をすすぐ。
皿を洗う手際のよさにも、は驚かされた。
「別に教えられたわけじゃないですよ。手伝うと母がとても喜んでくれたのでそれで自然と、です。」
「自然と、かぁ。それはもっとすごいかも。」
高校生の男の子でこれは、かなり貴重な存在だ。
「譲くんは、結構そのままなんだけど。」
ぽつりと漏らしたの言葉を、聞き逃す譲ではない。
が拭いた皿を片付けながら、譲は首をかしげた。
「何の話ですか?俺が『そのまま』って。」
「譲くんと、私の『天の百虎』。同じ宝玉だって、すぐにわかるくらい似てる。」
「そうなんですか?なんだか不思議ですね。血縁関係でも何でもないのに。」
「みんなの輪を大切にしてくれる人だったよ。一歩引いて、意見を聞いて、大事な所で一言くれた。」
思い出しながら、ゆっくり語る。
片付けはすっかり終わっていて、譲はもうコーヒーと紅茶のカップを準備し始めている。
「譲くんみたいにすごーく似ている人もいるのに、まったく似てない人もいるよ。不思議だね。」
そう言っては笑った。
譲は誰のことを言っているのかすぐにわかって、笑みを漏らした。
カップをリビングに運ぶと、すでにほろ酔いの景時が張り切ってキッチンに駆けこんだ。
長々とうんちくを説いた紅茶の淹れ方を実践してくれるのだろう。
ほどなくして淹れられた紅茶は、が今までに飲んだこともないほどおいしかった。
***
「それじゃ、私はそろそろ帰るね。」
「えぇー!?もう帰っちゃうのぉ?もっと遊びたいー!」
がそう切り出すと望美が非難の声をあげた。
「望美ってば疲れてないの?迷宮も探索したし、私ここにいても、もう寝ちゃいそうだよ。」
は苦笑いで返した。
さすが戦う神子は、疲労度においても抜きんでている。
まだまだ序の口といったころで、フルパワーで遊べそうだ。
「それならオレが送るよ。望美、ラスボス退治は任せたぜ?」
「誰がラスボスだよ!」
ヒノエの言葉を将臣の声が追いかけてくる。
将臣の格ゲーにおける強さは半端じゃない。
「わかった。まかせて!」
ぐっと両手で拳を握って、望美はリビングへ戻っていく。
「さて、行こうか。」
なんだか嬉しそうなヒノエに後押しされて、は有川家を後にした。
「疲れてるって、言ったっけ?。」
「あー、うん。そうだね、今日はずいぶん歩き回ったから。」
が足を指差す。
「じゃあ、歩かなければいいかい?」
ヒノエが不敵に笑った。
「へ?」
その笑いに嫌なものを感じて聞き返す。
すると相変わらずなヒノエが、の顔に自分の顔をぐっと近づけた。
「オレに、の時間をくれないかい?」
は苦笑いでヒノエの胸を軽く押し返しながらうなずいた。
だがまさか、こんなモノが用意されていただなんて誰が想像できただろうか。
「すぐだから」
と、連れてこられた先に待っていたのは、ヒノエがチャーターしたヘリコプターだった。
「・・・・すっごい。」
上空でホバーリングを始めたヘリの中で、が外を眺めながらつぶやく。
下にはクリスマスイルミネーション一色の街並みが広がっている。
「こんな風に作られた景色っていうのも、こうして見ると悪くないね。」
ヒノエも満足そうにそれを見下ろしていった。
おそらく異世界からきたヒノエに、空を飛ぶヘリコプターなど理解できるものではないはずだ。
それなのに座席にどかっと座り、余裕そうに腕を組んでいる。
これがもし九郎なら半狂乱だろう。
「ヒノエくん、余裕だね。」
感心したようにが言う。
「そうかい?けっこう余裕はないんだけど。」
ひょい、と肩をすくめてヒノエが答える。
彼のさす意味の『余裕』は、どうやら別のことをさしているようだった。
が、はそこまでの意味には気づかないで、また視線を外に戻した。
キラキラと輝くイルミネーション。
日中の疲れも忘れて、同じようにキラキラと瞳を輝かせる。
ヒノエはそんな彼女を満足そうに見ていた。
「楽しんでもらえたかい?」
「うん。とっても!」
いつか二人で寝転んだ源氏山公園の芝生。
そこからは飛び去っていくヘリコプターに向かって、子供のように手を振っていた。
「そいつはよかった。奮発したかいがあったよ。」
それを聞いてはようやく『そういえば』と思い当たった。
「ヒノエくん、こっちの世界のお金なんて持ってたの?」
異世界からきて、ヒノエがバイトしている様子はない。
いったい今日のお金はどこから来たのだろう。
「こっちにきたときに持ってた装飾品を売ったのさ。あとは株。」
「株?!」
そんなものだってやったことはない。
本当にヒノエはどこまで現代に順応しているのだろう。
「オレのいた世界では考えられないことばかりで、たちの世界は面白いね。」
驚いたが、あまりにもヒノエらしくては笑ってしまう。
逆にヒノエはふっと淋しげに笑った。
「やっと、笑ってくれた。」
その表情が初めて見るようなヒノエの姿だったので、はきょとんとしてしまう。
「私、笑ってるよ?」
けれどヒノエはそのの答えに満足しなかった。
「いいや。笑ってないよ。俺の前ではね。」
余裕そうに腕を組んでいた、さっきまでのヒノエの姿からは想像もできない。
ヒノエは何かを抱きしめるように自分の肩を抱きしめた。
「譲には、見せてたぜ?」
その淋しそうなヒノエの姿を、はまるで映像を見ているかのように信じられず見ていた。
少し離れていたヒノエが、タッと地面を蹴る。
超人並みの跳躍力で、一気にとの距離を縮める。
驚いたは足を滑らせてしりもちをついた。
「!」
「いたたぁ・・。」
「大丈夫かい?悪かったね。」
痛みに目を閉じていたは、ずいぶん近くから聞こえてくるヒノエの声に恐る恐る目を開けた。
案の定、目の前に見慣れたヒノエの顔があった。
「うん。たぶん大丈夫。・・・ヒノエくん?」
腕をつかまれて、てっきり起こしてくれるのだと思ったのに、ヒノエはそのままだった。
「えー・・と・・?」
の上に覆いかぶさるようにヒノエ。
その怪しげな構図を何とかしようと言葉を捜すも、なんと言っていいかわからない。
「どうしてオレには心を許してくれないんだい?」
いつになくまじめな顔でヒノエが聞いた。
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