「義経さん、ありがとうございました。それから、ごめんなさい。」
「気にするな。」
怒られるかと思っていたが、九郎から返ってきた言葉はあっけないものだった。










〔 炎の誓い  〜第五話〜 〕










「でも私、また迷惑を・・・。」
うつむいたに、九郎の言葉がかけられる。
「お前が祈ったとき、俺の中に新しい力が生まれるのを感じた。それがあったから間に合った。」
「義経さん。」
「目には見えないが、やはりすごい力だな。龍神の神子の力は。」

そう言って笑ってくれる九郎に、は心の底から嬉しく感じた。
同じ考えをずっと引きずるのではなく、その場その場で対応できる力。
歴代まで語られる、源義経のカリスマ性をは感じた。

「ありがとうございました、義経さん。」
やっと九郎に認められたことが嬉しくて、は笑った。

「その、『義経さん』というのはやめてくれないか。」
顔を少し赤く染めて九郎が言う。
「みな『九郎』と呼んでいる。も同じに呼んでくれ。」

「おやおや九郎。抜け目がないですね。」
弁慶にからかわれて、九郎の顔がますます赤くなる。
当然裏心があるわけではないのだが、九郎にとって異性関係は苦手な部類だ。
そのことでからかわれるのも慣れていない。

「はい、九郎さん。」
照れまくる九郎に、が笑顔で名を呼ぶと九郎が穏やかな笑顔を見せた。




***




「うわー。もう夕方だね。」
迷宮から外に出るとすっかり日は傾いていて、なんだか少し損をした気分になる。
「ねぇ、ちゃんもこのままくるでしょ?このあと将臣くん家でクリスマスパーティーやるんだよ!」
望美の顔が輝いていた。

「へぇー、面白そう。行っていいの?」
「もちろん来てよ。譲くんのパーティー料理は天下一品だよ!」
そう望美が言うので、はまじまじと譲を見てしまう。
そういえば初めて家を訪れたときも、お茶を淹れてくれたのは譲だった。

「料理得意なんだ、譲くん。」
が言うと譲は照れ隠しをするように眼鏡をくい、と押しやった。
「お手伝いするね。」
そう言って笑いながら、譲の隣を歩いていると、ぐい、と腕を引き寄せられた。
振り向くと真後ろにヒノエが立っていた。

譲はあきれたようにヒノエを一瞥すると、そのまま何も言わずに先に歩いていってしまう。
とヒノエはみんなの少し後ろを二人で並んで歩いた。


「いつもああして八葉に力を与えてたのかい?」
「そう。だからいつも後ろから、みんなが戦う姿を見てた。」
「危ないね。今度から俺は後ろを見ながら戦うよ。」
「よろしくお願いします。」
ふざけてが頭を下げると、ヒノエが楽しそうに声をあげて笑った。

はどうしてそんなに一生懸命なんだい?」
「・・・・・。」
その問いにはは黙りこんでしまう。
けれどヒノエは、今日ここで引くつもりはなかった。

「オレと初めて会ったとき、泣いたことに関係があるんだろ?」
はいつものように唇をかみ締めた。
「オレ、というよりは八葉。天の朱雀に反応したんだろ?」
「ヒノエくん、それは―――・・・。」

ヒノエはの顔ぎりぎりに自分の顔を寄せる。
の後ろ髪をもてあそびながら、なおも迫る。

ふ、とは笑みをこぼした。
ヒノエにとって、それは想像してもいなかった笑みだった。
「あのときはびっくりしたけど、やっぱりヒノエくんは違う。」

「は?」
「どういう理由かは知らないけど、声がね、みんな同じなの。私の八葉と、望美の八葉。」
「へぇ、いい気分じゃないね。オレほどにイイ声が同じ?」
意表をつかれたヒノエだったが、それを微塵も感じさせずに言葉を返す。

「それでも私の知ってる天の朱雀はそんな言葉、言わなかったもの。だから、もう聞かないで?」
は笑顔だったが、それは『これ以上踏みこんでこないで』という拒絶の意を含んでいた。

ちょうどそのとき有川家に到着してしまい、会話はそこで終了した。
家に入るなり、朔と楽しそうに会話を始めた
ヒノエはそれを無言で見ていた。


ヒノエにとって恋愛は、計算ずくの駆け引きだと思えた。
恋しくない姫に、遊び半分で文を贈ることもある。
だから初めて涙を見せられたとき、なんて大胆な姫だろうと思った。
女の涙は最大の武器だ。

だが、と言葉を交わすうち、あの涙は自身想定していなかったものだとわかって驚いた。
そして極力その話を逸らそうとしていることも、ヒノエには意外だった。
恋の駆け引きでないのだとしたら、なにを意味するのだろう。
あの涙の理由は、どこにあるのだろう。

朔や譲ときゃあきゃあ言いながら支度を始めたを、ヒノエは苦笑して見ていた。
ヒノエの心に、の笑顔がやけに残る。
涙を零したときとは、まったく違うの顔。
駆け引きでなく、その意味をヒノエは知りたいと思うようになっていた。




***




は家についてから譲の完璧な下準備に驚き、仕上げの手際のよさに二度驚かされる。
手伝う気ゼロの望美にもまた驚かされた。
白龍の神子は「私と将臣くんは食べるの専門!」と豪語している。
も料理は好きだったので、作っている人の間を行ったり来たり手伝いをした。

さん、もう少しこのソースを煮詰めてもらってもいいですか?」
「うん。・・うわぁおいしそう!」
譲から渡された鍋からは、果物の甘酸っぱい香りがした。
「オレンジソースだ!プロ並みだね。」
「香りだけでわかったんですか?」


面白くないのはやはり「食べるの専門」なヒノエだった。
ヒノエはリビングから、にらむようにキッチンを見ている。

「ずいぶんと大人しいじゃねぇか、ヒノエ。どーした?」
からかうように将臣がヒノエに声をかけた。
頭の上に置かれた将臣の手を、ヒノエはうるさそうに撥ね退ける。

将臣は楽しそうにヒノエの目線の先にいるを見て、その隣に立つ弟を見比べた。
「新婚さんいらっしゃーい。だな。」
「なんだよ、それ。」
某番組をマネて言う将臣に、意味がわからないとヒノエが言う。

「お前も行ってくりゃいーじゃんか。」
「やだね。男は炊事場に入るもんじゃない。」
「そうか?」

お坊ちゃまのヒノエは『男子厨房に入るべからず』で育った。
将臣にしてみれば、母親の作る食事より譲の作る食事のほうが好きだ。
越えられない壁が二人の間にある。

キッチンには譲とのほかにも、薬膳料理を作る弁慶や魚をさばくリズバーン。
それに不慣れながらも手伝おうと、敦盛の姿もある。

景時はコーヒーと紅茶の違いを朔に説いている。
どう見ても人数オーバーで、キッチンに入れたもんじゃない。

「あーあー、今度はリズ先生の手伝いか。アジの骨抜き。タタキにするのか。うまそうだなー。」
将臣の感性は途中で食べ物のほうにズレてしまったが、やはりヒノエは面白くない。
リズバーンと隣り合って作業している姿は、まるで幼な妻だ。

ヒノエはやがて不適な笑顔を浮かべて将臣を見た。
「あせりは禁物ってね。将臣、この前のゲームの続き、教えろよ。」
「お、いいぜー?」
将臣はすぐに受けた。
年のわりに大人のヒノエに、これ以上の干渉は無用だと知っていたからだ。





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