三日目の朝に、美しく飾られた餅が出された。
これで結婚が成立となる。

離れの静かな趣が敦盛の体調に良いと判断され、二人はそのまま離れに住むこととなった。
は今まで与えられていた部屋の掃除をして、将臣に荷を運ぶのを手伝ってもらった。
すっかり部屋が片付いてしまうと、急に風通しが良くなった気がした。
雑巾がけまで自分でやったは、濡れ縁で柵にもたれ空を見上げていた。










〔 そして約束の運命へ  −第十八話− 〕










「全部運び終わったぞ。こっちも片付いたみてぇだな。」
頭に手ぬぐいなんぞ巻いた将臣がやってきた。
その見覚えのある姿に、は笑った。

「思い出すね。元の世界にいた頃も、将臣、よく頭に白いタオル巻いてたね。」
「んぁ?あぁ、そんなのみんなやってたじゃねぇか。」
体育祭の準備や文化祭の準備。
学校行事で作業があるとき、男子生徒はよくこうして頭にタオルを巻いていた。

「そうだけど。変わってなくてなんか嬉しい。」
「・・・俺は、が変わってないことに驚いたぜ。予想はしてたけど。」
あきれたように言われて、何のことだとは将臣を見た。
将臣はあぐらをかいての前に座り、半目になってを見た。

「お前、ヤってねぇだろ。敦盛と。」
「はぁっ?!なっ・・・なっ・・なん・・・っ?!」
これ以上ないほど赤面して、は後ずさる。
将臣は逃がすものかと腕組みをしてをニラむ。

「どーせ敦盛にしたって、考えてもいねぇんだろうけどな。女房たちに心配されてどーすんだよ。」
「えぇえっ?!」
「朝から俺んとこにも、経正のとこにもきてたぜ?『ご一緒にお話しするきり、何もないのですーっ』ってな。」

の頭はパニック寸前だった。
そりゃ、現代の家屋のように壁で仕切られているわけではないから、二人の声が筒抜けだろうとはわかっている。
わかっているけれど、それは知らないフリをしてくれるところじゃないのか?

「ま、今回世話役にかって出たのは、敦盛に古くからついてる女房ばっかだ。親心みたいなもんだろ。」
将臣はケラケラと笑った。
親心。で、えっちの心配をされたらたまらない。
周りにそれを望まれているのはわかっても、敦盛はそこまで踏みこまない。
むしろ本当に『傍にいる』だけでいいと思っている。
それが結婚という形をとっただけで、なにも変わらない。

「・・・。ただそうなったときに、この期におよんでそれはできないとか言わないよな?」
「・・・・・。」
先ほどまでふざけ半分だった、将臣の顔が変わった。
。」
答えの返ってこない状況に、自然と将臣の声も強くなる。

「う、る・・さーい!そんな心配されてたまるかーっ!」
はそばにあった雑巾を、将臣の顔に投げつけた。
「うわっ、なにしやがる!」
自慢の反射神経で、見事避けきった将臣。
は茹でダコのように真っ赤になっている。

「つ・・・。」
「つ?」
「妻だもん!」
叫ばれた言葉に、思わず呆気にとられる将臣。
妻という言葉と、それを発したの外見のギャップに、将臣は思わず吹き出して笑い出した。

「笑うなっ!」
の手元にまだ雑巾があれば、再び投げつけられる勢いだった。

そんなことでうまく考えをを伝えきれたか、にはわからなかった。
訳もなく、将臣だけは自分の想いをわかってくれていると思っていた。
あの日の夜、敦盛と話したことを全部将臣に話したわけではない。
けれど将臣なら、の気持ちを汲んでくれると信じていた。
だからショックだった。
将臣に疑われていることが。

肩で息を整えてから、は真剣な声で言った。
「将臣は、覚悟決めたんでしょ?私にも決めてくれって言ったよね?」
「・・・あぁ。」
「だったらどうして、同じ覚悟決めたんだって、思ってくれないの?」


。」
今呼ばれたの名前は、さっきまで将臣に呼ばれていた雰囲気とは明らかに違っていた。
いつくしむような、優しい声。

「大丈夫だよ。私は、自分で決めて敦盛に嫁いだんだから。もう敦盛の妻なんだから。」
最後にはが笑って言うと、将臣は無言でを抱きしめた。
甘んじてその行為を受け入れながら、はいつもの口調に戻る。

「将臣。最近スキンシップ過剰じゃない?」
元の世界にいた頃、こんな風に将臣に抱きしめられることなんてなかった。
この世界にきてからだ。
こんな風に相手のぬくもりを、確かめるようになったのは。
理由はひとつ。
自分たちが、とても不安定だから。
この世界に本来存在しない二人。
ある日突然、どちらかが同じように消えてしまうことがあるのかもしれない。
そんな不安を、二人は漠然と抱えている。

「ばーか。ラッキーって言えよ。」
「ふふふ。どうしよう、浮気してるって言われたら。」
「ありえねぇ。は俺の妹だろ。」
「・・・そうだね。」

もしも。
もしも、譲と・・・。
そうだったら本当に、戸籍上将臣の『妹』になれた。
そんな痛い想いがの胸を刺す。
けれどは自分でそれを打ち消した。

『私は、敦盛の妻』

「昔からは、覚悟決めんの早かったよな。忘れてたぜ。」
「うん。・・・だからつき合うよ。将臣。」
「ん?」
「将臣の決めたこと、私も一緒に。平家はもう、本当に私の家族だから。」
「そっか。・・・ありがとな、。」

今度こそ、将臣は笑った。
このとき将臣は、どんなにじれったくても、この二人を見守っていこうと決めたのだった。




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