「敦盛。考え直す・・か?お前にコイツは・・・もったいない。」
知盛が珍しく、普通の冗談を敦盛に言っている。
その知盛の後ろで、は勝ち誇っていた。
「フフフ。負け惜しみかね、知盛くん。」
知盛の持つ金気の弱点である火気を発動させての勝利だったが、勝ちは勝ち。
今まではそれでも勝てなかったのだから、喜んだって良いではないか。
布団に身体を起こして二人の稽古を見ていた敦盛は、突然迫ってきた知盛に苦笑いをして答えた。
「は渡しませんよ。知盛殿。」
ぽかんと答えを聞く知盛とがなんともおかしく、女房たちが笑った。
〔 そして約束の運命へ −第十九話− 〕
知盛にしてみれば『こんなガサツな女は敦盛に合わない』という意味。
ところが敦盛はそれを『こんなにいい女が敦盛にはもったいない』ととらえた。
どこまでもにおぼれている。
「やれやれ、だな。・・・恋は盲目。とでも、言っておこうか。」
「お?お前でもそんなこと言うんだなー。」
将臣がケタケタと大声で笑っていた。
つられたように、も敦盛と顔を見合わせ笑った。
そんな敦盛の部屋の様子を渡り廊下で聞きながら、経正は安心したように笑ってその場を離れた。
昨日、敦盛は吐血した。
落ち着いていた症状が、ほころびだすのは早かった。
進行する敦盛の病。
命が尽きるのは、時間の問題だと診断した医師は言った。
確実に奪われていく、幸せな時間。
一分、一秒。
敦盛とが結婚してから、まだ2ヶ月しかたっていない。
積み重ねた時間が短い二人は、それがどんなに大切なことかを思い知らされた。
***
夜の帳が下りるころ、二人はまたいつものようにひとつの布団に包まっていた。
敦盛の呼吸がはやく、苦しげだった。
顔を歪ませる敦盛が心配で、は手を握って敦盛の顔を見ていた。
額の汗を拭いてやると、敦盛が少し笑った。
「私は・・・大丈夫だから。もうは寝るといい。」
とても大丈夫な様子ではないのに、敦盛が言う。
大丈夫などでないことは、医師からも忠告されている。
は首を振った。
「眠くない。もう少し敦盛のこと見てたいな。」
がおどけて言うと、敦盛は「しかたない」というように笑った。
「のど、渇いてない?何か持ってくるよ?」
「大丈夫だ。・・・・。」
「はい?」
返事をして顔をあげると、敦盛と視線がぶつかる。
とても深い表情で、敦盛はを見ていた。
「ひとつだけ、よいだろうか?」
「なんこでもいいよ。」
がまたおどけて言うと、つながれていた手が解かれた。
敦盛の手はそのままの背にまわり、その胸の中には抱きしめられていた。
「私の命が尽きるのがわかる。」
の身体が、びくっと固まった。
抱きしめられ、敦盛が耳元で囁くのは、甘い言葉などでない『別れの言葉』
「こうして力を入れて抱きしめることができるのは、今日が最期かもしれない。」
特に声色が変わることもなく、淡々と敦盛が言った。
抱きしめられているは、敦盛の袖をぎゅっと握り締めた。
「・・・いやだ。そんなこと言わないで。」
敦盛の声はひとつも変わらないのに、の声は震えた。
「を悲しませることだけは、したくなかった。
けれど、を置いていってしまう私は、あなたを悲しませてしまうのだな。」
初めて抱き合うぬくもり。
これが、今夜が、最後になるかもしれない。
不安に揺れる心が痛い。
きりきりと締め付けられる別の胸の痛みに、ついにの瞳から涙がこぼれた。
「敦盛・・・。あつも・・・・。」
逝かないで、とは言えない。
敦盛の命が尽きるのは、わかっていたことだから。
ひとりにしないで、とは言えない。
本当にひとりになってしまうのは、敦盛だから。
どんな言葉も、敦盛を苦しめてしまう。
敦盛の死を見届けると、決めたのはだ。
今思うどんな言葉も、敦盛には言えない。
言えないけれど、伝わってしまう。
涙と、すがりつくこの手のひらから。
抱き合えば、それで想いが伝わる。
もっと二人に時間があれば、すべてより添いあうことができたのに。
「。・・・・あなたの唇に、触れてもいいだろうか?」
敦盛の腕の中でコクっとうなずくと、優しく身体が離れた。
そして、敦盛の唇がぎこちなくの唇におちてくる。
幼い二人ができた、それは最大の愛情表現だった。
***
それから、敦盛の命が尽きるまで半月の間。
二人は想い合って、寄り添い合って、過ごした。
敦盛の死後、平家の運命も転落していった。
それこそ転がるように。
最初は木曽の源義仲が、平家討伐の名乗りをあげた。
倶利伽羅では激しい戦いが続き、経正が命を落とした。
先に出兵していた重衡も、行方がわからないという。
一気に一門の要を失った平家は、都を後にした。
都落ちした平家を支えたのは、将臣とだった。
将臣は貴族の生活に慣れきった一門に、庶民の生活を教え、畑仕事までした。
一方のは、舞で金を稼いだ。
地主の家で宴があることを聞けば、自ら出演を交渉した。
京で評判を得ていたの舞が、彼らの目に留まらないはずがなかった。
――― あなたを思い出すときは、胸が小さくちくりと痛む。
どんなに願っても、望んでも、もうあなたには、逢えないから ―――
は通り名を『青葉』と名乗った。
この舞を舞うときは、敦盛が一緒なのだと。
の舞に、女たちは涙を流す。
これほどの想いがこめられた舞は、見たことがない、と。
舞に褒美が与えられ、はまた、明日を生きる。
いつしか戦いの舞でなく、恋の舞を舞うようになった。
将臣がその舞を見て、言った。
「もし惟盛が見たら、少しは褒めてもらえたかもな。」と。
戦いを嫌い、争いを嫌い、人をあやめるくらいならばと、入水自殺をしてしまった惟盛。
大切な人が、次々と消えていく。
それでも二人は、平家滅亡という歴史を変えたかった。
この世界で生きる意味が、そのためだとしか思えなかったから。
元の世界に帰れないまま、月日は流れた。
将臣、21歳。
、18歳。
平家を取り巻く状況も、すっかり変わった。
還内府、と呼ばれ一門を背負い立つようになった将臣。
『六波羅の竹取』から、『青葉』
一度でもその舞を見た者ならば、心とらわれずにはいられない舞姫。
すっかり少女から女性へと成長した。
その心には今も、敦盛がいた。
二人は平家の要として、たくさんの人から必要とされて生きている。
第一部・完 back