「。私の・・・傍にいてほしい。」
「敦盛・・・。」
「いつかが譲の元へ帰れるときがきたら、私は喜んで帰そうと思う。だから今は、私の傍にいてはもらえないだろうか。」
〔 そして約束の運命へ −第十六話− 〕
譲への気持ちを消して欲しい、と敦盛は言わない。
譲への想いを抱くのままで良い、と敦盛は言う。
それも、心のそこから。
想いがなくても、結婚が成立してしまうこの時代に、敦盛の願いは自然なものだった。
「でもそれは・・・。」
「私の想いをが受け止めてくれることこそ、奇跡だと思う。私はそれでいい。」
久しぶりに見る、敦盛の笑顔だった。
にっこりと、はにかむように。
「。あなたを恋しいと思っていた。私は、が好きだ。」
「あつ・・・も・・・。」
心を決めた敦盛が、言葉を迷うことはなかった。
は話の展開の早さに驚くばかりで、両手を口に当てたまま敦盛を見ていた。
『この時代、女がどういう扱いだかは知ってるだろ。』
『俺は決めた!だからも決めてくれ。』
『俺は平家一門を、この世界の家族を守るぞ』
将臣の言葉がくり返される。
おそらくだいぶ前から、覚悟を決めていた将臣。
状況に甘えているだけの自分。
そんな自分が大それたことなんてできるわけがない。
平家一門を救うなんて、将臣のように言えるわけない。
今できることは、ひとつ。
自分に『傍にいてほしい』という敦盛の、願いを叶えること―――!
「傍に、いる。敦盛の傍に、いるよ。」
ただ傍にいてほしいと望まれて。
それが敦盛だったから、は決めた。
譲のことも、いつかきっと忘れられる。
敦盛の傍にいることが、この世界にきた自分の役割。
敦盛の死を見届けることが、この世界で生きる自分の役割なのだ。
は敦盛の想いと自分の運命を今、受け入れた。
***
この時代の結婚成立に必要なのは、婚姻届でも結婚式でもない。
ただ、三日間の既成事実のみ。
「。」
「はい!」
優しい敦盛の声に、は緊張しながら返事を返す。
そんなの様子がたまらなく愛しくて、敦盛はくすりと笑った。
「そんなに緊張しないでくれ。別になにをしようとも思ってはいない。」
「そ、うなの?」
夜を迎えた離れの部屋の中に、たった一組だけ敷かれた布団。
の支度中に、歓喜の涙を流す女房さえいた。
それがなにを意味するのか、わからない年ではない。
すっかりカッチンコッチンに固まったを見かねて、敦盛が声をかけたのだった。
「話が、したい。、寒くはないか?」
問われて、相手の身体を気遣うのは自分のほうだったと気づく。
状態が安定してきたとはいえ、敦盛の身体は病に侵されている。
「敦盛こそ寝てなきゃ!」
「いや、それではが・・・。さすがにこれ以上布団を敷いてはもらえなかったのだから。」
敦盛が口ごもる。
一組だけの布団。
夫婦になるのだから、当然と言えば当然なのだが。
恥をしのんで敦盛は「できればもう一組」と女房に頼んでみていた。
即、却下されたが。
ちょっと困った顔をして、それでも頬を赤く染めて、敦盛がを呼ぶ。
「。風邪をひいてしまうから、こちらへ・・・。」
まるで悪い幼馴染にでもなった気分だ。
彼ならきっと、もっとスマートに誘うのだろうが。
敦盛は恥ずかしさから、の顔を見ることができないでいた。
「・・・・はい。」
の声がしたと思ったら、すでには布団の中にいた。
自分がここで拒めば、敦盛が困るのは目に見えている。
かといって、を置いて一人で寝てくれる敦盛でもない。
そう考えればが選べるのは、「一緒に寝る」という選択。
意識をするなと言い聞かせても、心臓はばくばくとうるさいほどだった。
そろり、とは敦盛を伺う。
目が合うと二人は、どちらともなく笑った。
一気に、というわけにはいかなかったが、それがだいぶ緊張をやわらげてくれた。
back / next