〔 そして約束の運命へ −第十五話− 〕
「敦盛、どうしてそんなに落ち着いてるの?」
本人に問いかけるべき言葉ではないとわかっていても、は聞かずにはいられなかった。
「怖くないの?死にたくないって、思わないの?」
「あ・・・。」
の視線を受け止めて、今度は敦盛がうつむいた。
「私は・・・平家一門の子。平家は武家だ。怖いなどという感情は、平家の恥になる。」
「恥?怖いって思うことが恥なの?」
「一門は、戦では堂々と名乗りを挙げ、立派に戦った者たちばかりだ。怖いなどと言ってはその名に泥を塗る。」
珍しく饒舌になった敦盛を、の鋭い目が貫いた。
「嘘だよ。やめてよ敦盛。」
「・・・・。」
「死ぬのは怖いよ。すごく怖い。・・・敦盛がいなくなること、すごく怖い。」
それは敦盛の気持ちを代弁したのではなく、の今抱えている気持ちだった。
「傍にいてって、言ったじゃない。手を、握っていてって、言ったじゃない。」
の手が敦盛の手の甲に触れる。
一瞬躊躇した敦盛だったが、手の甲に感じるのぬくもりに引きこまれる。
「私、敦盛のことを失いたくない。」
この世界にきてから、何かとを気にかけてくれていた敦盛。
今になっては、自分がどれほど敦盛に依存していたかがわかってしまった。
譲への想いは確かに自分の中にあるし、敦盛に対するその気持ちをなんと呼んでいいのかはわからない。
でも、の言葉に嘘はなかった。
敦盛を失うことは考えられない。
「、それは・・・。」
敦盛の中に、ほのかに立ちあがる期待。
今彼は、その期待を打ち消すことに必死だった。
は、自分に同情しているだけなのだと。
「敦盛、さっきから私のことばっかり気にしてる。一番辛いのは敦盛なのに。なのにどうして敦盛、私のことばっかり・・・!」
『が気にすることはない』
『に想う人があることは知っている』
死ぬ前にせめてひとつ、願いをかなえたい。
それは人の、当然の想いではないだろうか。
けれど敦盛はそれすら望まなかった。
のためにあること。
それだけが敦盛の願いだった。
その敦盛の心が、痛いほどの中に押し寄せてくる。
「初めてこの世界にきて、いきなり舞えって言われて、怖くて怖くてしかたなかった私に、錫杖を手渡してくれたのが敦盛だった。」
心の揺るぎを見せるな。
剣道で養った心だけが、あのときのを支えていた。
勇気を与えてくれたのは錫杖を手渡してくれたときの、敦盛の笑顔。
誰にも聞こえぬように「大丈夫だ」と囁いてくれた。
それだけのことに、どれだけが救われたか計り知れない。
平安貴族の暮らしなんて何にも知らないに、手を差し伸べてくれていたのも敦盛だった。
笛を片手に部屋を訪ねてくれる敦盛が、嬉しかった。
「だからお願い。死ぬなんて・・・言わないで。あきらめないで・・・っ」
「・・・。私・・・は・・・。」
「言葉ってね、言霊っていうくらい気持ちがこもるんだから!自分で死ぬって言ったら本当に死んじゃうよ?!」
「私を・・・失いたくない・・と?それも、の願いなのか?」
恐る恐る敦盛が問う。
「敦盛、本当のこと言っていいんだよ?死にたくない、生きたいって言って・・・!」
敦盛は唇をキュっ、と噛んだ。
そしてしがみつくの手に、自分の手をそっと重ねた。
「死にたく・・・な、い・・・・。」
男なら、こんな弱い言葉を口にしてはいけないと思っていた。
武士の子として、恥ずかしいことだと。
それでもに否定されてしまうと、それが間違いなのだと感じてしまう。
言霊。
それが本当に、想いを叶えてくれるなら・・・!
「。私の・・・傍にいてほしい。」
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