「神子さま、ご無事ですか?」
相変わらず落ち着いた物腰で、星の姫がの部屋に入る。
邸の周りはざわざわと物騒な騒ぎが起こっている。
ただ事でないのは、にもわかっていた。
「なにがあったの?アヤメちゃん。みんなは?!」
絶対に部屋を出てはいけないとに言い残し、それきり仲間は帰ってこない。
外が見えない状況で、が知りたいのは彼らの無事だった。
「大丈夫です。彼らは八葉。神子さまをお守りする者。」
「そうじゃなくって!」
が声を荒げたとき、火矢が放たれた。
次々に放たれる火矢に、あっという間に邸に火がついた。
「アヤメちゃん・・・!?」
は自分の無力さを思い知る。
龍神の神子なんていったって、何もできない。
京を救うどころか、仲間を助けることも、ここにいるアヤメを守ることも。
りぃ〜ん。
鈴の音がする。
がこの世界に飛ばされてきたときと同じ音。
アヤメがはっとして立ち上がった。
「龍神さま・・・!」
〔 炎の誓い 〜第一話〜 〕
「じゃあね、。また明日。」
「うん、ばいばい。」
駅で友達と別れて一人になると、いつもの虚無感がを支配した。
さびしげに目を伏せて、足元を見る。
見慣れた、近代的なコンクリートの道。
ふと、幻覚がを襲った。
足元がふわりと揺れ、踏みしめるのは荒れた大地。
コンクリートでない土の道は、整地もされておらず荒れている。
「あ・・・!」
幻覚を振り払うように目を閉じる。
大きく深呼吸してから目を開くと、そこは元の見慣れたコンクリートの道だった。
また、だ・・・。
はもう驚くこともなかった。
こうして幻覚を見る日は、いまやほとんど毎日だった。
一ヶ月前から続いているこの幻覚。
正確には幻覚ではなく、の記憶からなるものだとわかっていた。
誰にも言えない。
言ったところで、信じてなんてもらえない出来事。
それでもそれは、忘れることのできない記憶だった。
***
あの世界にいた頃、何度も元の世界へ帰りたいと思った。
けれどこんな中途半端に投げ出されてしまうと、逆に戻りたいと感じている自分がいた。
あの優しい人たちに、なにも返せないまま、自分だけがこうして今に生きている。
その事実を受け入れ、生活することは酷だった。
『どこか、あの世界に通じるもの。』
いつしかそんな考えが、の中に沸き起こっていた。
だから、だろうか。
その扉を見つけたのは。
術によってその扉が巧妙に隠されていることがわかる。
その封印にすら、懐かしいものを覚えた。
もしかするとこの扉は、あの世界に―――?
が扉の封印に手をかけたときだった。
「へぇ。その扉、姫君には見えるのかい?」
驚いて振りむいたの瞳の先には、特徴的な朱色の髪の少年が立っていた。
「可憐な姫君にこの扉の先は似合わないよ。手を触れないでいてくれるね?」
隙のない笑顔を浮かべて、するりとと扉の間に割りこむ。
「できればこのことを二人の秘密にしたいんだけど。・・・いいかな?」
は驚きで何も答えられずにいた。
彼から発せられる軟派な言葉に、ではなくその声に。
「姫君?」
何も言わないの顔を、彼がぐっと近づいてのぞきこむ。
「きゃ・・・!」
あまりに整った顔に、は直視できずに目をつむった。
「この距離で目を閉じるなんて、反則だよ?」
懲りずに掛けられた言葉は甘いものだったけれど、目を閉じて聞いたにはその言葉に驚くどころではなかった。
彼のこの声。
この一ヶ月、の心をかき乱していた原因。
「・・・天の、朱雀・・・!」
記憶の中の彼は、決してこんな言葉を言う人ではなかったけれど、その声はまったく同じだった。
から発せられたその言葉に、今度驚いたのは彼だった。
その名前は、まぎれもなく自分を表す言葉だったから。
「姫君・・・、一体・・・?」
の目から涙がこぼれた瞬間、彼はを抱きしめた。
まだ人通りのあるこの場所で、しかも人払いをしたいこの場所で、注目を浴びるのはうまくない。
右手をの頭にまわして、自分の首筋に顔をうずめさせれば、の身体が一瞬拒むのがわかった。
「なにもしやしないよ。大丈夫。おまえが泣き止むまで、こうしてやるから。」
「―――――――」
「ヒノエ。」
が何か言おうと口を開いたとき、咎めるような声がした。
「なにをしているんですか、ここで。感心しませんね、女性を泣かせるなんて。」
の耳元で舌打ちが聞こえた。
「・・・アンタか。余計なことに首突っこんでくるなよ。」
はいよいよどうにかなってしまいそうだった。
ヒノエ、と呼ばれた彼にしても、後から来た優しげな青年にしても、覚えがありすぎる。
その、声に。
「地の・・朱雀・・・?」
は口に手を当てたまま、へなへなと座りこんでしまった。
すばやくもふわり、とした身のこなしで、青年がの隣に腰をかがめた。
「お嬢さん、どうしてその呼び名を?」
姫君、の次はお嬢さん。
激しくはき違えている感があるのに、こうもすんなり言われてしまうと受け止めてしまっている自分がいる。
「ヒノエくーん!弁慶さーん!どうしたんですかー?」
遠くのほうから紫の長い髪の少女が駆けてきて、その後からもどやどやと人が続いてくる。
の近くで全員集合したとき、浮世離れしたプラチナの綺麗な髪の青年が、ににっこりとほほ笑んだ。
「私たちの神子。だね?」
いっせいに視線を集めたは、もうなにがどうなっているのかわからなかった。
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【あとがき】
ゲームの数だけ神子はいます。(笑)
このお話の望美のルートは、特に設定なしです。