水車を動かして水門を開いた先に出ると、滝の流れる水路が大きく広がっていた。
視界が開けたことで、太陽の恵みを身体に感じる。
外は冬だというのに、ここは春のように暖かかった。

何か仕掛けがあるはずだと泳がせた景時の式神。
鯉の姿を模した式神に誘きよせられたのは、やはり怨霊だった。










【 炎の誓い  〜第四話〜 】










「こいつ、強いぞ・・!」
太刀を振り払われた九郎が声をあげる。
ひるむことなく他のメンバーも立ち向かっていく。

。」
ヒノエがを呼んだ。
「やってごらん?オレの気を感じて。」

「ヒノエくん!そんなにくっつく必要は―――!」
後ろから抱きすくめられたは、慌ててヒノエを引き剥がそうとする。
が、怨霊が攻撃を仕掛けてきたので、ヒノエはを抱いたまま飛びのいた。
「四の五の言わずにやってみろって、リズ先生が言ったろ?」
『そんな風には言ってない!』

の心の叫びは、怨霊の攻撃の前に伝えることはできなかった。
は目を閉じて祈った。

<お願い。力を。>
<天の朱雀に、力を。>
<お願い、届いて・・・!龍神さま!>

じわん、と熱いものがの中に降りてくる。
その懐かしい感覚を、は今も覚えていた。
「ヒノエくん、受けとって!」
どうか彼にも届きますように。

が願った瞬間、触れていたヒノエに湧きあがった熱いものが移動する。
に触れていた部分からヒノエは、とびきり熱いものを掴んだ。

「熱き想いに身を焦がしなよ。・・・火翼焼尽!」
ヒノエの身体から熱い炎が渦巻いた。
まるで生命が宿っているかのような動きで、炎は怨霊を襲う。

「キャシャアァァッァ!」
ヒノエの炎は怨霊の身体の中心を射抜いた。
光がはじけて怨霊の姿が四散する。
神子の力が添えられて、封印の力を宿したヒノエの炎が、怨霊を浄化したのだ。


「すっ・・ごーいっ!!すごいすごいすごーい!」
望美が手放しで喜んでくれている。
「これほどの力を与えるものなのか・・・。」
九郎もその効力に目を丸くした。

「これが、応龍の神子の力。ですか。大丈夫ですか?さん。」
その力の大きさに心配した弁慶が声をかける。
「ありがとうございます、弁慶さん。私は平気です。」

の熱い想い、ちゃんと届いたぜ?」
ヒノエがウインクしながらに言う。
は少し口を尖らせてヒノエに文句を言った。
「でもヒノエくん、あんなにくっつく必要はないと思う。」
のかわいい文句を、ヒノエは笑い飛ばした。


その場所の滝の後ろ側に、入ってきた扉と似た扉を見つけた。
が、最初のときのようにその扉にはかんぬきがかかっているようで開かない。
またきっかけがあれば開くだろうと、一向は引き返すことに決めた。


「すごいね、望美。強すぎ。」
みずから先頭を突き進んでいく望美を見守っていたは、憧れの念を込めてつぶやく。
弁慶がそれを聞き漏らさずに、くすりと笑った。

「えぇ。彼女はとても強い。力だけでなく、その決意も。」
「決意?」
「最初は神子という立場に戸惑っているようでしたが・・・。」
弁慶が当時を思い出すように、懐かしい顔をして言った。
「いつしかもう何年もその存在であるかのように、強い意志を示しています。」

「・・・すごいな。」
やっぱり、望美と自分は比べものにならない。
はますます落ちこんだ。

どうして自分みたいな者が、神子だったのだろう。
なにもできなかったのに。


「・・・クセ、ですか?」
「へ?」
気づけば弁慶の端整な顔が目の前にあって、は我に返る。

「唇を、こう、きゅと噛むのは、さんのクセですか?」
言われて、じわりと唇に痛みを覚えた。
また知らずに噛みしめていたらしい。

「クセ・・・なんですかね?」
はあいまいに照れ笑いを浮かべる。
自分でも自覚がなかった。
けれど、それがいつから始まったかはわかる。

弱音をはかないと決めた、あの日からだ。
余計な言葉が漏れないように、唇を堅く噛みしめた。
あの世界にいた頃。

「神子たちには秘密が多いようですね。」
の心を試すかのように、弁慶が言った。
それでもは誤魔化すように笑った。

弁慶は諦めたように笑ってを見た。
これ以上踏みこんでほしくないというの思いを、弁慶は悟っていた。



***



「あのエロ法師、なにをにちょっかい出してんだ。」
先を歩いていたヒノエが、面白くなさそうに二人を振り返った。

「なに言ってるんだ。ずっとさんに手を出してたのはお前のほうじゃないか。」
譲が半分呆れながら言った。
ヒノエの女癖の悪さはよく知っている。
思わせぶりな言葉も、もてあそんで駆け引きを楽しんでいるだけだと。

「見境のない態度はやめとけよ。」
当然譲は釘をさすことも忘れない。
この世界の人間でないことをいいことに、誰これかまわず手を出されてはたまらない。
現代人の譲には、そんな思いもあった。

「言われなくても。」
見境なく付きまとっているのではない。
初めて会ったときから、気になって仕方ないのだ。
彼女の涙の意味が。

そのことは譲には告げず、ヒノエはそのまま歩き出した。



あと少しで外に出るというとき、招き入れた者は逃さないとばかりに怨霊が襲いかかる。
久しぶりに大群ともいえるほどの数で、みなが戦闘体勢に入る。

は祈った。
さきのようにヒノエ一人にでなく、ここにいる八葉全員に力が与えられるように。

<お願い、龍神さま>

祈る手の中に熱いものが宿る。
集中していたは、背後から迫る怨霊に気づかなかった。
!」
自分に危機を知らせる声に、ははっとして振り向く。

「キャシャアァァァ!」
真っ二つに切断された怨霊が、の目の前で弾けた。
怨霊の姿が消えたとき、の前に剣を振り下ろした九郎がいた。
一瞬だけ目が合ったが、九郎はすぐに次の怨霊に切りかかって行ってしまう。

また、足手まといだと言われてしまう。
戦闘が終わって、は一番に九郎を探した。
助けてくれたお礼と、足手まといになってしまったことを謝るために。





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