「の世界では、結婚とはどういうものなのだ?」
「うーんとねぇ、好きになった人同士がするものだよ。この世界とは、ちょっと違うかな。」
すぐ隣で声がすることが、お互いにくすぐったかった。
ごまかすようには話を続けた。
〔 そして約束の運命へ −第十七話− 〕
「一人の人としか結婚できないよ。同時に何人もと結婚するのはムリ。」
自分のいた世界を思い出すのは、なんだか不思議な感覚だった。
それが当たり前だったのに、今はまったく違うところにいる。
「結婚が許される歳も決まってる。男は18で、女は16。私の世界だとまだ結婚できないね。」
実際も結婚になんて漠然としたイメージしかもっていなかった。
譲を好きだと思っていても、結婚したいと思っていたわけじゃない。
ただ一緒にいたくて、傍にいたくて。
それは、敦盛がに願ったことと似ていると思った。
「それでね、・・・敦盛?」
夢中になって話をしていたは、やっと敦盛からの返事がないことに気づいた。
疲れたのか、敦盛はすでに寝ていた。
同じ布団にもぐりながら、は敦盛の顔を見あげた。
男の人とは思えないほど、整った美しい顔。
今のように髪を下ろしてしまうと、本当に女性かと見間違う。
「おやすみ、敦盛。」
長いまつげをうらやましく思いながら、も布団に包まり目を閉じた。
敦盛のゆっくりとした寝息が、のことをすぐに夢の中へ誘っていった。
***
結婚の三日間は、ごくわずかの女房が身の回りの世話をするのみ。
将臣に会うこともなく、知盛と剣の稽古もなく、惟盛と舞の稽古もない。
結婚する敦盛以外、男性との接触は禁止。ということだ。
なにに強制されているわけでもないが、はそれでも朝には剣を振るった。
敦盛は、それを少しまぶしそうに部屋から見ていた。
愛しい人を、穏やかに見守る敦盛の姿。
ただそこには優しい時間だけが流れていた。
昼には生き生きとした姿を見せるが、夜になったとたんカチーンと固まる。
その様は、敦盛にとってほほ笑ましい姿だった。
を悲しませることは絶対にしない。
その自信があったから、敦盛はよりも落ち着いていた。
一度布団に入って話をはじめれば、そのの緊張も和らいだ。
たわいのない話でも、それは確実に二人の距離を縮めた。
望美のこと、両親のこと、剣道のこと。
小さい頃の話にはどうしても譲の名前が出てしまう。
さすがに不謹慎だと思って、はさらりと流すだけにした。
反して敦盛は、から譲の名前が出てもが想像するような嫌悪感は持たなかった。
自分の傍にいることを、が選択してくれただけで充分だった。
『譲』と名を呼んで月を見あげていたの表情に惹かれたことも、事実だったから。
「一緒にいると望美のほうが妹に見られるんだよね。のほほんとしてるから。」
「不思議だな。経正兄上は、私の兄上で揺るがない。」
敦盛の話は、クマの名前の由来となった熊野の話が中心だった。
の子供の頃と同じように、外で悪戯三昧という敦盛の話は興味深かった。
もっとも、敦盛がそれを率先していたわけではなく、もっぱら敦盛の幼馴染が発端だった。
「あの頃は、何も知らずに自由だった。野を駆け巡ることが特別なこととは、思いもしなかった。」
「子供時代って、特別だよね。それは私も同じかも。」
六波羅にきてからは、貴族の規律の中で生きなければならなかった。
あの熊野行きが優しい父や兄からのプレゼントだったのではないか。
京に戻ってから敦盛はそう思ったのだった。
「幼馴染の・・・ヒノエくん、だっけ?やることが大胆。」
が素直に感想を述べると、敦盛はくすりと笑った。
「発想がやけに大人びてるし。でもちょっと将臣に似てるかも。」
「ヒノエはいつも決断が早くて。私などはいつまでも考えこんでしまうものだから、よく怒られていた。」
「ふふっ、それが敦盛のいいところだと思うけどね。」
いつまでも消えないろうそくの灯と、廊下に漏れ聞こえる楽しげな二人の声。
ほほ笑ましいような、少しがっかりするような・・・・。
そんな想いを抱えて、女房たちが二人を見守っていた。
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