二人の沈黙を破ったのは、メールの着信音だった。
「物騒な内容だね。」
ヒノエが見せたメールの送信者は将臣で、たった一行しか文章は入っていなかった。
「『扉。来い。』?」
〔 炎の誓い 〜第三話〜 〕
「まったく将臣らしいぜ。これだけで呼び出しとはね。」
「扉。今・・・扉って言われたら。」
「あそこしかないだろうね。」
ヒノエが意味ありげにウインクして見せた。
「行こう、ヒノエくん。」
はぴょん、と勢いよく立ち上がった。
「本当に行くのか?」
ヒノエの言葉にはうなずく。
「たぶんあの扉の中には、怨霊がうじゃうじゃいるぜ?それでも?」
は急ぐ気持ちを抑えきれずに言った。
「ヒノエくん。怖いなら置いて行っちゃうよ?」
とたんにヒノエは顔を破たんさせ、笑った。
「さすがだね。姫神子様は言うことが違うぜ。」
そう言って立ち上がったヒノエの顔は、さっきまで軽口を叩いていたときとは別人のようだった。
きりっと引き締まった、戦いにむかう顔をしていた。
「なら、早く行こうぜ。」
そう言って差し伸べられたヒノエの手。
さすがにはその手をとることを躊躇した。
が戸惑った表情を浮かべていることに気づいたヒノエは、すばやくの手を握った。
「ちょっと走るから、ちゃんとついてきなよ。」
そう言うと後ろも見ずに走り出す。
確かに手をつないでいなければ、ヒノエについていくことはできなかっただろう。
それでもヒノエと手をつないでいることは、には後ろめたかった。
恋人でない人と手をつないだことなんて、なかったから。
***
鶴岡八幡宮につくと、譲たちの姿があった。
景時が扉に手をかけると難なく開いた。
「先輩と兄さん、それに九郎さんが一緒だと思います。」
三人はすでに扉の中だろうとふんで、たちもその中に足を踏み入れた。
扉の先へ歩を進めると、一瞬で世界が変わった。
八葉も白龍も朔も、衣服が変化した。
もその変化を見て自分の姿を確認した。
やはり、変わっていた。
それはが神子として召喚された世界にいた頃の姿だった。
「あぶない!」
譲の鋭い声に、ははっとして顔をあげた。
少し先のところで、望美たちが怨霊の大群に囲まれていた。
譲がキリリ、と弓を引く。
遅れてきた八葉は、なだれこむように望美たちに加勢した。
形勢は一気に逆転した。
「ありがとう、みんな。でもどうしてここがわかったの?」
まだ肩で息をしながら望美が笑顔で言った。
そのあとで譲が兄のメールに文句を言う。
が、将臣はまったく気にしている様子がなかった。
望美がを見つけて嬉しそうに駆け寄ってきた。
「ちゃんの服、私と似てるね。」
そう言った望美の手には、しっかりと剣が握られていた。
細身の剣だが、鋭く長い。
一方、の手には何もない。
服は似ていても、は剣を振るったことなんてなかった。
「キャシャアアア・・!」
ゆっくり話す暇もなく、また怨霊が一行を襲ってきた。
皆それぞれが戦闘態勢をとる。
「キャシャアァ!」
よりによって最初に攻撃目標にされたのがだった。
すんでのところで攻撃をかわすと、ヒノエがの前に立ちはだかった。
「狙うのは女だけかい?卑怯な選り好みだね。」
軽く皮肉を怨霊相手にたたくと、カタールを突き出した。
「ギュェエエ!」
ヒノエの攻撃は見事に怨霊の急所を衝いた。
あっという間に数体いたはずの怨霊は地に伏せ、最後に望美が浄化を唱えると姿は光となり四散した。
「すご・・い。」
圧倒的な望美たちの戦闘に、は目を見張った。
「私たちの神子、怪我はない?」
「うん、大丈―――」
「お前、武器はなにも持たないのか?まさか戦えないのか?!」
白龍がの身の安全を聞いてきたので、がそれに答えようとしたとき、九郎の鋭い一言が飛んできた。
「武器も持たずにここへきたのか?!なんて危険なことをするんだ!」
「義経さん・・。」
「望美と同じ神子だと言うから、俺はてっきり戦えるものだと・・!」
「九郎。」
勢いついてを怒鳴りつける九郎を、弁慶がいさめる。
「剣を持つことだけが戦えることではないでしょう?さんは神子です。その加護を持っている。」
「だが!」
「九郎。怒鳴りつけることは得策ではありませんよ。」
深さを増した弁慶の物言いに、九郎は押し黙りを見た。
は心細げに九郎を見ている。
「戦えないことを、足手まといなんじゃないかと前の青龍にも言われました。」
「成長しないね、九郎。」
「ヒノエ!」
噴き出して笑ったヒノエに顔を赤めて九郎が言い返すが、は必死だった。
「でも、祈ることができます。・・・というか、できました・・。」
「祈る?」
の言葉に全員は白龍を見た。
彼の人格はのときに生まれていないが、感性の中に残っているものがある。
白龍は当たり前のことのように、にっこりほほ笑んでいた。
「私の神子が戦うのは特別だよ。歴代の神子たちは祈りを捧げることで、八葉に力を与えた。」
「そういえば白龍は、さんのことを『私たちの神子』って言ってるよな。どうしてなんだ?」
譲が聞くと、白龍はますます嬉しそうに言った。
「神子は私だけが選んだ神子。私たちの神子は私たちが選んだ神子。」
相変わらず的を得た答えではなかった。
白龍以外のみんなが、顔を見合わせる。
「は、私と黒龍がひとつであったときに選んだ神子。」
白龍の補足で、ようやくみんな的を得た。
「じゃあ、には私のような対がいなかったのかしら?」
朔が驚いて問う。
白龍は首を振った。
「朔と神子が特別。私たちはもともとひとつの存在だから。私たちが選ぶ。白龍の神子も、黒龍の神子も。」
「そう。にも対の存在があったのね。」
自分のことではないけれど、役割を同じくした者の存在に朔が安心したように胸をなでおろす。
その朔には口を開きかけて、けれどキュッとその唇をかみ締めた。
「祈るってーのは、どうすんだ?」
タイミングよく将臣が話を逸らしてくれた。
は将臣の方を見て答える。
「何か特別なことをするわけじゃないんです。ただ、本当に祈るだけ。」
それで八葉に力が与えられることが不思議だったが、そうすることで彼らの役に立てるなら。
そう思って、はいつも真剣に、必死に祈ってきた。
なにもできない、本当に足手まといにならないために。
いつも龍神に祈りを捧げた。
「さっき、祈ることを『できました』って、言ったよね。どういう意味かなぁ?」
優しい声で聞いてきた景時に、は少し寂しげにほほ笑む。
「みなさんは・・・私の八葉ではないから・・・。」
祈ることで力を与えられた理由もにはわからない。
ただあの世界で自分は神子で、彼らは自分のための八葉だった。
八葉は神子を守り、神子は八葉を守る。
信じるものはそれしかなかったから、自然と『祈る』ことができた。
でも、ここにいる彼らは望美の八葉。
の八葉ではない。
同じ神子とは言っても、力を与える祈りが届くのか、わからない。
「どうなんですか?白龍。」
「八葉と神子がつながれば、想いは届くよ。」
白龍の答えには、みんながお互いに近くの者と顔を見合わせた。
「やってやれないことはない。という意味にとればいいんでしょうか?」
「信頼することが必要、ということだろうか・・・。」
「譲も敦盛も難しく考えんなよ。やってみせりゃいいんだろう?」
ヒノエがいつもと変わらない自信を持って言った。
「望美たちと技を発動させるときみたく、相手の気を感じればいいんだろ?」
「先生はどう、お考えですか?」
揉め事の原因をつくった九郎が、絶対的信頼を寄せるリズバーンに問う。
「憶測するだけではなにも生まれない。思うようにやってみなさい。」
リズバーンはにそう言って、はるかに見下ろせるの頭を撫でた。
「はい・・!ありがとうございます。」
その暖かい掌のぬくもりと声に、やはり浮かんできたのはの地の玄武。
口数の少ない人だったが、よくこうして優しさをくれた。
「では、問題ないですね?九郎。」
駄目押しの弁慶に、九郎はばつが悪そうにそっぽを向いた。
「あの、義経さん。私、できることをがんばりますから、よろしくお願いします。」
「―――無理はするなよ。」
それが九郎の、精一杯の優しさの言葉だった。
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