「どうぞ、さん。」
「ありがとう。えーっと・・譲、くん?」
あの場では埒があかないと、半ば強引に連れてこられた有川家。
白龍によって、がかつて龍神の神子であったことが告げられた。
そしても、望美が白龍の神子と聞く。
そして、京での戦いから八葉と共に現代にきて、戦いを決着させたことを聞いたのだった。
〔 炎の誓い 〜第二話〜 〕
話し終わる頃には、すっかり日が暮れていた。
白龍は望美との間に座って、ニコニコしていた。
「あの扉から、五行の気の乱れを感じるよ。」
「って白龍も言うから、今はあの扉がどうしたら開くのか調査中。」
望美が力こぶをつくって見せた。
「五行の気の流れが戻らなければ、白龍の力も戻らない。俺たちもまだ帰れないというわけだな。」
九郎が話したとき、は思わずまじまじと彼を見てしまった。
歴史上、もっとも有名な悲劇のヒーロー。
彼が源九郎義経その人だという。
武蔵坊弁慶はあまりにイメージとかけ離れていて驚いたが、九郎の方はあまりにイメージどおりで驚いた。
「なんだ?俺の顔になにかついているか?」
「へっ?あ!ごめんなさい!」
あまりに凝視しすぎたせいで、気を悪くしたのか九郎が言った。
は顔を赤くして否定し、謝った。
「ちゃん、譲くんとおんなじ反応ー。」
あまりにもあっけらかんと望美が言うので、は逆に驚いた。
「望美は何にも思わなかったの?!」
日本史好きのにとって、源平の争乱はとても魅力ある時代だ。
いくら時空が違うとはいえ、義経、弁慶、景時、平敦盛といわれて、いやがおうにも緊張するのは当然だろう。
「私日本史ニガテなんだー。」
それにしたって限度を超えてるでしょ!と、現代人なら誰もが思うはず。
もちろんも望美の言葉に脱力した。
盛大にため息をついてから、あらためてその場を見回す。
望美を守るように、優しい笑顔を向ける八葉。
対の存在である黒龍の神子、朔。
そして白龍。
五行の気の乱れはあるといっても、彼女は戦いにきちんと決着をつけて戻ってきた。
それに比べて自分は・・・。
は一気に落ち込んだ。
目の前の会話に耳を澄ませば、八葉はみな、の記憶にあるの八葉と同じ声だった。
そのことがますますの記憶の苦しい部分を刺激する。
どうして・・・私は・・・。
「大丈夫ですか?」
声をかけられてハッとして顔をあげると、美青年がほほ笑んでいる。
「べっ・・弁慶、さん。」
「僕たちの存在が、貴女の心を苦しめましたか?」
は慌てて手を振った。
「大丈夫です!何でもありませんから!」
「そう・・・ですか。」
そのの言葉に納得するような弁慶ではなかったが、それ以上の追求はしなかった。
彼らは望美の八葉。
の八葉とは違う。
いくら声が似ていても、彼らとは別人なのだ。
重ねてはいけない。
同じ龍神の神子でも、望美とでは成したことが違いすぎる。
「ねぇ、望美。」
「ん?」
「私にも、何か手伝えないかな?」
がそう口にしたのは、どんな形であれ、罪滅ぼしをしたかったからかもしれない。
「こうやって会えたのにも、何か理由があるのかも。」
「ちゃん!うれしいぃ〜!」
ぎゅーと抱きついてくる望美を、は苦笑いで受け止めた。
***
次の日、朝からはぼんやりと考えていた。
自分の時のこと、望美のこと。
幼馴染が二人も八葉だなんて、そんなこともあるんだとは思った。
の場合飛ばされたのは自分ひとりで、最初はとても心細かったことを思い出す。
が神子として召喚された世界。
あの世界で一番に出会って、結局一番迷惑をかけたのは・・・。
一人物思いにふけっていると携帯が鳴った。
「もしもし?」
知らない番号だったので、ちょっと硬い声で応答する。
「やぁ、姫君。」
聞こえてきた声に、はふっと笑顔を漏らした。
今、同じ宝玉を持っていた人のことを思っていたのだ。
「オレのために時間をつくってくれると嬉しいんだけど。どうだい?」
「うん。いいよ。」
自然とそう答えてしまったのは、やはりその声が彼と同じだったからかもしれない。
現代で異性とこうして出かけることなんて、には経験がないことだった。
こうして出かけていった街先で、は待ち合わせを駅にしたことを後悔した。
とにかく美少年のヒノエは注目を集めていた。
待ち合わせ相手のは、品定めをされるように女の子たちの視線を集めることになってしまったのだ。
***
ヒノエに連れられた先は源氏山公園で、着くなりヒノエは芝生の上にごろりと寝転んだ。
「ちょっ・・と、ヒノエ・・くん?」
「なんだい?」
「何って聞きたいのはこっちなんだけど・・・。何か調べに来たんじゃないの?」
「いいや、別に。オレは姫君と過ごす時間がほしかっただけだよ。」
「あのね・・・。」
飽きれたようには寝転ぶヒノエの隣にすとん、と腰をおろした。
しばらくは鳥の鳴き声だけが二人の時間に流れていた。
時間から切り取られたかのように、日常の音が聞こえない。
「姫君たちの世界には音が溢れているね。雑音にかき消されて、大切なことが聞こえなさそうだ。」
「・・・そうかもね。」
ヒノエの言葉に、は同意した。
異世界では、自然の音しか聞こえなかった。
夜にもなれば無音の世界。
けれどこの世界では、夜にも音は消えない。
「ね、姫君?」
何度目かにヒノエがを呼んだとき、さすがに苦笑いをしてが言った。
「姫君はやめてよ、ヒノエくん。私は。ちゃんと名前があるよ。」
するとヒノエはにやり、と表現するに近い笑いを浮かべた。
「名前で呼ぶことを許してくれるのかい?オレの世界じゃ、名を呼ぶことは心を許すことと同じなんだけど。」
そう言うとヒノエは飛び起きて、すばやくの傍に寄ると、のあごをくいっと持ち上げる。
「そう思っていいのかな?」
手馴れた軟派ぶりにはあきれて笑ってしまう。
「別にそんな深い意味にとってくれなくてもいいけどね。」
するとヒノエは肩をすくめた。
「つれないね、は。」
けれどすぐに呼び名が代わっていることに、は嬉しさを感じるのだった。
「も、突然異世界に連れてこられたのかい?」
「うん、そう。」
「望美もそうだけど、おまえたちは強いね。」
「私は強くなかったよ。望美はすごいよね。自分で剣をもって戦ってる。」
はそんなことはしていない。
戦ったのは彼女の八葉で、は祈っただけだった。
祈りが八葉に届いたとき、それが力になるのだ。
「いや、そうじゃなくてさ。」
「?」
「突然連れてこられた世界のために、自分を投げ出す。その強さはどこからくるんだい?」
は思わず目を背けてしまった。
自分を投げ出して、あの世界を望美は救ったのだろう。
でも自分は・・・。
会話はそこで途切れてしまう。
こうして異世界のことを話す相手ができても、は詳しくは語らない。
触れてほしくない傷痕が、そこにはあった。
「オレと会って、涙を流したのはどうしてなんだい?」
「・・・懐かしかった、から?」
「それだけ?」
「・・・・。」
それ以上、は何も言わなかった。
癒えることのない傷が、のなかでうごめいていた。
back / next